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番外編
ひめごとびより 6日目
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俺がべそをかきながら部屋に閉じこもっていると、母上がやってきた。
今は誰にも会いたい気分ではなかったけど、少しお話しがありますと言われては追い返すなんてできない。
母上にもダメな子と叱られてしまうだろうか。そう思うと、また涙が頬をしとどに濡らした。
「まあまあまあ、こんなに目を腫らして。ソレイユ、冷やすものを」
「かしこまりました」
母上はメイドにそう命じて、俺の座っているソファの隣に腰を下ろした。
ハンカチを取り出して、俺の涙を拭ってくれる。
「旦那様があなたを泣かせてしまったと落ち込んでいたわよ。まるでクマのように部屋をウロウロして。お仕事へ行きなさいと追い出してやりましたが、あちらで使いものになるかどうか」
困った方ね、と母上が苦笑いをした。
俺はしょんぼりと項垂れる。
「申し訳ありません……」
「あら、謝ることなどないのよ。男親なんて、心配させておけばよいのです。それぐらいしか出来ることがないんですもの」
普段はどちらかといえばキリッとした印象の母上が、朗らかに笑う。俺は、何だか少しだけ気が楽になった。
「私が最初に身籠った時のことを思い出します。あの人ったら、常にソワソワと私の周りをグルグル歩き回って、数分おきに『腹は大丈夫か』『喉は乾いてないか』『何か欲しいものはないか』と訊いてくるのです。最初は嬉しかったけれど、1週間もすると落ち着かなくて堪らなくて、部屋を叩き出したものです」
「父上がですか?」
父上は、今でも渋みのあるダンディな男前で、家族以外には皮肉屋で通っている方だ。文官ねトップに君臨し、弁舌も立つと評判の自慢の父親が、まさかそんな過去を持っていたとは。
「そうですよ。アルバートの時も、あなたの時もそう。全く進歩がないから、私も諦めました。ああ、こうして落ち着かなくウロウロするのが男親の仕事なのだわ、とね。きっとアーネスト様もそうなってよ」
俺の周りをウロウロするアーネストを想像すると、何だか笑えてしまった。『レニたん、体大丈夫?』『レニたん欲しいものない?』と数分おきに訊いてくるアーネストなんて、想像ができすぎて可笑しい。
「いいこと?レニオール。あなたはきっと身籠っているわ。訳もなく不安になったり、涙が出たり、自分の感情がコントロールできなくなるのは、妊婦にはよくあることなのです。ですから、気分が落ち込んでも、深く考えてはダメ。もっと楽しいことを考えるか、好きな事をして気を紛らわせるのが一番よ」
そう言って、母上は籠の中から長い棒と毛糸玉を取り出した。
「私は、そういう時いつも編み物をして過ごしました」
「編み物、ですか?」
「そう。生まれてくる子は、男の子か女の子か。泣き虫かヤンチャか。生まれてきたらこの靴下を、帽子を被せてあげよう。そんなふうに考えながら、大切に編むのです。あなたに編み物が向いているかはわかりませんが、私が教えますからやってみませんか?」
「……俺でも、できるでしょうか?」
「簡単なものからで大丈夫。最初はうまくいかない方が、かえっていいものよ。上達したら自信が付いたり、後になって最初のやつを編み直そうか、なんて思ったりしてね」
そういうものか、と俺は素直に頷いた。
確かに、時間が幾らでもあって暇だと、余計なことばかり考えてしまう。
毛玉と戦っていれば、そういうことも減るかもしれないし、目に見えた結果が残るのは楽しそうだ。
「はい、やってみたいです」
俺が言うと、母上はにっこり笑って頷いて、まずは棒の持ち方を教えてくれた。
俺はやっぱり不器用で、いい生徒ではなかったけど、根気よく少しずつ編むのは楽しい気がする。
何より、母上と一緒に編みながら色んなことをお喋りするのが楽しい。
父上と初めて出会った時のこととか、俺が生まれる前の兄様たちの話とか、面白いことばかりだ。
それと、不安に思ったことも母上に相談することができた。母上は、その不安は誰しもが抱くものだと受け止めてくれて、その上で励ましてくれた。
「いい?レニオール。あなたはまだ若すぎるし、いずれ王太子妃になるという普通の人とは比べ物にならないほどの重圧がある。そして、本来であれば長い時間をかけて培うはずだったアーネスト様との信頼関係もきまだ充分に築けていない。そのような状態で、アーネスト様を信じて泰然としていろというのは余りにも無理な話です。ですから、よくお聞きなさい。もしもアーネスト様が他所に気を移すようなことになったとしても、あなたとお腹の子には私たち家族がついています。その子をけして王家などにはやらないし、婚約も誰が何と言おうと破棄させます。いざとなれば、叔父様のお力を借りてでもね。だから、安心なさい。あなたは1人ではないわ。私も旦那様も兄達も、お祖母様も、みんなあなたを愛しているんですからね」
俺は、感極まってわんわん泣いた。今までアーネストに冷遇されて一人で不幸ぶっていたけど、家族はみんなそんな俺を見守って愛してくれていたんだ。
それがものすごく有難くて、そんなことにも当たり前過ぎて気付けなかったことが申し訳なくて、今日三度目で一番の大泣きをした。
だけど、悲しい涙じゃなかった。泣き終わったあとは、何だか物凄くスッキリして、心も落ち着いてる。
母上は、やっぱりすごい。母上は間違ったことを言わない。
俺は改めて母上の偉大さを噛み締めながら、その日は夢も見ないでぐっすり眠った。
今は誰にも会いたい気分ではなかったけど、少しお話しがありますと言われては追い返すなんてできない。
母上にもダメな子と叱られてしまうだろうか。そう思うと、また涙が頬をしとどに濡らした。
「まあまあまあ、こんなに目を腫らして。ソレイユ、冷やすものを」
「かしこまりました」
母上はメイドにそう命じて、俺の座っているソファの隣に腰を下ろした。
ハンカチを取り出して、俺の涙を拭ってくれる。
「旦那様があなたを泣かせてしまったと落ち込んでいたわよ。まるでクマのように部屋をウロウロして。お仕事へ行きなさいと追い出してやりましたが、あちらで使いものになるかどうか」
困った方ね、と母上が苦笑いをした。
俺はしょんぼりと項垂れる。
「申し訳ありません……」
「あら、謝ることなどないのよ。男親なんて、心配させておけばよいのです。それぐらいしか出来ることがないんですもの」
普段はどちらかといえばキリッとした印象の母上が、朗らかに笑う。俺は、何だか少しだけ気が楽になった。
「私が最初に身籠った時のことを思い出します。あの人ったら、常にソワソワと私の周りをグルグル歩き回って、数分おきに『腹は大丈夫か』『喉は乾いてないか』『何か欲しいものはないか』と訊いてくるのです。最初は嬉しかったけれど、1週間もすると落ち着かなくて堪らなくて、部屋を叩き出したものです」
「父上がですか?」
父上は、今でも渋みのあるダンディな男前で、家族以外には皮肉屋で通っている方だ。文官ねトップに君臨し、弁舌も立つと評判の自慢の父親が、まさかそんな過去を持っていたとは。
「そうですよ。アルバートの時も、あなたの時もそう。全く進歩がないから、私も諦めました。ああ、こうして落ち着かなくウロウロするのが男親の仕事なのだわ、とね。きっとアーネスト様もそうなってよ」
俺の周りをウロウロするアーネストを想像すると、何だか笑えてしまった。『レニたん、体大丈夫?』『レニたん欲しいものない?』と数分おきに訊いてくるアーネストなんて、想像ができすぎて可笑しい。
「いいこと?レニオール。あなたはきっと身籠っているわ。訳もなく不安になったり、涙が出たり、自分の感情がコントロールできなくなるのは、妊婦にはよくあることなのです。ですから、気分が落ち込んでも、深く考えてはダメ。もっと楽しいことを考えるか、好きな事をして気を紛らわせるのが一番よ」
そう言って、母上は籠の中から長い棒と毛糸玉を取り出した。
「私は、そういう時いつも編み物をして過ごしました」
「編み物、ですか?」
「そう。生まれてくる子は、男の子か女の子か。泣き虫かヤンチャか。生まれてきたらこの靴下を、帽子を被せてあげよう。そんなふうに考えながら、大切に編むのです。あなたに編み物が向いているかはわかりませんが、私が教えますからやってみませんか?」
「……俺でも、できるでしょうか?」
「簡単なものからで大丈夫。最初はうまくいかない方が、かえっていいものよ。上達したら自信が付いたり、後になって最初のやつを編み直そうか、なんて思ったりしてね」
そういうものか、と俺は素直に頷いた。
確かに、時間が幾らでもあって暇だと、余計なことばかり考えてしまう。
毛玉と戦っていれば、そういうことも減るかもしれないし、目に見えた結果が残るのは楽しそうだ。
「はい、やってみたいです」
俺が言うと、母上はにっこり笑って頷いて、まずは棒の持ち方を教えてくれた。
俺はやっぱり不器用で、いい生徒ではなかったけど、根気よく少しずつ編むのは楽しい気がする。
何より、母上と一緒に編みながら色んなことをお喋りするのが楽しい。
父上と初めて出会った時のこととか、俺が生まれる前の兄様たちの話とか、面白いことばかりだ。
それと、不安に思ったことも母上に相談することができた。母上は、その不安は誰しもが抱くものだと受け止めてくれて、その上で励ましてくれた。
「いい?レニオール。あなたはまだ若すぎるし、いずれ王太子妃になるという普通の人とは比べ物にならないほどの重圧がある。そして、本来であれば長い時間をかけて培うはずだったアーネスト様との信頼関係もきまだ充分に築けていない。そのような状態で、アーネスト様を信じて泰然としていろというのは余りにも無理な話です。ですから、よくお聞きなさい。もしもアーネスト様が他所に気を移すようなことになったとしても、あなたとお腹の子には私たち家族がついています。その子をけして王家などにはやらないし、婚約も誰が何と言おうと破棄させます。いざとなれば、叔父様のお力を借りてでもね。だから、安心なさい。あなたは1人ではないわ。私も旦那様も兄達も、お祖母様も、みんなあなたを愛しているんですからね」
俺は、感極まってわんわん泣いた。今までアーネストに冷遇されて一人で不幸ぶっていたけど、家族はみんなそんな俺を見守って愛してくれていたんだ。
それがものすごく有難くて、そんなことにも当たり前過ぎて気付けなかったことが申し訳なくて、今日三度目で一番の大泣きをした。
だけど、悲しい涙じゃなかった。泣き終わったあとは、何だか物凄くスッキリして、心も落ち着いてる。
母上は、やっぱりすごい。母上は間違ったことを言わない。
俺は改めて母上の偉大さを噛み締めながら、その日は夢も見ないでぐっすり眠った。
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