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神子の秘密
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日記を読んでいるマナトが、耐えかねたように声を上げている。
一体どんな内容なのだろうか。マナトはチラチラとしか読んでいないのにも関わらず白い頬を紅潮させている。
オメガの体質から想像するに、発情期や閨の話、王子と恋仲になった話なども含まれているのかもしれない。
今マナトが手にしている9代目の神子は不思議な魅力の持ち主で、その愛くるしさと慎ましい性格から王太子だけでなく第二王子や複数の公爵令息までも虜にして、熾烈な鞘当てが行われたというのは有名な話だ。
そのロマンチックかつセンセーショナルな恋の話は当時から舞台や戯曲、小説にも書かれ、今でも人気を博している。
そう考えると、今のセイの恋愛騒動などまだ可愛いものなのかもしれない。神子同士というあたりが、盛大なネックではあるが……。
「大丈夫だ、もう故人だし、心優しい人だったというから許してくれるだろ」
「そ……そうかなぁ……これは関係ないと思うけど……」
もしもマナトが死んだ後に誰かに日記を読まれると考えたら、死にたいほど恥ずかしい。きっとどうして死ぬ前に燃やしておかなかったのかと後悔するだろう。
空の上から『やめて、読まないで!!』と絶叫するし、何なら泣きながら悶えまくるだろう。
まして、個人的に読まれるのみならず、それを後世の人に研究資料として翻訳して一語一句読まれたりなどしたら………。
(そりゃ、誰も内容を教えてくれないわけだ……)
マナトも、こんな状況でなければ何が書かれているかなど絶対に教えないだろう。
敬うべき先人に恥辱を与えるなど、天罰が下る。この世界での天罰は本当に洒落にならない。
そんなことを考えながら視線を巡らせていたマナトの目が、パッと一点で止まった。
それは、第一王子と結ばれた日のことを記された部分だ。
(えっ……これ………本当に………????)
マナトは息を呑み、次のページを繰った。続く文章に釘付けになり、息をすることも忘れて食い入るように見つめてしまう。
§§§§§§§§§§§§§§§§
その日僕はエドワードと結ばれた。
エドワードはアルファではないけれど、抑制剤なしで発情期を過ごすことは本当に苦しくて、一人では耐えられない。
前回の発情期は本当に死んでしまうかと思うぐらいに辛く、近づいてくる発情期に怯えている僕に、エドワードはずっと傍に居てくれると約束してくれた。
この世界には僕以外のアルファもオメガもいない。僕のオメガとしての本能がどんなに匂いを放って伴侶を求めても、認知してくれる人はいない。
それでも、縋れる腕があるだけで恐ろしさは大分薄れる。まして、愛する人ならもっとだ。
エドワードは本当に優しくて、異世界で一人戸惑うばかりの僕を何度も助けてくれた。ハーヴィもヴィンセントも優しいけど、一番ありのままの僕を受け入れてくれたのはエドワードだ。
彼と遂に一夜を共にするのだと思うと、発情期も怖くない。むしろ自然と体の奥が疼いて……
<中略>
アルファではないエドワードに何度貫かれても、僕の乾きはちっとも治まることがない。
それでも、僕はエドワードと番になりたいと願った。
たとえ僕の香りがエドワードにわからなくても、子供を授かることができなくても、僕が選んだ人はエドワードだけだから。
僕はエドワードに項を噛んで欲しいと頼んだ。
肌に血が出るほど噛みつくなんて文化のないエドワードは忌避したけれど、必死で頼んだらエドワードが受け入れてくれた。発情期で苦しむ僕を、少しでも楽にさせてくれようとしたのだと思う。
その時、驚くべきことが起こった。
エドワードが僕の項歯を立てた瞬間、エドワードの体から大量のフェロモンが溢れ出し、今まで存在しなかったはずのそこに、アルファ特有のノットができた時は本当に驚いた。
僕はエドワードの香りの虜になり、エドワードもまた、僕の香りに酔いしれて夢中になった。
後で聞いたけれど、エドワードも僕の項を噛んだ瞬間、僕から溢れ出す菫のような花の香を感じられるようになったらしい。
僕たちは互いに求め合い、3日間の殆どをベッドで過ごした。
前回の孤独な発情期とは比べ物にならないほど早く僕の体調は落ち着き、幸せな時間を過ごすことができたことは本当に良かったと思う。
どういう理屈かはわからないけれど、きっとエドワードは僕を噛んだことでアルファになったのだ。
それは、オメガである僕が一番良くわかる。僕とエドワードは番になった。きっと僕もエドワードの子を授かることが出来るんじゃないだろうか。
そして、気になることがもうひとつ。
僕と番って以来、皆に分け隔てなく優しかったエドワードが少し変わった。
番を守ろうというアルファの本能からだろうか。独占欲が目に見えて強くなり、他の男達を僕に近付けたがらなくなった。
体つきもどことなく逞しくなり、顔つきも柔和さが抜けて精悍になった気がする。
これがバース性の恩恵でもあり、弊害なのかもしれない。
僕は少し怖くなったけど、それでも番を得られた喜びには代えられなかった。
エドワードの人生を狂わせてしまったのかもしれない責任は感じている。僕はその分エドワードを支えて、神子として妻として彼を支えていなければ。
§§§§§§§§§§§§§§§§
(神子を噛むと、アルファになる………???)
あまりの衝撃に、マナトは身動きひとつできなかった。
セイが断片的な状況証拠だけで推察していた事実を、マナトは今になって知ることになった。
これが、神子たちがけして日記の中身を話さなかった本当の理由。
こんなことが知られたら、神子は発情期に無理矢理項を噛まれてしまうだろう。望まない番契約を押し付けられるなど、オメガにとって恐怖でしかない。
ただでさえ、神子と結ばれると不思議な力を得て優秀になるという曖昧な情報で神子の心を射止めようとする者は多いと聞く。こんな事実を知ったら、一体どんな目に遭わされるか。
「どうした?マナト。何かわかったんだろう?」
明らかに顔色を悪くしているマナトに、マクシミリアンが問いかける。
マナトはハッと我に返ったが、やがてゆっくりと首を横に振った。
「こめんなさい、マクシミリアン様――――これは、教えられないです」
これは神子だけの秘密だ。誰にも明かしてはいけない、トップシークレット。
自分とセイ、そして次代の神子たちを守るためには絶対に知られてはいけない情報。
マナトは混乱したままペコリと頭を下げ、足早に厨房を後にした。
メイドや護衛たちがマクシミリアンに軽く辞去の礼をして慌ててマナトを追いかけていく。
突然変わったマナトの態度に、マクシミリアンはただ戸惑うばかりだった。
一体どんな内容なのだろうか。マナトはチラチラとしか読んでいないのにも関わらず白い頬を紅潮させている。
オメガの体質から想像するに、発情期や閨の話、王子と恋仲になった話なども含まれているのかもしれない。
今マナトが手にしている9代目の神子は不思議な魅力の持ち主で、その愛くるしさと慎ましい性格から王太子だけでなく第二王子や複数の公爵令息までも虜にして、熾烈な鞘当てが行われたというのは有名な話だ。
そのロマンチックかつセンセーショナルな恋の話は当時から舞台や戯曲、小説にも書かれ、今でも人気を博している。
そう考えると、今のセイの恋愛騒動などまだ可愛いものなのかもしれない。神子同士というあたりが、盛大なネックではあるが……。
「大丈夫だ、もう故人だし、心優しい人だったというから許してくれるだろ」
「そ……そうかなぁ……これは関係ないと思うけど……」
もしもマナトが死んだ後に誰かに日記を読まれると考えたら、死にたいほど恥ずかしい。きっとどうして死ぬ前に燃やしておかなかったのかと後悔するだろう。
空の上から『やめて、読まないで!!』と絶叫するし、何なら泣きながら悶えまくるだろう。
まして、個人的に読まれるのみならず、それを後世の人に研究資料として翻訳して一語一句読まれたりなどしたら………。
(そりゃ、誰も内容を教えてくれないわけだ……)
マナトも、こんな状況でなければ何が書かれているかなど絶対に教えないだろう。
敬うべき先人に恥辱を与えるなど、天罰が下る。この世界での天罰は本当に洒落にならない。
そんなことを考えながら視線を巡らせていたマナトの目が、パッと一点で止まった。
それは、第一王子と結ばれた日のことを記された部分だ。
(えっ……これ………本当に………????)
マナトは息を呑み、次のページを繰った。続く文章に釘付けになり、息をすることも忘れて食い入るように見つめてしまう。
§§§§§§§§§§§§§§§§
その日僕はエドワードと結ばれた。
エドワードはアルファではないけれど、抑制剤なしで発情期を過ごすことは本当に苦しくて、一人では耐えられない。
前回の発情期は本当に死んでしまうかと思うぐらいに辛く、近づいてくる発情期に怯えている僕に、エドワードはずっと傍に居てくれると約束してくれた。
この世界には僕以外のアルファもオメガもいない。僕のオメガとしての本能がどんなに匂いを放って伴侶を求めても、認知してくれる人はいない。
それでも、縋れる腕があるだけで恐ろしさは大分薄れる。まして、愛する人ならもっとだ。
エドワードは本当に優しくて、異世界で一人戸惑うばかりの僕を何度も助けてくれた。ハーヴィもヴィンセントも優しいけど、一番ありのままの僕を受け入れてくれたのはエドワードだ。
彼と遂に一夜を共にするのだと思うと、発情期も怖くない。むしろ自然と体の奥が疼いて……
<中略>
アルファではないエドワードに何度貫かれても、僕の乾きはちっとも治まることがない。
それでも、僕はエドワードと番になりたいと願った。
たとえ僕の香りがエドワードにわからなくても、子供を授かることができなくても、僕が選んだ人はエドワードだけだから。
僕はエドワードに項を噛んで欲しいと頼んだ。
肌に血が出るほど噛みつくなんて文化のないエドワードは忌避したけれど、必死で頼んだらエドワードが受け入れてくれた。発情期で苦しむ僕を、少しでも楽にさせてくれようとしたのだと思う。
その時、驚くべきことが起こった。
エドワードが僕の項歯を立てた瞬間、エドワードの体から大量のフェロモンが溢れ出し、今まで存在しなかったはずのそこに、アルファ特有のノットができた時は本当に驚いた。
僕はエドワードの香りの虜になり、エドワードもまた、僕の香りに酔いしれて夢中になった。
後で聞いたけれど、エドワードも僕の項を噛んだ瞬間、僕から溢れ出す菫のような花の香を感じられるようになったらしい。
僕たちは互いに求め合い、3日間の殆どをベッドで過ごした。
前回の孤独な発情期とは比べ物にならないほど早く僕の体調は落ち着き、幸せな時間を過ごすことができたことは本当に良かったと思う。
どういう理屈かはわからないけれど、きっとエドワードは僕を噛んだことでアルファになったのだ。
それは、オメガである僕が一番良くわかる。僕とエドワードは番になった。きっと僕もエドワードの子を授かることが出来るんじゃないだろうか。
そして、気になることがもうひとつ。
僕と番って以来、皆に分け隔てなく優しかったエドワードが少し変わった。
番を守ろうというアルファの本能からだろうか。独占欲が目に見えて強くなり、他の男達を僕に近付けたがらなくなった。
体つきもどことなく逞しくなり、顔つきも柔和さが抜けて精悍になった気がする。
これがバース性の恩恵でもあり、弊害なのかもしれない。
僕は少し怖くなったけど、それでも番を得られた喜びには代えられなかった。
エドワードの人生を狂わせてしまったのかもしれない責任は感じている。僕はその分エドワードを支えて、神子として妻として彼を支えていなければ。
§§§§§§§§§§§§§§§§
(神子を噛むと、アルファになる………???)
あまりの衝撃に、マナトは身動きひとつできなかった。
セイが断片的な状況証拠だけで推察していた事実を、マナトは今になって知ることになった。
これが、神子たちがけして日記の中身を話さなかった本当の理由。
こんなことが知られたら、神子は発情期に無理矢理項を噛まれてしまうだろう。望まない番契約を押し付けられるなど、オメガにとって恐怖でしかない。
ただでさえ、神子と結ばれると不思議な力を得て優秀になるという曖昧な情報で神子の心を射止めようとする者は多いと聞く。こんな事実を知ったら、一体どんな目に遭わされるか。
「どうした?マナト。何かわかったんだろう?」
明らかに顔色を悪くしているマナトに、マクシミリアンが問いかける。
マナトはハッと我に返ったが、やがてゆっくりと首を横に振った。
「こめんなさい、マクシミリアン様――――これは、教えられないです」
これは神子だけの秘密だ。誰にも明かしてはいけない、トップシークレット。
自分とセイ、そして次代の神子たちを守るためには絶対に知られてはいけない情報。
マナトは混乱したままペコリと頭を下げ、足早に厨房を後にした。
メイドや護衛たちがマクシミリアンに軽く辞去の礼をして慌ててマナトを追いかけていく。
突然変わったマナトの態度に、マクシミリアンはただ戸惑うばかりだった。
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