【完結】俺を散々冷遇してた婚約者の王太子が断罪寸前で溺愛してきた話、聞く?

ゴルゴンゾーラ安井

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29.過去にあったこと(後編)

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 それから俺は、意気揚々と父上にアーネストとの婚約破棄を申し出た。もう、ものすごく晴れやかな気分だった。
 これであんなクソ野郎とは縁が切れる。多分人生で一番ウキウキした。
 けれど、現実は非情だ。父上は突然上機嫌でそんなことを言い出した俺に驚いてお茶を吹きだし、白いナプキンで口を拭いながら言った。

「そんなこと、無理に決まっているだろう」

 俺は心底驚いて、父上に詰め寄り、肩を揺さぶりまくって抗議した。

「どういうことですか、父上!俺が婚約解消したくなったならいつでも言いなさいと言ったじゃないですか!!!!」

「いつの話をしているんだ!何度言っても、お前はアーネスト様のお傍にいたいの一点張りで、婚約破棄になったら教会に入るとまで言った。だから私は間違ってもお前が婚約者から降ろされることがないよう、方々に手を打って根回しをしてきたんじゃないか。今更イヤだからやめますと言って、通るわけがないだろう」

「そっ、そんなあ……」


 
 涙目になった俺は、とぼとぼと部屋へ戻った。膨らんでいた期待が、空気の抜けた風船のようにしおしおになっていく。

(どうしよう。俺の人生は、一生あんなモラハラ男に搾取されつづけるのか?)

 そんなのはいやだ。今までは何故かトントン拍子に王太子妃になって子供を産むと思っていたけど、アーネストのマリクへの態度を見ると、俺は仕事だけさせられるお飾りの王妃にさせられ、アーネストはキャッキャウフフと第二王妃や側室と愛し合って、ハムスターみたいに子供を産んで跡継ぎを作り、俺は子供のいない王妃として肩身の狭い立場に追いやられるところまで、芋蔓式に想像ができてしまう。まさに地獄じゃないか。

「ムリムリムリムリムリ!!!!!!絶対無理!!!!!!!!!!!!!!!」

 絶叫して渾身の力で机を叩いた瞬間、置かれていた書類がバサリと床に散らばる。それは、受け取ったばかりのマリクの身上調査報告書だった。俺の頭に天啓が降りる。

「そうだ、コレだよ……!!!!」

 

 翌日から、俺は意気揚々とマリクへの嫌がらせを始めた。
 当初の予定では責任の矛先がこちらに向かないよう、人と金を使ってエグいことを仕掛けるつもりだったけど、まかり間違ってマリクが逃げ出してしまっては本末転倒だし、あのクソ王太子を引き受けてくれるありがたい存在に、そんな酷いことはできない。
 確かにちょっと嫉妬したこともあったけど、今となっては俺の目を覚まさせてくれた恩人のようなものなのだ。
 
 まず俺は、体育の授業を体調不良を理由に抜け出し、教室に忍び込んでマリクの国語の教科書を破いた。
 次の授業は国語だったから、マリクはすぐにそのことに気付き、せっかくお父様が買ってくれた大事なものなのに、と涙をこぼした。
 俺の胸に、痛烈な後悔が広がる。軽い気持ちでやったけど、あまり裕福でないマリクにとって、教科書はとても高価で大切なものだったんだ。俺は大慌てで教室を飛び出すと、迎え用の馬車に待たせてある公爵家の使用人に頼んで教科書を買いに走らせた。それだけじゃ申し訳なくて、それなりの金額の図書券も挟んで、マリクの住む寮に届けるように手配する。
 教室に帰ると、マリクは目を腫らしながらも、破れた教科書をできるだけ繋ぎ合わせて懸命に授業を受けていた。
 俺はマリクの勤勉さと強さに感動した。同時に、マリクならあの王宮でも俺なんかよりきっとうまく生きて行けるだろうとも思う。

(ごめんな、マリク。でも、アーネストはお前にやるから。ゆくゆくは王妃になれるから。だから、ちょっとだけ我慢してくれ)

 それ以来、俺はマリクへの嫌がらせには慎重になった。俺が手加減したつもりでいても、想定以上に相手にダメージを与えてしまうことがあることを知ってしまったからだ。
 マリクの様子を伺いながら、少しずつ段階を踏んで俺はマリクへの嫌がらせ作戦を継続した。

 そのうち、アーネストはマリクを庇い、慰めるようになり、二人の距離はますます近くなる。俺にとっていい方向に風が吹き始めたのを感じ、俺は心が浮き立った。
 時折アーネストが俺を睨んでいるような気がしたけど、今は全く気にならない。時々嫌味を言ってくるのはちょっとムカつくけど、何故だかその度に心が軽くなる感覚もあった。

 俺の計画は、うまく進んでいる。ちゃんと端々に嫌がらせの犯人は俺だとわかるよう証拠を残しているし、きっと近々アーネストは俺との婚約破棄を言い渡してくるに違いない。
 その時がいつ来るか、俺はワクワクしながら待ち続けていた。

 


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