31 / 76
30.公爵令息はあらぶる
しおりを挟む
今振り返っても、今までの俺の人生ほんとクソだったよな、と思う。
だけど同時に、俺がアーネストに好かれるために声を上げたことは、驚くぐらい少なかったことにも気付いた。
周囲の評価と同じように、俺は当たり前みたいにアーネストが完璧な人間だと思い込んでいて、面と向かって文句を言ったことも、デートに誘ったこともなかった。
いくらアーネストが王太子とはいえ、俺だって他国の王族の血を引く公爵令息で、けして立場的に弱いわけじゃない。おまけに、王様が決めたれっきとした婚約者なのだ。
もう少し愛想を良くしろと怒ってみてもいいし、贈り物をねだったり、どこかに行きたいと我儘を言っても、ある程度は許されたに違いない。
だけど、俺はそうしなかった。愛されるために変わらなきゃいけないのは俺で、アーネストを揺さぶって無理矢理こっちを向かせようだなんて、考えたこともなかったんだ。
アーネスト様はうるさいのはお嫌いだと思って、いつも余計なことは言わないように俯いていた。俺がアーネストを見つめられたのは、アーネストが俺を見ていない時だけだ。
(俺をみてるアーネストは、どんな顔してたんだろう。全然思い出せないな)
きっと不機嫌で苛立った顔をしていると思っていたけど、そうじゃなかったんだろうか。
アーネストは、今まで大事なものは何一つなかったと言っていた。だから、全てを捨てて公務や勉強漬けになっても平気だったと。だけど、それを何とも思わない人生は、アーネストにとって幸せなものだったんだろうか。
他にしたいことも、会いたい人もいないから、言われるがままに働く。そんなアーネストのあり方に一切の疑問を持たず、体の心配ひとつしたことがなかった俺は、一体アーネストのどこを見て、何を愛していたんだろう。
(遠慮なんかしないで、ふざけんなって喧嘩でもしていたら、結果は違ってたのか?)
当時の俺の選択が間違っていたとは思わないけど、アーネストがストレートに気持ちをぶつけるマリクを好きになったのは、仕方なかったのかもしれない。
初対面の対応が違いすぎる不満はあるが、あれでマリクはそこそこ図太くてガッツもあるので、もし出会い頭にアーネストに睨まれても諦めなかったんじゃないだろうか。今思い返しても相当やらかしてたしな。恐れ知らずだよ、あいつは……。
そういえば、マリクと付き合ってた時、アーネストはあんな壊れ方はしてなかったな。アイツにスッパリ見切りを付けた時の俺も、相当変り身早かったと思うが、あそこまでじゃない。
あのダンスパーティーで、アイツは確かに俺を断罪するところだったはずだ。直前までの言動からして、間違いない。
なのに、アイツはマリクをあっさり捨てて、俺をレニたんと呼んだ。まるで中身全部別人と入れ替わったみたいに、態度も口調もぶっ壊れた。
二重人格か何かかと疑ってもみたけど、どうやら記憶もちゃんとしてるし、昔のやらかしをきちんと自分の物として認識していた。だから俺は、今のアーネストがアイツの本性で、嫌いな俺には隠していたんだろうと自分を納得させようとしていたのに。
「まーじ、わけわかんね……」
考えれば考えるほどわからなくなる。アイツを理解するなんて可能なんだろうか。
踏み込むなと思う自分と、知りたいと思う自分がせめぎあう。
(でも……今の俺は、ちゃんとアイツと喧嘩できるんじゃないかな)
あんな濡れた犬みたいにションボリしたアーネストを、このまま放っておきたくない。それだけは、はっきりとそう言える。
ステラやおばあさまは、放って置けというかもしれない。だけど、どうするにせよ俺はこのままじゃきっと後悔する。
もう、自分が傷付かないためにアイツを見ないようにするのはいやだ。アイツのためだけじゃなく、俺がそういう自分になりたくない。負け犬根性はたくさんだ。俺はご主人様で、犬はアイツだ。
俺はバッと寝転がっていたベッドから身を起こすと、窓の鍵を開けた。バルコニーに立ち、注意書きとロープを回収する。
別にアイツの言うとおり、体を許してやるつもりになったわけじゃない。あれはアイツが勝手に言ったことで、俺が約束したわけじゃないからな。誰が言うとおりになんかなるか。
だけど、こうしておけばきっとアイツはここにやって来るだろう。
今夜、アイツに全て問い詰めよう。俺の納得がいくまで吐き出させる。
もうまだるっこしく期限まで先延ばしにするつもりはない。俺の気持ちは、俺が決める。誰にも文句は言わせない。
「覚悟しろよ、バカ犬め……!!!!!!」
俺はちょっとの不安を無理矢理捻じ伏せ、拳を握って勇気を奮い立たせた。
だけど同時に、俺がアーネストに好かれるために声を上げたことは、驚くぐらい少なかったことにも気付いた。
周囲の評価と同じように、俺は当たり前みたいにアーネストが完璧な人間だと思い込んでいて、面と向かって文句を言ったことも、デートに誘ったこともなかった。
いくらアーネストが王太子とはいえ、俺だって他国の王族の血を引く公爵令息で、けして立場的に弱いわけじゃない。おまけに、王様が決めたれっきとした婚約者なのだ。
もう少し愛想を良くしろと怒ってみてもいいし、贈り物をねだったり、どこかに行きたいと我儘を言っても、ある程度は許されたに違いない。
だけど、俺はそうしなかった。愛されるために変わらなきゃいけないのは俺で、アーネストを揺さぶって無理矢理こっちを向かせようだなんて、考えたこともなかったんだ。
アーネスト様はうるさいのはお嫌いだと思って、いつも余計なことは言わないように俯いていた。俺がアーネストを見つめられたのは、アーネストが俺を見ていない時だけだ。
(俺をみてるアーネストは、どんな顔してたんだろう。全然思い出せないな)
きっと不機嫌で苛立った顔をしていると思っていたけど、そうじゃなかったんだろうか。
アーネストは、今まで大事なものは何一つなかったと言っていた。だから、全てを捨てて公務や勉強漬けになっても平気だったと。だけど、それを何とも思わない人生は、アーネストにとって幸せなものだったんだろうか。
他にしたいことも、会いたい人もいないから、言われるがままに働く。そんなアーネストのあり方に一切の疑問を持たず、体の心配ひとつしたことがなかった俺は、一体アーネストのどこを見て、何を愛していたんだろう。
(遠慮なんかしないで、ふざけんなって喧嘩でもしていたら、結果は違ってたのか?)
当時の俺の選択が間違っていたとは思わないけど、アーネストがストレートに気持ちをぶつけるマリクを好きになったのは、仕方なかったのかもしれない。
初対面の対応が違いすぎる不満はあるが、あれでマリクはそこそこ図太くてガッツもあるので、もし出会い頭にアーネストに睨まれても諦めなかったんじゃないだろうか。今思い返しても相当やらかしてたしな。恐れ知らずだよ、あいつは……。
そういえば、マリクと付き合ってた時、アーネストはあんな壊れ方はしてなかったな。アイツにスッパリ見切りを付けた時の俺も、相当変り身早かったと思うが、あそこまでじゃない。
あのダンスパーティーで、アイツは確かに俺を断罪するところだったはずだ。直前までの言動からして、間違いない。
なのに、アイツはマリクをあっさり捨てて、俺をレニたんと呼んだ。まるで中身全部別人と入れ替わったみたいに、態度も口調もぶっ壊れた。
二重人格か何かかと疑ってもみたけど、どうやら記憶もちゃんとしてるし、昔のやらかしをきちんと自分の物として認識していた。だから俺は、今のアーネストがアイツの本性で、嫌いな俺には隠していたんだろうと自分を納得させようとしていたのに。
「まーじ、わけわかんね……」
考えれば考えるほどわからなくなる。アイツを理解するなんて可能なんだろうか。
踏み込むなと思う自分と、知りたいと思う自分がせめぎあう。
(でも……今の俺は、ちゃんとアイツと喧嘩できるんじゃないかな)
あんな濡れた犬みたいにションボリしたアーネストを、このまま放っておきたくない。それだけは、はっきりとそう言える。
ステラやおばあさまは、放って置けというかもしれない。だけど、どうするにせよ俺はこのままじゃきっと後悔する。
もう、自分が傷付かないためにアイツを見ないようにするのはいやだ。アイツのためだけじゃなく、俺がそういう自分になりたくない。負け犬根性はたくさんだ。俺はご主人様で、犬はアイツだ。
俺はバッと寝転がっていたベッドから身を起こすと、窓の鍵を開けた。バルコニーに立ち、注意書きとロープを回収する。
別にアイツの言うとおり、体を許してやるつもりになったわけじゃない。あれはアイツが勝手に言ったことで、俺が約束したわけじゃないからな。誰が言うとおりになんかなるか。
だけど、こうしておけばきっとアイツはここにやって来るだろう。
今夜、アイツに全て問い詰めよう。俺の納得がいくまで吐き出させる。
もうまだるっこしく期限まで先延ばしにするつもりはない。俺の気持ちは、俺が決める。誰にも文句は言わせない。
「覚悟しろよ、バカ犬め……!!!!!!」
俺はちょっとの不安を無理矢理捻じ伏せ、拳を握って勇気を奮い立たせた。
50
お気に入りに追加
3,362
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
召喚された少年は公爵様に愛される
さみ
BL
突然、魔導士により召喚された、ごく普通の大学生の乃亜(ノア)は何の能力も持っていないと言われ異世界の地で捨てられる。危険な森を彷徨いたどり着いた先は薔薇やガーベラが咲き誇る美しい庭だった。思わずうっとりしているとこっそりとパーティーを抜け出してきたライアンと出会い.....
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる