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訣別

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 不安になっているリリアンの気持ちとは裏腹に、セイの元にはすぐに案内の者がやって来た。
 元々神子が書庫を利用するのに許可など必要ない。
 問題は仕事を抱えたマクシミリアンがセイとの面会の時間を都合できるかどうかだが、先程の差し入れの件もあり、すぐに面会が許される。

 セイは数時間前に歩いたばかりの道を迷いなく辿った。
 マクシミリアンは仕事の手を止めずにセイの相手をするつもりだったようで、何やら書類にペンを走らせたままでいる。

「ねえ、マクシミリアン様」
「おー、なんだ」
「僕、パートナーの件、辞退する。ドレスは返すよ」

 突然のセイの申し出に、マクシミリアンはチラと視線をくれた。
 
「それはまた唐突だな。なんでだ?ドレスが嫌だからか?」
「……それもあるけど…………僕、もうマクシミリアン様とあんまり馴れ合わないほうがいいと思って」
「どういう意味だ?」

 そこまで聞いて、ようやっとマクシミリアンは手を止める。
 この短い時間の内に、セイに何かが起こったのだということをようやく悟った。

「僕、弱くなったよ。この世界に来た時よりずっとぬるくなったし、アルファのくせに誰かに頼ろうとか甘ったれてた。子供だとか後ろ盾とか関係ない。僕に必要なのは覚悟だ。いざとなったら無理矢理にでも番を自分のものにする、それでも絶対に幸せにするっていう覚悟。それができなかったら番と心中するっていうぐらいの覚悟がなきゃだめだったんだ。今の僕は、完全に日和って牙を抜かれてる。そんなのはアルファじゃない!」

 セイの言葉のあまりの苛烈さに、リリアンは息を呑んだ。
 それが本音だとしたら、アルファとはなんと傲慢で恐ろしい生き物なのか。
 まるで生きる限り支配者たれと命じる獰猛な獣をその身に飼っているかのようだ。
 
「……なんでそういう結論になった?お前、自分が何言ってんのかわかってんのか」

 マクシミリアンは本気で怒ってセイを睨んだ。
 どうしてセイがそんな結論に至ったのかは知らないが、セイの今話した言葉の内容はマクシミリアンからすれば胸糞悪いとしか言いようがない。
 他人を自分の人生に巻き込むことの責任。その重さを一切無視していざとなれば自分の命ひとつで贖えると思っている傲慢さには吐き気がする。
 相手の人権を完全に無視した理屈はとても正気とは思われない。

「アルファだか何だか知らねぇが、そんなクソな考えを捨てらんねぇ奴が誰かと生きようなんて図々しいにも程があるぜ。お前が今言ったことは、ガキが玩具欲しがんのとどう違う?人間を自分の思いどおりにしようなんざ、ガキより質が悪い」
「…………バースがわかんない人間にわかってもらおうとは思わないよ。あんたの言うことを否定するつもりもない。アルファもオメガも、一種の獣だ。理性より本能を優先するけだものだよ。あんたのいう通り、多分僕は最低なんだと思う。でも、それが僕なんだ。それ含めて全部が僕なんだ」

 倫理観を超えた理屈を、セイは苦しげに吐き出す。マクシミリアンの言う通り、アルファは傲慢だ。それを否定して、綺麗に生きようとすることにそもそも無理があったのだ。
 そのことを、セイは生まれながらにわかっていた。けれど、わからなくなった。それは、この男のせいだとセイは思う。
 この男といると、自分は自分らしくいられない。だから、決別しなくてはいけないのだ。

「最悪の奴って思っていいよ、ほんとのことだから。だから、もう僕に構わないで。あんたといると、僕はダメになる。もううんざりなんだ」
「どういう意味だ?」
「一から十まで丁寧に説明する気はないよ。さっきから何度も言ってるけど、あんたの許可も理解も要らない、これは決定事項だから。もし言うとおりにしてくれないなら、結界を壊す。僕とマナトの周りだけ結界張るなんて簡単なんだからね」

 追いかけてくるなと威圧して、セイはマクシミリアンに背を向けた。
 セイの脅しは実に効果的なものだ。国を人質にされれば、マクシミリアンは何もできない。
 そこまで冷酷な人間だとは思いたくないが、今セイは進んで露悪的に振る舞おうとしているのだ。
 本気であることを見せつけるために本当に行動に移す可能性はゼロではない。 

 
 セイの言っている理屈は理解不能そのもので、到底納得できるものではない。
 しかし、セイはマクシミリアンから理解や共感を得られるとは欠片も思っていなかった。むしろ、自分自身でもその理屈に正当性がないことを理解していたように思う。
 それでもセイは選択しなければならなかった。だからセイは選んだのだ。その結果、マクシミリアンを切り捨てた。アルファとしてより強く生きるために。
 
 全く、本当に何が何だかさっぱりわからないが、セイにはセイなりの葛藤があるのだろうということだけは伝わってきた。
 しかし、その葛藤がどこから来るものなのかは、今のマクシミリアンにはわかりようがない。圧倒的に判断材料となる情報量が不足している。
 もしもマクシミリアンがセイのことを理解したいと思うのであれば、もっと深く異世界について調べねばならない。


「……おい、アルヴィン」
「はい」
「今まで神子を娶った歴代の王の手記と関連の資料を集めさせろ。それと、アイツにバレないようにマナトと話せるよう手配してくれ」

 アルヴィンは黙って一礼すると、すぐさま行動に移った。
 マクシミリアンは、ますます書類に走らせるペンを早める。
 この案件は、いざとなったらライオネルの手を借りる必要があると、マクシミリアンは思った。あの様子では、セイがいつ計画を再始動させてもおかしくない。たとえライオネルが現在今抱えている仕事の一部をどこかに投げさせてでもだ。
 まさかこんな形であのクソオヤジに一泡吹かせることになろうとは。
 あんなサボり体質の王ではあるが、神子という存在に対する執着は本物である。他のことならいざ知らず、神子が二人とも王家から離れるかもしれない局面では死ぬ気で頑張らざるを得ないに違いない。
 むしろ、どんな手を使っても2人を放すな、ただし傷をつけるようなことがあったら殺すという命令が飛んでくるかもしれない。
 想像するだけで面倒さ加減が満載だが、背に腹は換えられない。



(全く……こんな短時間で、一体なにがどうしてこうなった?)



 本当についさっきまで2人で楽しく差し入れを食べていたはずなのに、どうしていきなり絶縁を言い渡されることになったのか。
 マクシミリアンは一方的に言いたいことだけ言って消えたセイを思い、ため息を吐いた。
 本当に読めない、びっくり箱のような子供だ。けれど、放り出す気にはなれない。
 そう思っている自分が一番不思議だった。

 面倒を避けるなら、セイの望み通りにしてやればいい。なるべく関わらず、放っておけばいいだけなのだから、その方がずっと楽だ。
 強く生きたいと話したセイの顔が脳裏にチラつく。
 その顔は酷く苦しそうで、焦燥と葛藤に満ちていた。
 思い通りに生きたいと願うセイが、マクシミリアンは嫌いではない。けれど、本人すら苦しむ道を歩いて、一体誰が報われるというのだろう。


「面倒事はごめんなんだがなぁ」


 マクシミリアンの漏らしたつぶやきは誰に聞かれることもなく、そのまま薄暗い書庫の闇に消えていった。




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