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11.王都フロライン

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 何だかんだでアーネストとの旅は順調に進み、俺達の馬車は隣国ファンネの王都フロラインまで辿り着いた。
 母上の祖国でもあるので、俺はフロラインには何度も訪問したことがある。と言っても、街は馬車の中から眺めただけだし、母上の実家のリンドン公爵邸と王城ぐらいしか行ったことがないんだけど。
 それを言うと、「普通は王城と公爵家の方が縁遠いんだけどね」とアーネストが笑った。
 なんだよ、お前だって王族なんだから、似たようなもんだろ。

 ともあれ、王都に来たからにはまずは挨拶だ。無事に着いたら手紙を書いて送ると母上と約束しているから、遅れると心配する。
 我が家の御者は命じられるまでもなく勝手知ったる要領で馬車の通れる大きな道を選び、リンドン公爵邸を目指した。

「ここがノクティス公爵夫人のご実家か」

「すごいお屋敷だよね。俺の屋敷も同じ公爵家だからそれなりに立派だけど、ここまでじゃないし」

 件の好き好き事件で思い切りアーネストを罵倒しまくって以来、俺の猫は半分以上剥げ、口汚いとまでは言わないものの、大分砕けた言葉遣いになっていた。
 どうせアーネストには俺が内心どんな物言いをしてるのか筒抜け同然なんだし、取り繕うのもバカバカしい。
 護衛の人たちには睨まれるかと思ったけど、「婚約者同士仲がよろしくて何よりです」と笑ってくれてホッとした。

「リンドン公爵家は、ファンネの中でも特殊な立ち位置だからねえ」

 アーネストが言う特殊な立ち位置というのは、俺のおばあさまのような元王族の方が、リンドン公爵家の家系図には沢山いらっしゃること―――つまり、王族の血がめちゃくちゃ濃いことが関係している。
 実際流行り病や不幸な事故で王家の男子がいなくなった時などは、リンドン公爵家から王家へ養子に出したりすることもあったらしい。
 そのため、リンドン公爵家は当然の如くファンネ王家と最もつながりの強い貴族であり、第二の王家と呼ばれることもあるほどだった。
 何人もの姫を迎えた歴史を持つ館は増築や改修を重ね、普通の貴族とも一線を隔した風貌と化している、というわけ。


 ノクティス公爵家の紋章が付いた馬車に気付くと、門番たちが恭しく門を開けてくれる。 ここにだけは予め先触れを出しておいたから、歓迎ムードだ。
 それでなくとも、俺は少しでも長い休みが取れると、その間はこの屋敷で過ごすことが多かったから、使用人や門番たちとも距離が近めだ。

「お待ちしておりました、レニオール様」

「出迎えありがとう、シトー」
 
 シトーはリンドン家の執事だ。片眼鏡をかけてて、年配ながらいつもピシっとした隙のない立ち居振る舞いは、まさしくリンドン公爵家の使用人統括に相応しい。
 それでも、小さい頃から可愛がって世話を焼いてもらった俺にとっては、いつも優しくて頼りになるおじいちゃんみたいな存在。

「ごめんねシトー。先触れが間に合わなかったかもしれないんだけど、実は僕の婚約者のアーネスト様が一緒にいらしてるんだ。僕がいる間ご一緒の逗留をお望みなんだけど、部屋の用意を頼めないかな」

「アーネスト・ハイランドだ。急な訪問で世話を掛けるが、宜しく頼みたい」

 めちゃくちゃ今更だけど、ハイランドはうちの国の名前ね。だから、アーネストが名乗った時点でアーネストが王子だっていうのはすぐにわかる。
 まあ、俺の婚約者がハイランドの王太子だっていうのは、リンドン公爵家の人間なら皆知ってるんだけどね。

「畏まりました。すぐにお部屋の準備をさせて頂きます。長旅でお疲れのところ、まことに申し訳ございませんが、まずは当家の主にお目通り頂けますか」

「勿論だ。これから世話になる上、大切な婚約者のお身内。是非ともご挨拶させて頂きたい」

 アーネストはいつものアレはなんなんだってぐらい、ちゃんと王子としての振る舞いができている。
 いきなり他国の王子を連れて来ても動じないシトーも流石。
 それに比べると、長年王妃教育を受けてきたはずの俺は、全然まだまだなんだよなあ。

 反省しつつシトーの後を着いていくと、ふと使用人たちの微妙な視線と空気に気付いた。
 そこまであからさまなものじゃないし、もの凄く気を付けないと気付かない程度のものなんだけど、日頃から遠巻きな悪意に晒されてきた身としては、そういうのを敏感に感じ取ってしまうんだよな。

(でも、なんで?みんな俺のこと昔から可愛がってくれた使用人たちばかりなのに。歓迎されていないんて思わなかった)

 何だかすごくショックだ。ハイランドならいざ知らず、ファンネの人たちはみんな、俺に嫌な態度を取ったり悪口を言ったりしなかったのに……。
 ちょっぴり肩を丸めた俺の頭を撫でて、アーネストは小さな声で呟いた。

「大丈夫、レニじゃないよ」

(俺じゃない……?どういう意味だ?)

 反芻して、俺は理解した。歓迎されてないのは、俺じゃない―――アーネストの方だってことか!
 そう思ったら、思い当たる節がありすぎて、顔面真っ青になった。
 幼い頃から婚約者から冷遇を受けていた俺は、ハイランドで傷付けられた心を癒しにファンネを訪れていた。
 使用人たちは、俺のアーネストや他の貴族たちに対する愚痴を、これでもかというほど聞かされ、お可哀想な坊ちゃまと親身になって慰めてくれていたんだ。
 そんな俺のホームに、突然いじめっこ代表のアーネストがやって来たんだから、心から歓迎されるわけがない。

「あの、違うんだアーネスト様。みんなは悪くなくって、これは俺が」


「俺は怒ってないし、気にしてないからそんな顔しないで、レニ。俺がしてきたことを思えば当たり前のことだ。むしろ、レニが大切にされててうれしいよ」

 アーネストが怒っていないと知って、俺は胸を撫で下ろした。みんな俺に優しくしてくれた人たちばかりだ。俺のせいで罰を受けるなんて、絶対に嫌だ。

「シトーも、皆のことを叱らないでくれ。きっと皆もわかっていると思う。今日だけ。明日も同じことをするようなら、シトーの思うとおりにしてくれていいから」

 お願い、と頼み込むと、シトーは少しだけ厳しい表情を浮かべたけど、結局は「かしこまりました。レニオール様の仰せの通りに」と言ってくれた。
 アーネスト様が隣で「レニたんの心優しさマジ天使。上目遣いおねだり超絶かわゆす、小悪魔?天使?小悪魔?」とかわけのわからないことを早口でブツブツ呟いてたけど、俺は早々に考えるのをやめた。理解しようとするのを諦めたとも言う。

 そんなことより、おばあさまだ。シトーが俺とアーネストの到着を告げ、中から「お通しして」と返事がある。
 今更気づいても遅すぎるかもしれないけど、おばあさまはもしかしたらこの世界で一番俺を愛してくれている方かも、と思うぐらい俺を可愛がってくださっている。
 アーネストの俺に対する扱いに対して、心底憤慨して扇子を叩き折ったのも一度や二度じゃない。


(これ……大丈夫なのかなぁ~~~)


 俺は、内心滝のように汗を掻きながら、応接室へと足を踏み入れた。




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