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神子様はご機嫌斜め

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 セイはぶすくれていた。
 自分の子分同然だったマクシミリアンが自分に黙ってこっそり見合いなど、生意気である。
 口も悪くて腰抜けではあるが、見た目はかなり上物の部類に入るし、意外に気遣いもできるマクシミリアンは、結婚相手としては悪くないはずだ。
 どうせ大して好きな相手じゃなくても、国の安定とか釣り合いとかを考えて適当に相手を考えて決めるに違いない。
 マナトほど自虐的ではないにしろ、デフォルト自己犠牲人間のマクシミリアンの考えることなど手にとるようにわかる。
 もしかしたら今日にでも、コンビニの面接に行った高校生が母親に『バイト決めてきた』と言うのと同じぐらいの温度で『婚約してきたわ』と報告してくるかもしれない。


(あーもう!考えるだけでムカついてしょうがない!!!!!!!!)


 セイは鍛錬用の片手剣を振り回しながら中庭のはずれでストレスを発散していた。
 こういう時はとにかく体を動かすに限る。

 汗を流して鍛錬に励んでいるセイに、数人の男達が近づいてきた。
 見るからに貴族らしい服装をしているが、あまり高潔な精神は持ち合わせていないことが窺える。人の顔にはその人間の品性が現れるものなのだと、ここ数日の密会の顔ぶれで実証されている。

 あくまでセイが無視していると、ニヤニヤしながらこちらへ更に寄ってきた。
 今は大変機嫌が悪いので事と次第によっては痛い目に遭わせてやってもいいが、お披露目も終わったばかりでマナトに迷惑を掛けたくはない。
 適当にあしらってやるかとセイは心の中で舌打ちした。

「僕に何の用?」

 敢えて敬語を使わずに話しかけると、男達はニヤついた笑いを強める。
 
「こんな中庭で鍛錬とは熱心だね。1人じゃ張り合いもないだろう、相手をしようか?」
「結構です。主に知らない人と気軽に交流しないように言われてるんで」

 どうやら少年はどこぞの主に仕える従者であるらしいとわかり、男は上機嫌になった。
 従者として使われる身分の者ならば、たとえ貴族でも下位だろう。
 ならば、多少遊んでやったところで何の問題もない。この見目麗しさなら主と交渉して引き取ってやってもいいぐらいだ。

「君はどなたにお仕えしている従者なのかな?」
「軽々しく口に出せないほど高貴なお方だよ。馴れ馴れしく近づかないでくれる?」
「貴様ッ、従者風情が生意気な口を!!!」

 後ろに追従していた腰巾着がセイの態度に憤慨して吠える。
 掴みかかってきた男の足を払って地面に転がし、首すれすれのところに剣を突き立ててやると、さっきの威勢はどこへやら、震え上がって大人しくなった。

 我慢ならなかったのは、腰巾着の仲間である。
 格下の子供に反抗されたことに憤慨し、腰の剣を抜いて斬りかかってきた。

「おい、あまり怪我させるなよ!特に顔は傷をつけるな」
 
 自分は高みの見物を決めるつもりらしい貴族の男に従い、取り巻き達はセイの顔以外の部分を積極的に狙ってくる。
 勿論セイはそんなことはお構いなしに、剣を振り相手の顔や体を容赦なく蹴り上げた。
 剣術は付け焼き刃だが、護身術程度の体術は幼少から誘拐対策に叩き込まれている。
 柔よく剛を制すとはよく言ったもので、正面からくる攻撃をいなし、相手の力を利用する柔道技とアメリカ軍人上がりのSP伝来の関節技に繋げて、あっという間に2人を地面に転がした。
 この2人は見るからに剣を振り回すだけのザコという感じだったので、なんということもない。

 問題は本当に護衛としてついているのだろう二人組である。
 バカ3人のように直情的に飛びかかってきたりしないし、セイの実力を見極めて攻めのタイミングを見計らっている。
 面倒ではあるが、どこか今の状況を楽しんでいる自分をセイは感じていた。
 大体、最近自分らしくもなく我慢を強いられてばかりだ。マナトのためと思って我慢しているが、本来良心などという枠に押し込められて屈辱に耐えるなどアルファの気質ではない。
 アルファの本質はどこまで行っても支配者だ。番は何よりも大事だが、その本能は消すことができない。

「最近イライラしてたんだ……発散させてもらうよ!」

 セイが地面に刺した剣を引き抜いて一気に間合いを詰めると、1人が前に出て正面から斬撃を受け止めにかかった。
 その隙に片方が側面へ回り込もうとするのを、セイは後ろに飛んで距離を取って躱す。
 一対一の稽古はそれなりでも、複数を相手取る斬り合いの経験はまだ浅い。特に実践は何でもありなだけあって、注意が必要だ。
 セイが引いたのを逃すまいと、今まで斬撃を受け止めていた男が更に剣を突き出して踏み込む。
 相手もセイの実力を逃すまいとなかなかのものと見てか、ギリギリの所を攻めてきていた。
 突きを躱したセイの小さな隙も見逃さず、すかさず側面に回った男が剣を繰り出す。その剣先を一振りで跳ね上げて、腹に一発蹴りをお見舞いしてやると、男の体は軽く吹っ飛んだ。

「おー、すごいじゃないか、なかなかやるね」

 瞬間、背後から聞こえた声にセイは振り向いた。
 傍観を決め込んでいたはずの男が、いつのまにか気配を消して肉薄して来ていたことにようやっと気づく。
 更に、セイが背後に気を取られたのを好機とばかりに、残った片方が剣の柄でセイの手首を狙う。
 骨まで背響く衝撃に、セイは手にしていた剣を取り落とした。

「よし、確保!ちょっと痛くしちゃったけど、ここからは楽しく遊ぼう」

 貴族の男は慣れた手付きでセイの口を塞ぐと、腰のベルトを引き掴みながら足払いを仕掛けて地面に引き倒した。
 かなり手慣れた動きに、今まで何度も同じようなことをしていることが窺える。
 セイにやられて転がっていた男たちも、時間差はあれど順番に立ち上がり始めていた。

「いってえ、久々ですよこんな目に遭わされるの」
「すげぇ足癖の悪いガキだな」
「子供にそんな目に遭わされるお前がだらしないんだ」

 ザコたちは口々に言いたいことを言って、次なる自分の仕事へととりかかろうとする。
 いくら人通りが少ない場所と言えど、こんな場所で事に及んでは誰に見咎められるかわからない。
 例え目撃されたところで握りつぶすことは容易いが、どうせならゆっくりと楽しめた方がいい。

 男たちがセイの腕を拘束して適当な部屋に連れ込もうと画策している間も、セイはこの男たちの拘束を振り切ってぶちのめす術を考えていた。

(今は分が悪い。拘束しようと後ろに回ってきたら頭突きかまして、ベルト掴まれてるの緩んだら蹴り入れて……いや、靴に手が届いたら仕込んでる針使って逆にコイツを人質にとって蹴散らした方がいいか?)

 人質案の方が手っ取り早そうと感じたセイは、相手の隙を促すべく力を抜き、抵抗をやめてみせた。
 調子に乗って油断をした時がコイツの最後だ。殺すつもりはないが、相応の痛い目は見てもらうとしよう。
 
(腕の1本や2本ぐらいなら正当防衛で許されるよね。今や強姦未遂だし、マナトに知らせたくないはずだからライオネルも揉み潰してくれるでしょ)

 セイがそんなことを考えているとも知らず、男がセイのベルトを掴む手を緩めたその時だった。


「おい、何してる」


 唐突にかかった声の主が誰だかわかって、セイは仕込針を引き出そうと靴に伸ばした手を引っ込める。
 まさかこのタイミングで現れるとは、間がいいのか悪いのか。

(いや、悪いな。どっちかっていうと最悪?来るならもっと早く来ればいいし、今から逆襲する予定だったんだから引き摺られ損じゃない?)

 心の中で悪態をついているセイと違い、強姦魔どもは突然現れた邪魔者にたじろいでいるようだった。
 それもそのはずである。彼らは確かに高位の貴族ではあるが、その理屈が通用するのはあくまでも貴族という階級までに収まる者達だけだ。
 貴族という次元の更に上に位置する『王族』にはけして逆らえない。

「マ……マクシミリアン様……!」

 それでも真っ青になっているザコどもとは違い、さすがは貴族の端くれ。男はどうにか場を収めようと事実の隠蔽を図る。セイをマクシミリアンの前に突き出し、事実無根の言い訳を始めた。

「この男が私達に無礼を働きましてね。誰に断って王宮で剣を抜いているのかと注意したら、逆上して斬りかかってきたのですよ。護衛たちも私を守らんと奮闘しましたが、大分やられてしまいました。今ちょうどそれを取り押さえたところで」
「なるほどな。お前、暴れるのも程々にしておけよ」

 あっさりと男の言い分を信じてセイに呆れた目を向けるマクシミリアンに、セイは目を丸くした。
 どう考えてもそんな訳がないに決まっているし、セイならやりかねないとばかりに決めつけてくるのも信じられない。
 怒りの余りブチ切れそうになったセイを、マクシミリアンはの両手で腰をつかんで立ち上がらせ、服についていた土と草をはたき落とした。

「さ、帰るぞ」
「はぁ!!!!!!????何勝手に終わらそうとしてんの!?コイツらの言うこと信じるとかわけわかんないんだけど!!!!どう考えても悪いのは僕じゃなくてコイツらだろうが!ふざけんなクソ王子!」
「あーはいはい」

 マクシミリアンは面倒だとばかりにセイを米俵のごとく抱え上げ連行していく。
 セイは怒りが頂点に達して本気で関節でも決めて蹴り飛ばそうと思ったが、『マナトに言うぞ』の一言で撃沈した。
 脳内に『セイ、喧嘩したってほんと……?』『襲われたって、大丈夫なの!?』と自分に問い質すマナトの姿が浮かぶ。それだけは勘弁して欲しい。

「~~~ッ、わかったよ!!!いいから下ろせ!クソ王子ッ!」

 セイが観念して叫ぶと、マクシミリアンはようやくセイを廊下に解放した。
 まったく、折角暴れてスッキリしようと思っていたのに、とんだ誤算である。

「ていうか何!?アンタ見合いじゃなかったの!?」
「そんなん5分で終わったわ。ていうかなんで知ってんだ?」
「朝食でライオネル様が言ってたんだよ、あんたの誕生日パーティーのパートナーは見合い相手だって」
「うわ、余計なこと言ってんなあいつ」

 マクシミリアンはめんどくさそうに言うと、そこで話を切り上げて歩き出した。
 セイはその後ろをついて歩いて、事の顛末を聞き出そうとする。

「で、どうなの?婚約者とか言う女は」
「なんだよお前、そんな事興味あんのか?どうでもいいだろうが」
「よくないよ!あんたと婚約するってことは、いずれ王宮に入るってことでしょ?そしたらここで暮らしてるマナトや僕にだって影響出るし」
「へー、お前にそんな考えがあったとは意外だぜ」

 あくまでものらりくらりと躱すマクシミリアンに、セイは苛立った。
 所詮王族だって神子の言いなりじゃないか。それなのに、結界を消すこともできるセイに逆らうなど生意気過ぎる。

「なんなのアンタ!超むかつくんだけど!!!!!!!」

 癇癪を起こして声を荒げるセイに、マクシミリアンは片眉を上げて睨んだ。
 今まで一度もセイに見せたことのない表情。



「ムカつくのはお互い様だろうが。――――――お前が夜中にフラフラ出歩いて何やってんのか、気付いてねぇとでも思ってんのか?」




 
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