竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

文字の大きさ
上 下
2 / 38

2.ギルドにて

しおりを挟む
 
 城から空にダイブして逃亡を図った俺は、風の魔法で衝撃を緩和し、数十年ぶりに地上に降り立った。
 踏みしめた大地の感触は、懐かしいの一言に尽きる。心なしか空気を濃く感じて、少しばかりクラリとしたが、違和感はすぐに治まった。
 
 さて、どこに行こうか。
 俺は只今絶賛家出決行中なのである。今頃はアダムの悲鳴を聞いて誰かしらが追ってきているだろうし、いつまでものんびりしていられない。まずはこの場から少しでも離れることが先決だ。
 匂いによる追跡を防止するため、持参してきた匂い消しを一粒口に放り込んで、俺は歩き始めた。
 目的地は、エルフィン王国の外れに位置する街、ネモである。最近ダンジョンが見つかったという今が熱い街で、攻略せんという野心に満ちた冒険者たちが溢れかえっているだろう。
 久々に大暴れしたい気分だった俺は、150年ぶりのダンジョンに向かう気満々だった。

 途中山賊に襲われていた商人を助けて用心棒代わりに馬車に乗っけてもらったり、その礼にと馬を譲り受けた俺は、至極順調にネモまで辿り着いた。
 久々ではあるものの、元は庶民の冒険者だ。少しばかり変化した流儀に手間どりはしたものの、問題なく宿も取れたし冒険者ギルドも見つけることができた。
 ダンジョンに入るには、冒険者か騎士団の身分証明書の提示が必要なため、ギルドに行く必要があるのだ。
 
 未攻略のダンジョンがあるというだけあって、ネモの街の冒険者ギルドはそれなりに大きかった。
 建物は大きさだけで急ごしらえ感が否めないが、ダンジョンが見つかって急に大量の冒険者を受け容れなければならなくなった背景を思えば、致し方ないだろう。
 カウンターは冒険者登録用のものが2つと、依頼受理のカウンターが5つ、報酬受け渡しのカウンターが3つ用意されているのだから上等といえる。
 それでもカウンターの前には順番待ちの列がある。俺は冒険者登録の列に並び、順番を待った。
 
(なんだか新鮮だなあ………列に並んで順番まちするなんて、いつぶりだろう)
 
 なんでもないことなのに、久しぶりのシチュエーションに妙にワクワクしてしまう。
 竜王妃として猫を被って過ごしてきた150年間ぶん、ストレスは蓄積していた。誰に強制されたわけでもなく、自分の意地とプライドのためにやってきたことではあるが、それでも相応の苦労はあった。
 飛び出したきっかけはジークハルトの浮気疑惑にあるが、いい加減我慢せず自由に飛び出したいという気持ちが、自分にもあったのだろう。
 王太子である息子のラインハルトは『母上のようにお淑やかでしっかり者の子がいい』と自分で選んだ婚約者のナディアと絆を育んでいるし、ナディアもラインハルトを支えたいと竜王妃教育に励んでくれ、その成長ぶりも申し分ない。俺がいなくなったとしても、充分に国は回るに違いない。

 正直、ジークハルトが本気で俺と別れるつもりがあるとは、俺自身思っていない。
 ちょっとぐらい若い子に目が行ったかもしれないが、長年連れ添った夫婦だし、そもそも竜人は番と離れると生きていけない種族なのだ。
 ただ、今回は不誠実な対応に死ぬほど腹が立ったため、俺の本気の怒りをわからせるべく家出を決行したというだけで。
 今頃俺の匂いを見失ってジークハルトは大慌てしていることだろう。血眼になって必死で俺を探し当てて、戻ってきてくださいと地べたに頭をこすりつけるまで、許してやるつもりはない。

 そんなことを考えている間に、俺の順番が回ってきた。
 呼ばれてカウンターの前に立った俺を職員は上から下までさっと見ると、戸惑ったような顔をする。

「あの、カウンターをお間違えではないですか?こちらは依頼募集ではなく、冒険者として活動したい方のための登録カウンターでして……」

「はい、大丈夫ですよ。冒険者の登録をお願いしたいので」

「えっ……そうですか……大丈夫かな……いやでも別に資格とかいらないしな……いやいやでも……」

 職員は俺の肯定を聞いても、何やらブツブツと戸惑いの声を上げている。
 何がいけないのかと首を傾げていると、ふと窓に映った自分の姿が見えた。身なりこそ平民に合わせてはいるが、長年城で磨き上げられた肌は白く、顔は女顔、サラサラの長い銀髪はいかにも身分のある人間ですと言わんばかりだった。うおお、白百合マジック。
 城を飛び出てからというもの、まともに鏡なんか見ていなかった俺は、自分がどう見えているかなど一切気にしていなかった。むしろ、人目を気にせず過ごせるなんて最高とか思ってたぐらいで。

 カウンターの兄ちゃんを困らせている原因に気付き、俺はちょっと申し訳なくなった。
 ゴメンな兄ちゃん、こんなんが来たら俺だって困るわ。



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

王子の恋

うりぼう
BL
幼い頃の初恋。 そんな初恋の人に、今日オレは嫁ぐ。 しかし相手には心に決めた人がいて…… ※擦れ違い ※両片想い ※エセ王国 ※エセファンタジー ※細かいツッコミはなしで

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...