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5.冒険者リディ
しおりを挟むソーニャの提示した条件。
それは、一ヶ月以内にこの街のダンジョンを30階層まで踏破し、探索マップと報告書を提出すること。
もちろん収集したドロップアイテムは色を付けて買い取るし、モンスターに関するデータや提出したマップにも報酬は支払われる。
なんだ、そんなことでいいのかと俺は拍子抜けした。
条件なんていうから、一体どんな凄いことを要求されるのかと思ったら、全然普通で逆にびっくりする。
「そんなんでいいの……??そんなら勿論オッケーだ!元々ダンジョンに行きたくてこの街に来たんだし」
俺があっさり快諾すると、ソーニャは機嫌よく頷いた。
「そうですか?それなら交渉成立です。ご褒美にこれをあげましょう」
ソーニャが俺の冒険者カードを手のひらでサラサラっと撫でると、あっという間にカードの内容が書き換わる。
名前はただの『リディ』になったし、ランクもBまで下がり、レベルも半分くらいになった。
何よりうれしいのは、『ソードマスター』と『白銀の狂犬』以外の称号が消えたこと。これで少なくともカードを見られて城に連行されることはなくなる。
「この白銀の狂犬もいらないんだけど、なんとかなんないの?」
「それは無理です。一番最初についた称号を消すと、その後で取得したソードマスターも消えますよ。ソードマスターが消えると、専用武器の使用が認められなくなりますが」
「うへぇ……それはヤダ」
俺の愛剣『流星剣』はオリハルコン製で切れ味抜群なのだ。鍛冶屋の親父のセンスがアレだからちょっと名前は恥ずかしいけど、敵を一刀に付す時、その刀身は星のように美しく輝く。
鉄でも豆腐のように滑らかに両断するのだから、まさに名剣というほかない。ちなみに、ソードマスター専用だ。
…………べ、別にジークハルトに貰った対の一振りだからとか、そんなのは関係ないんだけど!剣がいいから!!!しょうがないから!!!!
俺は妙に熱くなる頬を左右に振って、ソーニャから冒険者カードを受け取った。色々紆余曲折あったが、当初の目的は達成だ。
おまけに思いがけなくにソーニャに再会できたのだから、まさに幸運としか言いようがない。
その日は仕事終わりのソーニャと夜更けまで飲み明かし、溜まりに溜まった鬱憤とジークハルトへの愚痴を吐き散らかし、しまいに胃の中のものまで盛大に吐いて気絶した。
翌日ソーニャにめちゃくちゃ怒られたけど、これは申し開きのしようもないわ……。
さらに翌日の昼、二日酔いも抜けた頃に俺はようやく宿のベッドを抜け出し、ダンジョンへ向かった。
半端な時間のせいか、入り口はそこそこ空いている。観光しに来た一般人が売店で土産物を見ていたりするのを見ると、やっぱりダンジョンっていい収入源になるんだなぁと思う。
「ああ、あなたがリディさんですか。ギルド長からお話は伺ってます」
受付の警備員にカードを見せると、にこやかに挨拶して門を開けてくれた。
どうやらソーニャが話を通してくれているらしい。勿論、俺が竜王妃だというのは伏せているだろうが、話が早いのは助かる。
「ギルド長からリディさんにお手紙を預かってます」
渡された手紙に目を通して、俺は固まった。
『おはようリディ。依頼の内容、ちゃんとわかっているよね?今踏破されてる10階層まではいいけど、それ以降はちゃんとマップを提出してもらうよ。間違っても面倒くさがってダンジョンに穴を開けたり、サボって一気に駆け抜けたりしないように』
「うげ……」
ものすごく久しぶりだから忘れていたが、俺は大雑把な性格上、細かいマッピングが大の苦手なのだ。冒険者時代は力に任せてダンジョンの床をブチ破って階層を移動していたことを、パーティーを組んでいたソーニャはよく知っている。
(これは……思ったより面倒なことになったかもしれない)
俺はちょっぴりしょんぼりしながら、ほとんど雑魚の狩り尽くされた低階層を降りて行った。
※※※
一方その頃、リディエールが居なくなったアルディオンの王宮には、通夜のような空気が漂っていた。
まさに水を打ったような静けさというやつだが、それでいて声を出すのも躊躇われるような息苦しいオーラが城中に充満している。
オーラの主は、言うまでもなく竜王ジークハルトだ。
「リディ……俺のリディ……俺を置いて、一体どこに行っちまったんだ……?」
リディエールが城を飛び出したことを知り、ジークハルトはすぐに後を追いかけたが、血眼になって探してもリディエールは見つけられなかった。
それはリディエールが匂い消しで後を追えないようにしていたことに加えて、ジークハルトの匂いが近づいてきたのを感じ取ると、すぐに自分の開いた異空間の中に身を隠してしまっていたことが原因だ。
本来、生あるものは異空間の中にはいられないのだが、自分で制御している異空間であれば、少しの間なら問題ないことをリディエールは知っていた。
冒険者時代にストーカーのようにどこにでもついてくるジークハルトを撒くため、身につけた知恵である。
ジークハルトはリディエールが見つかるまで帰らないと言い張ったが、ラインハルトに「母上が帰ってきた時、仕事が山になっていたらどうなりますかね」と言われて凍りついた。
リディエールは理想的な竜王妃と言われるだけあって、もの凄く真面目で民思いなのだ。風邪を引いたリディエールの看病で3日仕事をサボったら、ボコられて一週間口を利いてもらえなかったこともある。
これ以上リディエールを怒らせて、完全に三行半を突きつけられたら死ぬしかない。
ジークハルトは断腸の思いで城に連れ戻されることになった。
「戻ってきてくれ、リディ……あと3日リディが足りなくなったら俺は死ぬ………!!!!」
2メートル近い頑強な体を重厚な王座に沈め、ジークハルトは嘆いていた。
何が悲しくてここでこんなことをしなけれはならないのか。愛する番が誤解の末自分から離れて行ってしまったというのに。
「父上の自業自得ですよ。浮気なんかするからこんな目に遭うんです」
チクチクと指すような口調で責められ、ジークハルトは牙を剥く。
「俺が浮気なんかするわけ無いだろうが!!!リディ以外の存在なんて、虫かそこらへんの草みたいなモンだ!……元はと言えば、お前のせいなんだぞ………!!!!!」
「は?何故父上がウェニタス伯爵令息と不適切な接触をしていたことが私のせいになるんです?」
見た目は自分の赤髪金眼を受け継いだはずの息子が、愛する番そっくりの口調で言い放つ。
母親を誰より尊敬しているラインハルトは中身は竜王妃としてのリディエールの性格を受け継いでおり、その影を見つけるとどうしてもジークハルトは強く出られない。
「そ……それはだな……その……」
ジークハルトは視線を泳がせ、ゴニョゴニョと口を濁しながら事の顛末をボソボソと話し始めた。
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