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30.公爵令息はあらぶる

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 今振り返っても、今までの俺の人生ほんとクソだったよな、と思う。
 だけど同時に、俺がアーネストに好かれるために声を上げたことは、驚くぐらい少なかったことにも気付いた。
 周囲の評価と同じように、俺は当たり前みたいにアーネストが完璧な人間だと思い込んでいて、面と向かって文句を言ったことも、デートに誘ったこともなかった。
 いくらアーネストが王太子とはいえ、俺だって他国の王族の血を引く公爵令息で、けして立場的に弱いわけじゃない。おまけに、王様が決めたれっきとした婚約者なのだ。
 もう少し愛想を良くしろと怒ってみてもいいし、贈り物をねだったり、どこかに行きたいと我儘を言っても、ある程度は許されたに違いない。

 だけど、俺はそうしなかった。愛されるために変わらなきゃいけないのは俺で、アーネストを揺さぶって無理矢理こっちを向かせようだなんて、考えたこともなかったんだ。
 アーネスト様はうるさいのはお嫌いだと思って、いつも余計なことは言わないように俯いていた。俺がアーネストを見つめられたのは、アーネストが俺を見ていない時だけだ。

(俺をみてるアーネストは、どんな顔してたんだろう。全然思い出せないな)

 きっと不機嫌で苛立った顔をしていると思っていたけど、そうじゃなかったんだろうか。

 アーネストは、今まで大事なものは何一つなかったと言っていた。だから、全てを捨てて公務や勉強漬けになっても平気だったと。だけど、それを何とも思わない人生は、アーネストにとって幸せなものだったんだろうか。
 他にしたいことも、会いたい人もいないから、言われるがままに働く。そんなアーネストのあり方に一切の疑問を持たず、体の心配ひとつしたことがなかった俺は、一体アーネストのどこを見て、何を愛していたんだろう。

(遠慮なんかしないで、ふざけんなって喧嘩でもしていたら、結果は違ってたのか?)

 当時の俺の選択が間違っていたとは思わないけど、アーネストがストレートに気持ちをぶつけるマリクを好きになったのは、仕方なかったのかもしれない。
 初対面の対応が違いすぎる不満はあるが、あれでマリクはそこそこ図太くてガッツもあるので、もし出会い頭にアーネストに睨まれても諦めなかったんじゃないだろうか。今思い返しても相当やらかしてたしな。恐れ知らずだよ、あいつは……。

 そういえば、マリクと付き合ってた時、アーネストはあんな壊れ方はしてなかったな。アイツにスッパリ見切りを付けた時の俺も、相当変り身早かったと思うが、あそこまでじゃない。

 あのダンスパーティーで、アイツは確かに俺を断罪するところだったはずだ。直前までの言動からして、間違いない。
 なのに、アイツはマリクをあっさり捨てて、俺をレニたんと呼んだ。まるで中身全部別人と入れ替わったみたいに、態度も口調もぶっ壊れた。
 二重人格か何かかと疑ってもみたけど、どうやら記憶もちゃんとしてるし、昔のやらかしをきちんと自分の物として認識していた。だから俺は、今のアーネストがアイツの本性で、嫌いな俺には隠していたんだろうと自分を納得させようとしていたのに。

「まーじ、わけわかんね……」

 考えれば考えるほどわからなくなる。アイツを理解するなんて可能なんだろうか。
 踏み込むなと思う自分と、知りたいと思う自分がせめぎあう。
 
(でも……今の俺は、ちゃんとアイツと喧嘩できるんじゃないかな)

 あんな濡れた犬みたいにションボリしたアーネストを、このまま放っておきたくない。それだけは、はっきりとそう言える。
 ステラやおばあさまは、放って置けというかもしれない。だけど、どうするにせよ俺はこのままじゃきっと後悔する。
 もう、自分が傷付かないためにアイツを見ないようにするのはいやだ。アイツのためだけじゃなく、俺がそういう自分になりたくない。負け犬根性はたくさんだ。俺はご主人様で、犬はアイツだ。

 俺はバッと寝転がっていたベッドから身を起こすと、窓の鍵を開けた。バルコニーに立ち、注意書きとロープを回収する。
 別にアイツの言うとおり、体を許してやるつもりになったわけじゃない。あれはアイツが勝手に言ったことで、俺が約束したわけじゃないからな。誰が言うとおりになんかなるか。
 だけど、こうしておけばきっとアイツはここにやって来るだろう。
 

 今夜、アイツに全て問い詰めよう。俺の納得がいくまで吐き出させる。
 もうまだるっこしく期限まで先延ばしにするつもりはない。俺の気持ちは、俺が決める。誰にも文句は言わせない。


「覚悟しろよ、バカ犬め……!!!!!!」


 俺はちょっとの不安を無理矢理捻じ伏せ、拳を握って勇気を奮い立たせた。


 

 
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