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仕切り直して

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「僕、大聖堂怖いからやだな」

 セイの相談した大聖堂移住計画は、マナトの一言であっけなく打ち砕かれた。
 昔のトラウマがそうさせるのだろうとセイは大聖堂のいいところや王宮を出ることの利点などをプレゼンしたが、マナトの返答は『だって、儀式の時に会った枢機卿とか司教さん達、みんなあんまりいい人じゃなさそうだったんだもん。セイをやらしい目で見てるもいるし、セイに何かあったら大変でしょ』という実に的確なものだった。
 なかなかどうして、ふんわりしているようでマナトはちゃんと人を見ている。長年虐げられてきただけあって、他人の向ける悪意センサーの感度は抜群だ。

「あんな男の人ばっかりの中にメイドさんなんて連れていけないよ。どんなセクハラされるかわからないでしょ。それに、王宮を出て行って迷惑をかけるつもりなのに王宮でお世話になっている人に頼ろうなんて、ちょっと筋が通らないと思う」
「……仰る通りで………」

 マナトは至極真っ当で大人な意見を述べた。マナトはセイの画策を幼さゆえの暴走と解釈して『自分のために色々考えてくれてありがとう。でも、人に迷惑かけちゃダメだからね』とお兄さんぶって控えめなお説教をする。
 セイの子供らしいところが見られて嬉しかったのか、マナトは叱っているとは思えないほどにこにこしていて、可愛くてたまらないという様子でその日一日セイを構い倒していた。

 しかも、翌日の朝食の時にライオネルにあっさりとセイの可愛いイタズラと言わんばかりに全てをゲロってくれ、下手をすれば国家転覆か王権弱体化を招く計画を『ウチの子猫が僕のためにしたヤンチャだから許してあげてくださいね!』という気軽さでライオネルに無罪放免を迫り始めた。
 本来なら国家反逆罪で、神子と言えどどこかに幽閉を検討するほどの事件である。
 しかしピュアというものは何よりも強いらしく、ライオネルは頬を引き攣らせながら『そうか』と納得するよりなかった。
 セイという神子を幽閉した上、マナトにまで『意地悪!』とそっぽを向かれてしまったら、神子を苛めるなとばかりに王から圧力がかかるに決まっている。
 敵になっても味方になっても果てしなく面倒な男、それが父なのだ。

「ゴメンね?ライオネル様。まぁ、逆にコレを証拠に大聖堂を掃除してもいいと思うしさぁ」
「ふざけるな、仕事を増やして殺す気か。物事には時期と順番があるんだ」

 ライオネルは食べたくもない山盛りのサラダを苛立ち紛れに口に運んだ。
 きちんと野菜を食べましょうというマナトの作った鉄の掟のためである。マナト自身はそんなつもりはないだろうが、『もし病気になったらお米を覚えさせた僕の責任です』と涙目で言われたらライオネルはけして逆らえない。
 
「許してやれよ。元はと言えばあのクソオヤジが追い詰めたみたいなとこあるだろ。つーかマジでいざとなったら教会から圧迫掛けて退場させたほうがよくねぇか?」
「む………なるほど。それは悪くない」
「でしょー?やっちゃえライオネル様!」

 話についていけずに首をかしげているマナトに、マクシミリアンはフォークを振りながら解説してやった。
 
「つまりだ、あのクソオヤジが王であり続ける限り、俺たちは振り回され続ける。これをどうにかするにはオヤジをとっとと王座から引きずり下ろして隠居でもさせてやるしかねぇ。これはわかるな?」
「め、めちゃくちゃ物騒ですけど、話の内容としてはわかります」
「それでだ、アイツをお払い箱にするには、外部からの圧力が必須になる。腐っても王だからな、そう簡単には動かねぇ。まあ、お前が『早く王妃になりたいんで隠居して下さい、お義父様』って言ったら喜んで譲ってくれそうだが」
「あり得ない話するの禁止!」

 マクシミリアンのトンデモ発言に、セイが抗議の声を上げた。
 あのクソジジイをマナトがお義父様と呼ぶなど虫唾が走る。おまけに、それではマナトとライオネルの結婚は確定ではないか。ふざけるのもいい加減にして欲しい。

「だからやれって言ってねえだろうが……。まあ、だから他からの外部圧力が必要になるんだが、王家に対抗できるほどの勢力は、今のところ存在しない。だが、この国は神子の国だから、もし今よりも教会が力を付けてきたらワンチャンある」
「ワ、ワンチャンですか」
「僕の立てた計画を、そのまんま流用するんだよ。きちんと教会上層部の膿を出して、空いたポジションにマクシミリアン様あたりが収まってマナトと僕連れて移住すれば、一気にパワーバランスが変わるからね。そうなればライオネル様が王様なら協力するって条件で何かしら取引をしてもいいし、そうなる前に引退しろって迫ることもできる」

 朝食の場でなんていう物騒なことを考えているのかと、マナトは青くなった。
 元はと言えば最初にデカい爆弾をさらっと投下したマナト本人のせいなのだが、そんなことはマナトは気づく由もない。
 あの王様のやりようは確かに酷いと思うし、マナトとしても納得の行かない部分はあるが、王様をやめさせるなどどという過激な方法を選ばなくてもいいんではないだろうかと思う。
 マナトとライオネルの婚約はけして正式なものではないから、ある程度のらりくらりかわすことができるようだし、今皆が話していた通り汚職をしている教会の上層部を綺麗にできれば、ゆくゆくは住まいを移すということも視野に入れることが可能になる。
 そうなれば先日のお披露目での出来事は『ちょっと勘違いがあったみたいだけど、ライオネル様は神子に祝福されて王太子になれたし、マクシミリアン様も納得してるから良かったね!』というだけの話だ。なにもそこまでしてクーデターまがいのことをする必要はないと思うのだが。


「マナト、ちょっと王様が可哀想とか思ってるんでしょ」
「そりゃそうだよ。一応王様だって国のこととか色々考えて神子が欲しかったんだろうし、悪い人じゃない気がするもん」

 マナトの言葉に一番反応したのは、まさかのライオネルだった。サラダを口に運んでいたフォークをあっさりとへし折り、渾身の力で拳を握りしめる。

「あれが悪い人じゃないわけがあるか……!!!マナトは優しすぎる!あのクソ〇〇〇ピ―――は悪魔だ!緑色の血をした化け物だ!相も変わらず無駄な仕事を増やしやがって本気でぶっk」
「おい落ち着けライオネル。気持ちはわかるが流石にヤバい」

 いつもマナトの前では温厚なところしか見せないライオネルがあそこまで怒りに打ち震えるとは、一体どういう父親なのだろうか。
 積年の恨みがあるとばかりに垂れ流される怨嗟の言葉に、今までの仕打ちと忍耐が偲ばれる。
 こんなに我慢して努力を重ねてきたライオネルをあっさり王位継承者から外そうとした王様の罪はやっぱり重いのかもしれない。。とマナトは汗を掻いたのだった。



 
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