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番外編
はじめてのお茶会
しおりを挟むその日俺は、朝からすごくソワソワしてた。
なんてったって、マリクが!マリクが初めて俺の屋敷に遊びに来てくれる日なんだ。
あの始業式以来、俺とマリクはすごく気安い仲で、アーネストも交えて一緒に昼食を摂ったり、体育の時間に一緒にペアを組んだり、放課後にちょっとした買い物に行ったりと、ずっと憧れだった友達とのやりとりを楽しんでいる。
最近じゃシリルもそこに加わって、結構賑やかになったんだけど、今日は用事があって来られないとかで、すごく悔しがってた。
「レニたん、そんなウロウロ机の周りを回っててもマリクが来る時間は変わらないよ」
アーネストが呆れたような声で言う。どことなく不満げなのは、俺が構ってやらないからに違いない。
「だって、落ち着かないんだ。マリクがうちに来るなんて、どうしよう。お茶は大丈夫かな、アーネスト、マリクの好きなお菓子知ってる?」
「その話、昨日もされた。マリクが好きなのは、チョコチップクッキーとバームクーヘン。あとポッキー。公爵家のパティシエに用意させたんでしょ?」
「そ、そうだった。ぽっきーは、細長いプレッツェルに、チョコレートをつけたやつだったよな」
聞いたことのないお菓子だったけど、アーネストに図を描いてもらったりして、なんとかパティシエにお願いした。俺も食べてみたけど、すっごく美味しかったから、もし余ったらシリルにもあげようかと思う。
そうこうしていたら、執事がやってきて、マリクの訪れを教えてくれた。
俺は喜び勇んで、大急ぎでエントランスに出迎えに向かう。走るのは、執事にめちゃくちゃ叱られるから我慢だ。
アーネストがそんな俺の横を、たいした急いだふうでもなく普通に付いてくる。これがコンパスの差か!くやしい!
「いらっしゃい、マリク!よく来たね!」
「お招きありがとうございます、レニオール様」
俺が飛びつかんばかりの勢いで歓迎すると、マリクは緊張しているのか、畏まった様子でそう言った。
「なんだ、その喋り方。マリクらしくもない。もっとこう、フランクにしてよ」
「む、ムリ言わないでよ……!こんなすっごいお屋敷に来るの、初めてなんだからさ!」
そんなにすごいかなぁ?リンドン公爵家に比べたら、古いし割とこじんまりしてると思うんだけど。
「レニたん、リンドン公爵家に比べたら狭いとか思ってるでしょ」
「えっ、なんでわかんの!?」
「普通の貴族の屋敷は、外門から玄関まで馬車使わないからね」
俺はよくわからずに、きょとんとしてしまう。だって、家から歩いて門の外に出ようとしたら、10分は掛かっちゃうじゃないか。そんなの大変だ。
「あー……レニ、ほんっと生粋の箱入りなんだ」
「そういうとこもめちゃくちゃ可愛いけど、時々予想外過ぎるほど鈍感で焦る」
「でも、推せるんだよね!!!」
「尊い」
二人は深く頷き合って、なんだか有り難そうに手を合わせている。あの手、なんなんだ?普通お祈りする時は指を組むもんだよな?指を伸ばしたまま掌を合わせて、何の意味があるのやら。
俺は深く突っ込むことをせず、二人をサロンに案内した。もうお茶の準備は万端だ。
マリクは初めこそ緊張していたものの、テーブルの上のお菓子を目にすると目を輝かせた。
「ヤッバ!!!!ポッキーじゃん!」
「アーネストがマリクの好きなお菓子はこれだっていうから、頼んで作ってもらったんだ。どうかな?」
マリクはお茶も待たずに、いただきまーすとポッキーを2本取り、一度にボリボリと齧った。小さな口がいっぱいになっていて、どことなくリスっぽい。
「美味しい~♡♡♡高級ポッキーって感じ!うまうま」
「お前なぁ、マリク……一応貴族の端くれなんだから、2本食いは禁じ手だろ」
「だって、一本じゃ食べた気しないじゃん!僕的にはこれがポッキーを食す際のスタンダードなの!」
メイドたちもちょっとビックリして様子を見ていたけど、すぐにカップにお茶を淹れてくれた。いや、もしかしたらびっくりしてたのは2本食いではなく、アーネストとマリクの砕けすぎた会話?どちらにせよ、普通ではないからなぁ。
俺もその2本食いを試してみたい気持ちでいっぱいだったけど、後ろに控える執事が、笑顔のまま絶対ダメだと物語っていた。怒らせると怖いからなぁ……今度部屋でこっそりやってみるしかないな。
ポッキーを10本食べてようやっと落ち着いたマリクは、そういえば、と手に持っていたバスケットを差し出した。
「すっかりタイミング逃しちゃったけど、これ、差し入れのお菓子。良かったら食べてみて」
「ありがとう!開けても平気?」
「もちろん!……レニが大丈夫ならだけど」
マリクはチラッと後ろに立つ使用人たちを見た。初訪問のお客様が持ってきたバスケットを僕に直接開けさせてセキュリティ的に問題がないか気にしているようだ。
僕はマリクを信頼しているので、勿論と頷いて問答無用で開ける。
「えーと。これって……????」
中には、見たことのないお菓子?が入ってた。なんか、薄くて、白い?茶色い?ものが沢山入ってる。俺にはそれが何だかわからなかったけど、横から覗き込んできたアーネストが、カッと目を見開いて叫んだ。
「こっ、これは……!!!!ポテトチップス!!!!」
言うが早いか、アーネストは光の速さでバスケットに手を伸ばし、これまた一気に3枚ぐらいわしっと掴んでバリバリと齧りついた。おい……貴族の端くれはどうした。お前は貴族の頂点だぞ!?ていうか、人から貰った物を毒見もなしに口に入れちゃダメな身分だからな!
マリクを疑っているわけでは勿論ないけど、人の目ってもんがある。おまえがそういうことすると、マリクの心証が悪くなるだろ。
「どうよ、アーネスト。僕の研究に研究を重ねた自作ポテチは」
「おいしゅうございます……ッ!!!!」
「ええっ!?これ、マリクが自分で作ったのか!?すごい!」
「えへへ、ウチ、超貧乏貴族だから料理長とかいないしさー。もう自分でやるしかないだけだから、凄くはないんだけど」
マリクが照れたように頭を掻きながら言う間にも、アーネストは真顔のままでポテトチップスをひたすらに口に入れ続けている。なんてことだ!
「コラー!そんなに食べたら俺のがなくなっちゃうだろうが!!!もうダメ!」
バスケットを取り上げたら、アーネストはゾンビのように俺に手を伸ばしてきた。うわーん、なんなんだよコイツ!
「なんという完成度……この食感は完璧だ。カ○ビーだ。俺はカ○ビー派」
「同志よ。そこに気付くとはなかなかやるな」
「堅あげポ○トブラックペッパー作れたらレシピ1000Gで買ってもいい」
「マジで!?」
アーネストとマリクは、時々こういう感じで俺が全然割りこめない話とテンションで盛り上がってしまう時がある。それはやっぱり、友達歴の長さとか、知識量の差とか、色々あるんだろうなって思うし、普段はシリルが適当なとこで『ハイハイおしまい!』って割って入ってくれるからそんなに気にならなかったんだけど、なんか、こう……。
むううう。
なんていうか、こう。おもしろくない。俺の友達と、俺の犬なのに。自分でも子供っぽいと思うけど、知らないうちに頬が膨らんでしまう。
「はっ、レニたん!」
アーネストが俺の様子に気づいて、慌ててこっちを向く。もう遅い。俺は、拗ね拗ねモードなんだからな!
「レニごめんね、機嫌直してって~」
「むううううううう」
「ホラ、レニたん。あーんしよ?」
「自分で食べれるからいい。アーネストは暫く出禁」
「こっち!?」
そんな、酷いとアーネストが喚く。しるもんか。俺とマリクの初めてのお茶会にお前が来るのを許した俺がバカだったのだ。大人しくできない犬は、リードに繋いで小屋で待たせるしかない。
「今すぐハウスって言わないだけ感謝してほしい」
「レニたん~~!!!」
アーネストが俺の足元に縋り付いて泣いている。フン!
「まあ、アーネストはそれでいいとして、とりあえず食べてみてよ。毒見はアーネストで済んでるし」
「そうだな。ありがたくいただきます!」
俺は気を取り直してマリクお手製のポテトチップスなるものを頂くことにした。
1枚摘まんでみると薄くて軽くて固い。ポテトってやわらかくてホクホクしてると思ったけど、どうやったらこんな風になるんだろ?
口に入れると、パリッ、という得も言われぬ歯ごたえと、油の旨み。そして塩気が舌の上に広がる。これは新感覚!
「おいしい!」
俺はたまらずに、パリパリと続けてポテトチップスを食べた。これは確かに、手が止まらないのもわかる。
「この何とも言えない旨み……これは、油で揚げてる?塩も程よい濃さで、少し喉が渇くのがまたお茶をおいしく飲ませてくれる……シンプルながら天晴な匠の技」
「えっ、なにこれ。レニどうしちゃったの?ミ○ター味っ子?」
「レニたんは未知の美味しいものと出会うと、秀逸な食レポするから……」
「ヤバ、うける。めっちゃおもろい」
二人がまたヒソヒソ言ってるけど、俺はポテトチップスに舌鼓を打ち、ご満悦になった。
これは、アーネストが目の色を変えるのもわかる。あんまりケーキに口をつけないことからも、アーネストはあんまり甘党ではない。こういったしょっぱいお菓子が好きなのかもな。
俺も飼い主として、ワンコの好きなお菓子ぐらい作れなきゃだめだろうか。
「なあマリク、俺にもこのポテトチップスって作れるかな?やってみたいんだけど」
俺がそう言うと、マリクの顔が真っ青になり、アーネストの顔が引きつった。なんだ?
「レニ……が?自分で?違うよね?シェフに頼むんだよね?」
「いや、できたらマリクに教えてもらって自分で作ってみたい」
厨房になんて立ったことがないけど、マリクと一緒に何か作るのは楽しそうだ。それに、俺もポテトチップスが作れるようになったら、二人の会話にもちょっとだけ参加できるし。なんとかのブラックペッパーを作ってあげられたら、アーネストはきっと喜ぶに違いない。
「それ、はちょっと……」
マリクが気まずげに目を逸らす。やっぱり無理だろうか。というか、考えたらこんなお菓子他で見たことがないし、貴族のお茶会に出したり、街角の屋台で売ったりすれば、きっと大人気になる代物だ。そう簡単に教えてもらっていいものじゃないのかも。
「ダメ――――――――!!!ダメダメダメ!!!レニたんの白魚みたいな手が血だらけになっちゃう!おまけに揚げ物なんて絶対ダメ!腕とか顔とか油跳ねる!綺麗な肌に火傷の跡が残っちゃうよおおおおおお!!!」
アーネストが声を限りに叫び声を上げる。うっさい……。
「アーネストはちょっと頭おかしいけど、今のは一理あると思うよ。僕も心配。ジャガイモってごつくて丸いから安定感悪いし、なのにうすーく切らなきゃいけいなから、初心者は大変だと思うよ。スライサーあればいいんだけど……」
「すらいさー」
「スライサーがあってもダメでしょ。勢い余って……」
「あー。否定できない」
やっぱり、俺には調理の道は厳しいらしい。残念だけど、無理を言っても仕方ないもんな。
俺は今度はポッキーを齧りながら、お茶を飲む。ポリポリ。
その後俺達はお菓子を食べながらたくさんお喋りして、楽しい1日を過ごした。
俺はかねてから気になっていたマリクの恋人のウィルフレッドについての話(途中からノロケになった)を聞いたり、俺とアーネストの話を聞かれて赤面したりした。アーネストがまた例の変なテンションで言わなくていいことまで喋ろうとするので、お仕置きしたよ……。
「今日はありがと。すっごく楽しかった。今度はうちにも遊びに来てよ!……ちょっとアレな家だけど」
「アレ……??よくわかんないけど、絶対行くよ。楽しみ。今度はアーネストなしで」
「おけまる」
「ええっ、なんで!?ひどくない!?レニたんも行くなら俺も行く!」
「しつこいと嫌われるよ」
「ハウス」
アーネストはものすごく落ち込みながら家に帰って行った。ちょっと可哀想だったかな……。
でも、あの様子じゃアーネストを連れていけないから、仕方ない。
「あのさ、マリク。お願いがあって」
「わーかってるよ~。アーネストのために、ポテチの作り方習いたいんでしょ?」
「えっ、なんでわかるの!?」
またか。アーネストに続いて心を読んでくる人2号。頭いいやつってみんなこうなのか?
「ふふふー。それはねー、恋する乙女心?乙女じゃないけど。やっぱり好きな人の喜ぶ顔が見たいもんね」
「う、うん……」
恥ずかしくなって、俺は俯く。でも、俺が作ったポテトチップスを食べて、レニたんすごい、美味しいって笑ってくれるアーネストを見たいなって思ってしまったから、どうしても習いたかったんだ。
でも、あの様子じゃアーネストは俺が厨房に立つのは絶対反対みたいだったから、あいつの目の届かないところじゃないと。
アーネストが俺がマリクから料理習うのめちゃくちゃ反対してた時に、メイドたちもウンウンって頷いてたから、多分ウチの厨房にも入れて貰えない。
マリクの家に遊びに行った時に、こっそり作るしかなさそうなんだ。
「しょうがないなー、かわいい友達の頼みだもんね」
「ありがとう、マリク。愛してる!」
俺はマリクに飛びついてお礼を言った。ほんとに、友達っていいなぁ。
改めて幸せを噛み締めながら、俺は夕暮れの中帰っていくマリクの馬車を、ずっと見送っていた。
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