上 下
19 / 76

18.王太子の死ぬほどいらん報告

しおりを挟む
 翌朝起きた俺は、食堂には行かずに自室で朝食を食べていた。いつもは朝はあんまり食べないんだが、今日はパンを3つ、ハムに玉子、果物まで手を伸ばして口に運ぶ。半ば自棄食いに近い。
 昨夜は何だか雰囲気に酔って、乙女よろしく枕を濡らすような行動を取ってしまったが、我ながらきもかったと反省してる。
 よくよく考えれば、変なことされずに済んだんだから、喜びこそすれ悲しむようなことじゃない。

 それでも、狩った獲物を『やっぱマズそう』みたいに捨てて行ったアーネストには、純粋にバカにされたみたいでムカつく。朝一であのニヤけた顔を拝んだら、マジでぶん殴りたくなりそう。
 それで、こうして自分の部屋でガツガツ朝食を貪ってるってわけだ。

「本日はどうなさいますか?」

 メイドがお茶のおかわりを淹れてくれながら予定を聞いてくるけど、俺はうーんと唸ってしまう。
 予定では久しぶりに遠乗りでも行こうと思っていたけど、どうしようかなぁ。一人じゃ許してもらえなさそうだし、かといってアーネストの野郎を誘ってやりたいとも思えない。

「先日アルテナが仔馬を産んだんですよ。もしお時間があるなら、会いに行くのはいかがですか?」

 アルテナは綺麗な葦毛の馬で、俺のお気に入りだ。とても穏やかな気性で、あんまり乗馬が得意でない俺でも安心して乗ることができるいい子なのだ。
 そのアルテナの仔馬なんて、絶対可愛いに決まってる。俄然ワクワクしてきたぞ!

「早速行ってみる!」

 俺の声が弾んだのを聞いて、メイドはニコニコした。きっと俺が朝からバクバク自棄食いなんかしてるから、気を遣ってくれたんだろうな。優しい。
 今度街に行って、日頃のお礼も兼ねてお土産を買うのもいいかもしれない。
 王都の街を歩くのは初めてだし、この間の誘拐事件にはめちゃくちゃビビらされたけど、護衛をたくさんつけてもらって、絶対に1人にならなければ大丈夫だろう。王都には貴族用の店もいっぱいあるし。

 何だか予定が一気に増えて、俺はルンルンと機嫌良く厩舎へと向かった。
 久しぶりの訪問を馬丁のヨゼフは歓迎してくれる。
 ヨゼフは俺が小さい頃からずっと公爵家に仕えていて、今はだいぶおじいちゃんだ。
 幼い頃、母国で人の悪意に晒されまくった俺は、一時期人間不信になったことがある。
 俺を励ましてくれる使用人たちも、本当は自分を嫌って陰で笑っているんじゃないか。そんな被害妄想に陥った俺は、この厩舎に入り浸っていた。
 馬たちは人間と違って、俺を騙したり悪口を言ったりしないし、大きな優しい目を見つめていると、何だかすごく癒されたんだよな。

 身分あるガキが仕事場に毎日のように居座り続けたら、ヨゼフも仕事が大変だったに違いない。それでも、この馬丁は嫌な顔ひとつ見せず、いつも穏やかに笑っていた。
 口数が多くないヨゼフは、そんなにたくさん話してくれるわけではなかったけど、そういうところを含めて俺はヨゼフが大好きになった。
 年老いても元気な姿を見ることができて、俺は余計に嬉しくなる。

「久しぶり、ヨゼフ。元気そうで安心したよ」

「坊ちゃんもお元気そうで。またお目にかかれて、いい冥土の土産になりました」

 言葉の内容とは裏腹に、ヨゼフの語り口は力強くて、それほど老いを感じなかった。
 ていうか、同じセリフをここ10年ぐらいずーっと聞いてる。もはや口癖なんだろうな。

「またそんなこと言って。そんな元気な老人を相手にするほど、死神も暇じゃないよ」

「わかりませんよ。コイツらの飼い葉を1人でやるのも、年々辛くなって来ました。そろそろその仕事も若造どもに任せにゃなりませんなあ」

 ここの馬、50頭はいるからな。そもそも一人で餌やり出来るのがおかしいんだよ。こりゃまだまだ大丈夫そうだな。

「アルテナが子供を産んだって聞いて来たんだ。アルテナは元気?」

「アルテナも子供も元気でさあ。こっちです」

 ヨゼフについていくと、仔馬がアルテナからお乳を貰っているところだった。仔馬はまだ小さくて、思わず身悶えしてしまうぐらいの可愛さだ。

「うわぁ、かわいい~~~♡」

 俺は柵に寄って、その様子を覗きこむ。アルテナのおっぱいを一生懸命吸ってミルクを飲んでいる姿は、本当に微笑ましい。

「お馬にはしゃぐレニたんも、最高にかわいい♡♡♡」

 いきなりぬっと背後に現れた人影に耳元で囁かれた俺は、全身に鳥肌を立てて絶叫する。

「ギャー―――――――!!!!!!」

 俺の声にびっくりして馬たちが興奮し、嘶き上げる。ああああ、ごめん、ほんとにごめん!!!!
 ヨゼフや厩舎の人たちがきちんと対処して馬たちを落ち着かせてくれたけど、本当に申し訳ない。

「後ろから声を掛けるな!キモいしコエーしキモいんだよ!」

「キモいって2回も言うじゃん……。でも、びっくりさせた俺が悪いもんね、ごめんねレニたん」

 アーネストはそう言いながら、どさくさに紛れて俺の顔に頬ずりしてくる。クソムカつくな、調子こいてんじゃねーぞクソ王子!俺は半眼になりながら心底いやそうな顔になった。

「やめろくださいクソ野郎」

「うわあ、レニたんがいつにも増して辛辣♡♡♡推しの虚無顔いただきました!レニたんの新顔、目に焼き付けちゃおう。脳内保存待ったなしあースマホとカメラ超欲しい」

 殴っていい?もうほんとこいつ、殴っていいですかね!?
 昨夜のことを思い返しても、本当にコイツが何を考えてるのか全くわからん。キ○ガイの思考を理解するなんて土台無理な話なんだろうが、このままじゃ俺の堪忍袋がいつ切れるかわからない。2週間と言わず、今すぐ追い出してやりたいんだが!!!!!

「昨夜のレニたんも、最高に可愛かったな。俺の脳内メモリいっぱいになっちゃった」

 声のトーンを変えて、俺以外の誰にも聞こえないような声でアーネストが囁いた。吐息が耳元にかかって、俺は硬直する。
 いや、ダメだ!負けるな俺!コイツは俺をからかっているだけなんだ。きっとそうだ。
 
「ウソつけ。ほんとに可愛かったらその気にならないわけねーだろ。誰が騙されるか」

 アーネストがキョトンとした顔で俺を見た。俺はますます憎たらしく思って奴を睨んだけど、ハッと我に返る。
 今のって、何だか俺がこいつにその気になってほしかったみたいに聞こえないか?違う、断じて違うぞ!いや、確かに俺も男だから、あの時は煽られて興奮してしまったけど、それは健康な男子の正常な生理現象であって、別にコイツのことが好きとかそういうわけでは断じてない!!!

「レニたん、もしかして昨日のこと怒ってるの?」

「おっ、おおおおおおおお怒ってねーし!」

「でも、俺に置いてかれて寂しかったんだよね?」

 アーネストがニヤけた顔で笑うもんだから、俺は怒りと羞恥で顔を真っ赤にする。こいつほんとに嫌いだ!

「ごめんねレニたん。でも、俺もマジ爆発寸前で、今すぐ離れないとそりゃあもう野獣のようにレニたんのやらしい体にむしゃぶりついちゃうとこだったからさ。俺としてはもうどうなってもいいからやりたいって思ったんだけど、この屋敷の人に俺が無理矢理レニたんを強姦したって思われたら追い出されちゃうからさあ。そりゃあもう、断腸の思いで断念したわけ。あの後部屋戻ってからレニたんのエロ顔でめちゃくちゃハッスルしまくって、なんで追い出されてもいいからやっちゃわなかったんだろって死ぬほど後悔したよね」

 心底悔しそうに拳を握りしめ、アーネストは一人でべらべらと捲し立てた。
 つまりコイツは、俺に食指が動かなかったわけじゃなく、ほんとはめちゃくちゃやりたかったのか。
 それはそうとして、俺をオカズにして抜いたことまで本人に報告するな。普通に引く。
 でも、俺も昨日はアーネストを想像しながらしちゃったから、同罪?いやでも、それを言うのはやっぱないよな。でも、こいつは俺がコイツで抜いたって聞いたらめちゃくちゃ喜びそうだよな。

「だからね、レニたん。もしレニたんがオッケーって思ってたら、今日は窓の鍵を開けておいて?」

「はっ?」

「レニたんが同意してくれた上でのことなら、公爵家の人たちも文句言えないでしょ?」

 アーネストがにっこりと、でもなんかちょっと黒い笑顔で笑う。
 俺は言われた言葉の意味を理解するのに数分かかり、再び厩舎で悲鳴をあげることになったのだった。

 



しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...