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62.まーくん

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 その夜、僕は不思議な夢を見た。
 寝てる僕が目を覚ますと、隣にはウィルフレッドがいなくて、かわりに金色のきらきらした光が現れる。
 金色の光は人の形になって、僕の前に立った。

 僕は、それを見て身動きも出来なかった。驚きより、懐かしさでいっぱいになって、気付いたら涙が溢れていた。
 その姿は、僕が昔からよく知ってて、一番会いたい人そのものだったから。

「まーくん……」

 名前を呼ぶと、まーくんは悪戯したのがばれた時みたいな顔をして、モジモジする。
 なにか言い訳したいけど、何を言ったらいいかわからなくて困ってるときのやつだ。

「どうしたの、まーくん。なんかやっちゃったの?」

 尋ねると、まーくんは唇を尖らせて、渋々頷いた。かわいくて、僕は笑ってしまう。

「ごめんなさい、ちーちゃん」

「何が?大丈夫だよ。僕怒ってないよ」

 本気でやばいことやっちゃった時は、まーくんは最初からギャン泣きしてくる。
 すごく昔のことになっちゃったけど、可愛い弟のことだもん、忘れたりしないよ。

「あのね、あのねちーちゃん。僕、ちーちゃんに言わなきゃいけないことがあってね。あとあと、ごめんなさいしないとだめなこともあって、ええとええと」

「落ち着いて。一個ずつ聞かせてよ。言わなきゃいけないことって?」

 あわあわしてるまーくんを宥めて、人差し指を立てながら促すと、まーくんは少しだけ考えて話し始めた。

「えっとね、ちーちゃんは僕が死んじゃったのはパパやママ達がほっといたせいって思ってるんだよね?」

「う、うん。ごめんねまーくん、僕があんな人達を少しでも信じたばっかりに、まーくんは」
 
 本当に申し訳なくて、僕は青褪めながら俯いた。
 まーくんは慌てて僕の前で両手を振った。

「違うのちーちゃん!ちーちゃんは何にも悪くないよ!僕が死んじゃったのは、神様のせいなんだもん」

「……………どういうこと?」

「僕、ほんとは肺炎、すぐ治るはずだったの。だけど、神様のお使いの人が、隣のベッドのお爺さんと間違えて、僕の魂を体から切り離しちゃって……。それで僕、戻れなくなっちゃったの」

 初めて聞かされる衝撃の真実に、僕は絶句した。
 神様とかお使いとかいう存在がこの世に存在するのかとかは、もう言うまい。そもそも、僕がマリクとして転生してるってこと自体、パラレルもいいとこなんだから。
 それよりも神様!!!!!お使いとかいうやつ、許すまじだよ!!!僕の弟をどういう目に遭わせてくれてんだ!!!!

「…………まーくん、その神様とか言う人出してくれる?」

 僕は唇だけで笑うと、まーくんにそう言った。こんな話聞いて、保護者として黙ってなんかいられない。
 間違いでしたで済むか。まーくんには輝かしい未来があったんだ。それを台無しにしといてただで済むと思うなよ。本気で許さない。

「ち、ちーちゃん落ち着いて!あのね、神様はすっごい謝ってくれたんだよ。僕、ちーちゃんのお土産とお話楽しみにしてたから、すっごく泣いて怒ったの。そしたら、神様『ほんとに申し訳ねぇ』って土下座してきて」

 神様って土下座するのか。正直それぐらいじゃ治まらないとこではあるけど、神様が土下座って誠意は感じるな、確かに。

「それでね、僕の好きな世界に生まれ変わらせてくれるって言ったんだけど、僕ヤダってただこねたの。だって、ちーちゃんの弟じゃなきゃやだったんだもん。でも、神様がもうあの家に新しい家族が生まれる予定ないって」

 確かにそうだ。あの三番目の弟が居る限り、あの現状で新しく家族が出来るわけがない。
 面倒見きれなかったせいで、まーくんまで死なせちゃったんだから、それで更に子供作ろうとかサイコパスすぎる。

「それで、ちょっと考えさせてって待ってるうちに、ちーちゃんが死んじゃって……。神様は、ちーちゃんがあの日事故で死んじゃうのは予定通りだからミスじゃないって言うんだけど、僕ちーちゃんを生き返らせてあげたかったの。生きてる間、僕ちーちゃんにいっぱい迷惑かけちゃったから、僕のかわりにちーちゃんを『君アル』の世界に生まれ変わらせてって、神様にお願いしたんだ」

 なるほど、それで僕がマリクとして転生しちゃったわけか。あの頃から僕は『君アル』に大ハマリして、ウィルフレッドの魅力をまーくんにも語りまくってたからなぁ。
 今考えたら、こんなちっちゃい子に何聞かせてんだって気がするけど、まーくんがあんまりニコニコ聞いてくれるから、オタクの性ってやつがね?

「ほんとは僕もちーちゃんの弟に生まれ変わりたいなって思ったんだけど、そしたらまたちーちゃんに頼ってばっかりになっちゃうでしょ?だから、神様にこの世界でちーちゃんが困った時に助けられるように見守りたいってお願いしたの。そしたら、ちーちゃんのいるこの世界だけ、神さまやってもいいよって」

 神様って、『やってもいいよ』でやらせられるもんなんだ。僕は絶句して言葉もなかった。
 いや、まーくんが僕を生のウィルフレッドと引き合わせてくれたんだから、さすがは賢くてかわいい僕の弟♡♡♡って思うんだけど、まーくんがこの世界の神様だって思うと……なんていうか、うん。大丈夫なのって感想しかない。

「あっ、もしかして、あの雷全焼事件って……」

 僕が軽いトラウマを負った過去の『お祈りピンポイント的中事件』を思い出して叫ぶと、まーくんはしょんぼり俯いて組んだ両の掌をもぞもぞ動かした。

「ごめんなさい……ちーちゃんのお願い、叶えたかったの。うまくできなくてごめんね」

「い、いーのいーの!まーくんは悪くない。ありがとね、助かったよ」

「でも、悪い人以外の人も死んじゃった……」

 それはそうなんだよね。僕は何とも言えなくて黙り込んでしまう。あれ、僕からしても結構なきつさだったからなぁ。

「だって、この世界はちーちゃんのための世界なんだもん。ちーちゃん以外はお人形みたいなものでしょ?だから、ちょっとぐらいいいよねって思ったの」

 な……なるほど……??この世界の中で実際に生きている僕と違って、あくまで箱庭を覗いているに過ぎないまーくんにとっては、僕という魂が入ってる『主人公』以外は、いわばレゴのお人形程度の認識しかないわけだ。
 まさに神様の視点というべきか、子供特有の残酷さと言うべきか。どちらにせよ怖い。

「い、今はちゃんとダメだってわかってるよ?神様にも叱られたし……巻き込むなら10人ぐらいにしとけって」

 10人でもダメだよ。やっぱり神様って碌でもないんだな……。まーくんを悲しませたくはないんだけど、ここはちゃんと教育しないといけない。ていうか、ここでまーくんにしっかり言い聞かせておかないと、僕を困らせる→天罰で葬るの図式が完成してしまう。
 これからウィルフレッドと結ばれることで、やっかみやら何やらできっと僕に色々悪口言ったり嫌がらせする奴らが出てくるに違いない。そんなのを片っ端からまーくんが天罰で消しちゃったら大変なことになる。

「あのね、まーくん。まーくんにはあんまりピンとこないかもしれないけど、僕以外の人達もこの世界でちゃんと生きてるんだよ。だから、いくら僕に嫌がらせしたりしてきても、そう簡単に神様が手を出しちゃダメ」

「ええー?どうして???ちーちゃんをいじめるやつは、僕がやっつけてあげたいのに」

「だ、大丈夫!僕、喧嘩は自分でやりたいタイプだから!!!小さい頃ならいざ知らず、僕がそう簡単にやられっぱなしでいると思う?必ず落とし前つけさせるからまーくんは見てて!」

「すごーい!ちーちゃんカッコいい!!!」

 キャッキャッとまーくんが飛び跳ねて喜ぶ。ホッ。どうやら納得したみたいだ。
 結果として僕は『売られた喧嘩は必ず買って叩き返さなければならない』というゲッシュを得てしまったわけだけど、弟の健全な成長には替えられない。

「………あ、でも僕、神さまやめるの。僕、まだ子供だし、神さままだ早かったなって神様が」

 そりゃそうだ。どう考えても小学生のまーくんに神様は荷が重い。というか、わかりきってるだろ。よく任せようって気になったな、クソ神様め。

「だから、僕もちーちゃんの世界に生まれ変わることになったんだ。神様には、ちーちゃんと絶対会えなきゃヤダって言っといたから、そのうちきっとちーちゃんに会いに行くからね。僕、きっと記憶はなくなっちゃうけど……でも、絶対いくから。約束!」

 まーくんがにっこり笑って、僕に小指を差し出す。
 一瞬発作が出るかもって身構えたけど、もう体が震えることはなかった。
 僕が約束を守れなかったせいでまーくんが死んだわけじゃないってわかったからかもしれない。そっと僕からも小指を絡める。

「……うん、約束。待ってるからね。必ず来るんだよ?まーくんの大好きなオムライス、食べさせてあげるからね」

「やったー!!!ちーちゃんのオムライス!!早くたべたいなぁ」

 まーくんの体の光が、段々と強くなっていく。タイムリミットが近いことを感じて、僕はまーくんをぎゅっと抱き締めた。

「ちーちゃん、ありがとね。僕、ちーちゃんの弟で嬉しかったの。パパもママもあんなんだったけど、そのお陰でずーっとちーちゃんと一緒にいられたもん。ちーちゃんは大変だったと思うけど……」

「ううん、僕もまーくんのお兄ちゃんで嬉しかったよ。全然、大変なんかじゃなかったよ」

 そうだ。まーくんが居てくれたから、僕は寂しくなかった。あの歪んだ家の中で、自分の役割と居場所を得ることができたんだ。
 まーくんがいなかったら、きっと僕はだめになってたと思う。

「ちーちゃん大好き。またね」

 そう言って、まーくんは一際強く輝き、僕の視界は真っ白な光に包まれた。
 眩しさにを瞑り、再び開いた時には、もうまーくんはどこにもいなかった。



 そこで、僕は目を覚ます。まだ時間は深夜で、隣のウィルフレッドが僕に腕枕していた。
 すごい勢いで起き上がった僕に気付いて、ウィルフレッドが目を覚ます。

「どうした?マリク………お、おい、どうして泣いてるんだ!?」

「まーくん……まーくん……!!!!!」

 僕はウィルフレッドに抱き着いて、泣きじゃくった。嬉しいのと悲しいのと寂しいのと、受け止めきれない感情全部を涙に任せて泣き続ける。
 ウィルフレッドは何がなんだかわからないだろうに、僕が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと僕を抱きしめていてくれた。
 


(ありがとう、まーくん……まーくんのお陰で、僕はこの世界で幸せになれたんだよ)



 翌日目覚めた僕は、真っ赤に腫れた目を氷で冷やされながら、ウィルフレッドに『まーくんとは誰だ』と小一時間問い詰められたのだった。
 



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