上 下
33 / 76

32.ほんとを教えて(前編)

しおりを挟む
 バルコニーからロープを回収した後、俺は窓が良く見えるサイドテーブルにランプを置き、椅子に掛けて本を開いた。
 大して読む気はしなかったけど、そのままだと寝てしまいそうだったからだ。
 おあつらえ向きに、本は『犬の飼い方、躾け方について』。俺がまだ幼かった頃、母上に犬を飼うことを許して頂きたくて買った本だ。

(普段はお利口でも、興奮すると暴走してしまう犬は珍しくありません。セルフコントロールのために基本的なしつけを……か。ふふ、読めば読むほど、アイツみたいじゃん)

 俺が冒頭の10ページほど読み終わった頃、バルコニーで僅かな物音がした。
 月明りに照らされて、その人影はアーネストだとはっきりとわかる。
 アーネストは自分で窓に手を掛けることはせず、外から俺に呼びかけた。

「レニたん……」

 俺は本を閉じて、窓辺まで歩いた。鍵のかかっていない窓を開けるとキィ、と微かな音がする。

「来たな。……入れよ」

 促すと、アーネストはゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。俺はアーネストに背を向けて、客用のテーブルに向かう。
 テーブルの上にはサンドイッチやナッツ、クッキーやチョコレートなんかが並べられている。晩餐を殆ど摂らずに中座した俺のために、伯母上が用意させたものだ。

「座れよ。特別サービスでお茶淹れてやる。つっても、アイスティー注ぐだけだけど。お前、腹減ってない?晩餐に来なかっただろ」

 アーネストが大人しく俺の向かいの椅子に腰を下ろした。俺はグラスにお茶を二人分注ぎ、テーブルに運ぶ。

「俺は大丈夫。お茶、ありがとう」

「そう?俺はさー、今になってなんか腹減ってきたよ。夜食ってなんかうまそうにみえるよな」

 らしくなく辛気臭い顔をしているアーネストを気にせず、俺はサンドイッチをつまんでバクバクと食べた。
 こっちまで同じテンションになったら、雰囲気に呑まれて多分聞きたいことの半分も聞けずに終わってしまう気がする。
 アーネストはそんな俺を、黙って見ていた。

(こうしてると、昔のアーネスト様みたいだな。当たり前か、本人なんだし)

 昔のアーネストのことは、何となく様付けで呼んじゃうな、と俺は何だかおかしくなった。俺はコイツに積年の恨みがあるはずなのに、どこかでは別人みたい分けて考えているんだろうか。

「あ、言っとくけどさ。鍵開けてたからって別にセックスしようってわけじゃないぞ」

「……それは、さすがにわかってる。どうしようか迷ったけど……呼ばれてるのかなって思ったから」

 なるほど、俺の意図は一応的確にコイツに伝わったわけだ。それは結構。

「お前さ、俺がお前に引導渡そうとしてるって思ってる?」

 あんまりにも表情が暗いので、俺はストレートにそう訊いた。あんまり思いつめて自棄を起こされると堪らないからな。

「渡されても、諦めないよ」

 アーネストは硬い声で答える。昼間にも同じことを言われたけど、その時の人を食ったような余裕も明るさもなくなっていた。
 例えるなら、咥えたボールを離したくなくて、目で訴えかけてくる犬。

「それはもう聞いたよ。別に今すぐそうしようってわけじゃないから、

「今すぐじゃなくても、いずれはそうしようと思ってるってこと?」

「それは、お前と話してから考える」

「大体、お前謎過ぎ。11年間のこと含めて、色んな事隠しすぎだろ。俺は、全部知りたい。お前が何を考えて俺をずっと拒絶してきたのかとか、マリクとはほんとのとこどうなってるのかとか、どう考えても俺を断罪する寸前だったお前が、なんでいきなり俺に好きとか言い始めたのかとか、全部。それがわかんなきゃ、俺だって決められない」

「…………それは」

 アーネストは困ったように黙り込んだ。言うべきかどうか、迷っている感じ。だけど、話してもらわないとこっちだって困る。

「話してくれないなら、お前とはここで終わりだ。俺は一生この屋敷から出ずに暮らす。お前は出禁にする」

 最後通牒を突き付けられて、アーネストは頭をガシガシと掻き、あーとかうーんとか暫し唸った。
 そして、おずおずと口を開いて言った。

「あのね。こんなこと言ったら、ウソつきって即刻追い出されるかもしんないけど、どんだけわけわかんなくてもとりあえず最後まで聞くって約束してくれる?」

 俺は一瞬既に『は?』と思ったけど、アーネストの変わりようから考えるに、荒唐無稽な成り行きがない方がかえって不自然かもと思った。

「わかった。約束する」

「めちゃくちゃややこしいから、レニたんに理解してもらいやすいように、ちょっとだけ比喩的表現使うけど、根本のとこはまんまで、ウソじゃないから」

「お、おう……」

 めっちゃ確認するな。何聞かされるんだよ、マジで。俺は喉が渇くのを感じて、グラスに口をつけた。

「あのね。俺――――――生まれた時から呪いみたいなのがかかってて」

 ブ―――――――――――――――――ッ!!!!!!!

「うわ、ちょっきたなっ、いや、これは浴びに行くべき?」

「ブァッ、ほっ、えっ、はあっ!?」

 あまりの重大なカミングアウトに、俺は口に含んでいたアイスティーを思い切り噴出していた。あやうく噴射器のように正面のアーネストにぶっかけてしまうところだったが、アーネストは素早い瞬発力で身を躱し、何故かそれを残念がってる。なんでだよ!

「の、呪いって……大変じゃないか!体とか大丈夫なのか!?」

「あ、命縮めるとかそういうのじゃないから、そこは平気。ただ、そのせいで俺昔から割と感情死んでてさ。何でもできる代わりに何やっても楽しくないし、誰からも褒められる代わりに誰も好きになれないし、これはマイナス面でもおんなじで、楽しくないけど嫌でもない。好きじゃなくても嫌でもないって感じで、常にフラットな状態になっちゃってね」

 何だかすごい話を聞かされているけど、納得の方が大きかった。それぐらい幼いアーネストの顔は、表情を崩さなかったから。
 どんな状況でもけして不快感や不平を訴えたりしない、暑いとか寒いとか、疲れたとか空腹だとか、これがいいとかあれがイヤとか、一切の我儘を言わない子供。
 それは王族の受ける教育や、アーネスト自身の強い自制心と忍耐力から来ていると思っていたのに、まさか呪いのせいだったとは。

「でもね、初めてレニたんに会った時は違った。なんかこう、心臓をぶん殴られるみたいな感じのすっごい衝撃でさ。ニコニコしてるレニたんを見てると、胃のとこがぎゅーってなって叫びだしたくなるし、自分で自分を抑えられなくなるような感情初めてで、俺ビビっちゃってさ」

 えっ、そこで俺?でもあの時のアーネストはそんなことおくびにも出さなかったよな。
 
「今思えば、それは俺の呪いが解ける前兆みたいなものだったんだけど、そんなことわかんなくて、そもそも自分に呪いがかかってるってことも知らなかったから、自分がおかしくなっちゃったんだと思って怖かった。ずーっとレニたんの顔が頭から離れないし、寝る時は出会った時のほんのちょっとの出来事がエンドレスリピートされる」

 それって、何だか心当たりがあるような。俺も初めてアーネストに出会った時はそんな感じだった。俺はアーネストに恋したって自覚してたから、そういう自分を変だとはおもわなかったけど、こいつはそうじゃなかったっていう解釈でOK?

「マジで自分おかしくなった、何ならレニたんに変な呪いかけられたぐらいに思って、もう会わないようにしないとって思ったよ。一瞬会っただけでこうなのに、また会って話したりしたらどうなっちゃうかわかんなかったから。なのに、レニたんは婚約者になっちゃうし、どうしようって動揺した。動揺するのも怯えるのも初めてで、感情ぐちゃぐちゃになった。実際、王宮に遊びに来たレニたんと会った時、ほんとどうにかなりそうだった」

「で、うるせぇってなったと」

「…………ごめん。キラキラしてるレニたんの目、やばくて。俺のこと好き好きって話し掛けてくるのとか、超かわいい声とか、今ならわかるけど俺、もうめちゃくちゃ萌えで、心臓出ちゃいそうになってて、このままじゃ死ぬんじゃないかと思って」



 『―――――――君は、うるさいな』


 
 あの時のアーネストが、そんなことを考えていたなんて、俺はちっともわからなかった。あの不快感を堪える表情は、そういうやつだったのか。





 
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...