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12.おばあさまには逆らえない

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「ようこそ、アーネスト王太子殿下。遠いところからよくぞいらっしゃいました。当主に代わり、歓迎いたします。わたくしはマーガレット・リンドン。レニオールの祖母でございます」

 おばあさまはこれ以上ないほど洗練されたカーテシーを見せ、俺達を歓迎した。
 そこには悪意なんてこれっぽっちも感じられず、心から訪問を喜んでくれているように見えるんだけど、いつものおばあさまを良く知る俺には、『よくもおめおめと顔を出せたモンね。先触れもなしで押しかけるなんて、どういう神経なのだか!よくも私のかわいいレニちゃんを散々虚仮にしてくれたわね』という副音声が聞こえてくる……気がする。

「お初にお目に掛かります、アーネスト・ハイランドです。この度は、先触れもなしに押しかけてしまい、申し訳ありません。かわいい婚約者と離れがたく、つい追って来てしまいました」

 アーネストは売られた喧嘩を買う気はなさそうで、ひとまず安心した。
 基本的に王族は目下の者に頭を下げたり謝罪することはしてはいけないんだけど、他国の元姫でかなりの年上、しかも一応は婚約者の身内ということで、アーネストはおばあさまに礼を尽くした形になる。
 おばあさまは扇子をパッと開いてにっこり笑って、またパチンと扇子を閉じた。あの動きに一体何の意味が。

「さあさ、堅苦しいのはこれまでにして、お茶にしましょう。そちらにお掛けになって」

 すごく和やかにお茶を勧められ、応接室のテーブルにアーネストと並んで腰を落ち着ける。
 テーブルには俺の好きなお菓子ばかりが山のように積まれていて、おばあさまが俺の訪問を心から楽しみにして下さっていたのが伺えた。


「それにしても、夏季休暇とは言え長期間城を留守にして、ご公務は大丈夫なの?」

「ええ、多少短期間に無茶をしましたが、手を付けられるものはあらかた済ませて参りましたので。帰ればまた仕事は山積みでしょうが、レニと旅行できるのだから、どうということはありません」

 二人が世間話をしている間、俺は大好きなマドレーヌに手を伸ばした。モグモグと頬張ると、バターと蜂蜜の香りが口いっぱいに広がる。うーん、しあわせ。
 紅茶で喉を潤して、今度はマカロンに手を伸ばし、齧りつく。

「あらまあ、やっぱり王太子ともなるとご公務もお忙しいのよねえ。10年以上もレニちゃんをデートにも誘えないぐらいですもの」

「ングッ」

 突然鳴らされたおばあさまのゴングに、俺はマカロンを詰まらせそうになった。
 やっぱり、おばあさまは相当お怒りだ!


「あ、あのですね、おばあさま。若気の至りで俺もいろいろ言いましたが、今はもう何とも思ってないので」

 慌ててフォローを入れようとするが、おばあさまの目は完全に据わっていて、ファイティングモードが解除される見込みがない。こうなったおばあさまは誰も止めることができないのだ。
 俺はあわわ、と震えながらなすすべもなく傍観することしかできない。

「いーえ!今日という今日は訊かせてもらうわ。わたくしのかわいいレニちゃんの、一体どこが気に入らないっていうのかしら?聞けばデートどころか、誕生日の贈り物もなければ、過酷な王妃教育でレニちゃんが体調を崩しても、お見舞いの花さえなし。公爵家への訪問も、二人きりでお茶を飲んでお喋りすることも、一度だってないと聞いているわ。6歳で婚約してから、一度も!」

 やめてくれおばあさま、その攻撃は俺にも刺さる!

「そんなにお気に召さないなら、レニちゃんを返してくださいな!かわりに又甥でも又姪でも、あなたのお気に召す子と婚約なさればいいわ。それで釣り合いは取れるでしょう!」

(おばあさまの又甥・又姪ってファンネの王子と姫ですよね!?そんな犬猫みたいに言わないで下さい!いくらファンネの国王陛下がおばあさまに弱いと言っても、流石に不敬では!?)

 ひえええ、と身を固くしたが、よくよく考えるとそれってアリなんじゃないか?
 ファンネの王族なら、アーネストとも家格の釣り合いが取れるし、容姿も教養も俺とは段違いにいい。政治派閥的にもウチとそんなに変わらないから、実質全てが俺の上位互換って感じだ。

「悪くないかも……」

 ポツリと呟くと、アーネストがバッと勢いよく横を向いて、俺の両肩を掴んだ。

「全然よくないよ!俺はレニたん以外と結婚するなんて絶対にイヤだ!婚約は破棄しないって言ったよね!?」

「いやでもさ、ファンネの王族だよ?俺なんかよりめちゃくちゃ条件いいよ?ルーリク王子とかステラ姫なんかは、ちょっと俺っぽい雰囲気もありつつ文句なしの美形だし、好みのタイプかもよ?会うだけ会ってから決めても遅くなっていうかさあ」

「絶対絶対絶対お断り!この話はこれでおしまい!婚約は破棄しない!俺はレニたんと結婚する!」

「えぇー……」

「これ以上言うなら、今すぐレニたんを城に連れて帰って、休みの間中俺の部屋で生活してもらうから」

 アーネストの目がめちゃくちゃマジだったので、俺はぴったりと口を閉じた。
 コイツの部屋に二週間以上監禁されて二人きりで過ごすなんて、恐怖以外の何物でもない。

「マーガレット様……」

 アーネストはゆらりと立ち上がると、おばあさまの前まで進み出る。
 止めようと手を伸ばした瞬間、アーネストはガバッと地面に両手、両膝をつき、そのまま頭を床に擦りつけた。

「ほんっっっっっっとうに、申し訳ありませんでした――――――――!!!!」

 えっ、ちょっとほんとなんなのそれ。何のポーズなの!?
 許しを請う時ってもっとこう、両膝を折って顔の前で指を組んだりするものだろ!?
 なんで手も頭も床につけて這い蹲ってるんだよ!?怖いよ!!!!

「マーガレット様のお怒りはもっともです!私自身、過去の自分は生きる価値もないクズだったと思います。レニたんの健気さも愛らしさも理解できない、阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐような愚かな人間でした!申し開きようもありません!」

 阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐってなんなんだよ。阿呆ってまさかお前じゃないよな?どんだけ鼻毛を伸ばしたら蜻蛉が結べるようになるんだよ。
 あと、言葉遣いはかろうじてまともだけど、ずっとレニたんになってるからな!!!!

「ですがっ!ようやく目が覚めました!レニたんは世界の至宝!天上から迷い落ちた天使!!!!これからは私の人生の全てをレニたんに捧げ、これまでの愚行の償いをさせて頂きます!ですから、どうか、どうか今一度挽回の機会を私にお与えください!」

 アーネストが一気に言い切ると、おばあさまはまたしても扇子を開いて、口元を隠した。
 そして、暫く考え込んだ後、「いいでしょう」と頷く。

「真に目が覚めたと言うのならば、その償いの姿とやらをわたくしに見せて頂きましょう」

「ありがとうございます!」

「とはいえ――――あなたがレニちゃんの生涯の伴侶として相応しいかどうか、それが判断できるのは、私ではありません。レニちゃん自身です」

 さすがおばあさま!いいこと言う!!!!
 俺は心の中でおばあさまに喝采を送った。やっぱりおばあさまは俺の一番の味方です!

「ですから、この屋敷に滞在する間、あなたにはその償いとやらを心ゆくまでやって頂きましょう。そして、この屋敷からハイランドに帰る日に、あなたと婚約を継続するか否か、レニちゃんに決めてもらいます!」

「えっ、ちょ、おばあさま?」

 そういう展開になります!?ていうか、その条件で行くと、俺はこの屋敷に滞在してる間、コイツの償いとやらから逃れられないってことなんでは?
 しかも、最終的に三行半を突き付けてコイツに恨まれるのも俺ですよね!?

「最終日にどうなるか、とくとこの目で拝ませていただくわ!」

 おほほほほほほ、と立ち去っていくおばあさまに、俺は何一つ意見できなかった。
 アーネストは感極まって涙を流し、いつの間にやら俺の横に来て、呆然としている俺の手を取り、これからの抱負をべらべらと垂れ流しているが、俺の耳には何一つ内容が入って来ない。



「レニたん、俺は頑張るからね!!!!!」




  ―――――ほんと、一体どうしてこうなった!!!!!?????






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