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49.それから

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 それから色んなことがあって、俺は王太子妃になった。
 学園を卒業して10年経った今でも陛下はご健在で、まだアーネストが王位を継ぐ予定はないんだけど、陛下のほうは『もうそろそろ疲れたし隠居したいなー』なんてぼやいているらしい。
 アーネストはアーネストで、王様になると今よりもっと身動きが取れなくなってしまうので、もう少しやれるでしょう、と日々押し付け合いの火花を散らしている。おいおい……。


 アーネストが王位につくのを渋っているのは、可愛い盛りの子供たちの成長をなかなか見られなくなるというのもある。
 長男のマナリスが10歳、長女のリリアンは8歳で、去年の夏には双子の男の子が生まれた。大人しいのがラウル、やんちゃなのがラズウッド。どちらもものすごく可愛い。

 実は俺は、3年の途中で身籠ってしまって、卒業の危機だった。
 皆には反対されたけど、ほんとにあとちょっとだったし、どうしても卒業だけはしたくって、皆に我儘を言って通ったんだ。
 アーネストにめちゃくちゃ過保護にされながら学園に通うのは、ほんとに鬱陶しいし恥ずかしかったんだけど、周りはみんな祝福してくれて、凄く嬉しかった。
 王宮でも、万が一のことがあってはとやっぱりものすごく過保護にされて、廊下を歩くのもダメって言われた時は、どうしようかと思ったよ。


 
   ***************


 

 今日は、ファンネからステラも子供たちを連れて遊びに来ていて、俺とステラがお茶をしている傍ら、子供同士元気に庭を駆けずり回っている。
 ステラはアガルタの伯爵令息と恋愛結婚し、当時は周囲を驚かせた。伯爵令息といえど、なんと五男で超がつくほどの貧乏。おまけに武芸はからっきし、見た目も地味、口下手の三拍子。
 そんなのを連れてきたステラに、ファンネの国王様は開いた口がふさがらなかったらしい。
 だけど、そこはステラのこと。きちんと男を見る目はある。伯爵令息は不遇ながら大変な天才で、学生時代から農業に革命を起こすような研究をしていたらしい。
 周囲は奇行としか見ていなかったらしいけど、なんとかと天才は紙一重ってやつなんだろうな。
 ファンネにとっても、自国の食糧自給率の改善は悲願だ。これまた手のひらを返したように、伯爵令息は諸手を挙げて歓迎され、見事ステラの婿に収まったというわけ。

「そういえば、ルーリクのことなんだけど」

 ステラがカップを口から離して、ふと切り出した。ルーリクのことを聞くのはあれ以来初めてで、俺はドキッとする。

「結局、王女とはうまくいかなかったの。と言っても、ルーリクのせいじゃないのよ。王女の方がね」

「ルーリクを気に入らなかったの?」

「というより、かねてより想う相手がいらっしゃったみたいでね。幼馴染の護衛騎士と駆け落ちしそうになってしまったんですって」

「ええっ!!!」

  王族が駆け落ちとは、なんて大胆な。そんなのに巻き込まれてしまったルーリクは大丈夫だったんだろうか。
 よくハイランドまで噂が流れてこなかったものだ。

「一応、未遂に終わったの。だけど、ルーリクはそれで心を病んでしまって」

「そんな……」

「ルーリクが王女と結婚することになったのは、王太子からレニを攫おうとしたからでしょ?それで、今度は自分のせいで王女と愛し合っていた護衛騎士が、ルーリクから王女を攫おうとした。護衛騎士の気持ちがわかるだけに、自責の念に駆られちゃったみたい」

 ルーリクは基本的に人にやさしく、思いやりがある。あの騒動だって、アーネストが昔から俺を大切にしていて、俺が幸せそうなら起こるはずがなかったと思う。例え、ルーリクが俺を好きだったとしても。そういう男だ。

「それで、自分がいるから二人は不幸になると、婚約の辞退を申し出て。ファンネにも伺いの手紙が届いたんだけど、あの一件のことがあるから、ルーリクをファンネに帰す訳にはいかなくてね。そうしてる間に、今度はルーリクが失踪してしまって……」

 失踪。あまりのことに、俺は言葉がなかった。
 そうか、だからみんな俺にルーリクの話を聞かせなかったんだ。聞いたら、俺が自分を責めると思って。

「でもね!この間ようやっと手紙が来たの。なんでも、行き倒れてたところを冒険者の人に拾われて、一緒にいるうちに好きになっちゃったんですって!今は冒険者として、一緒に飛び回ってるらしいわ」

 ステラが、ほんっと人騒がせよね、と言いながら嬉しそうに笑った。
 俺はホッとしたと同時に、涙がこみ上げてくる。

「そっか……よかった、ルーリク、よかった……」

 元気にしてるだけじゃなく、好きな人もいて、幸せに暮らしてる。それを聞くと、嬉しくてたまらない。
 俺が泣いているのに気付いて、子供たちが遊びの手を止めてやってくる。

「あー!お母様、レニオール様を泣かせてる!」

「大丈夫?母様。ステラ様、母様を苛めないでください!」

 ステラがあらぬ疑いをかけられて慌てる。俺は涙を拭きながら笑って、違うよと子供たちをなだめた。

「本当ですか?おばあさまが、ステラ様はおてんばで、よく母様を泣かせたと聞きました」

「ちがうよ、苛めて泣かせたのはアーネスト様だよ」

「うそよ、お父様はお母様をいじめたりしないわ」

 子供たちが喧嘩を始めて、俺とステラはやれやれと苦笑する。
 この論争は、ファンネの親戚の子供たちの間でもよく勃発するものなのだ。その度に、俺はいつも同じ話をする。
 勿論、子供たちにも聞かせられるように、色々なところを端折って、まるでおとぎ話みたいに。




「俺を散々冷遇してた婚約者の王太子が断罪寸前で溺愛してきた話、聞く?」




 
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