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楽しいデート

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「マナト!こっちこっち!」
「ま、待ってよセイ……!今のセイと僕じゃ、コンパスが違うんだから!」

 手を引っ張って足早に歩くセイに小走りで追いつきながら、マナトは慌てて訴えた。
 セイは『あ、そっか』と立ち止まって、照れたように笑う。

「いやー、マナトと出掛けるの嬉しくってさ」

 屈託なく笑うセイに、マナトもつられて笑ってしまう。
 ここ暫くハプニングばかりだったから、二人で買い物に行けるのは嬉しい。
 今日はライオネルとマクシミリアンは留守番で、かわりに騎士たちが護衛として大勢ついている。
 申し訳ない気持ちはあるが、セイがどうしても二人で出掛けたいというから仕方ない。
 いわば、今日のお出掛けは結界の修復と森の浄化2つをこなしたセイへのご褒美のようなものだった。

 セイは初めてのバザールにはしゃいで、マナトをあちこちに連れ回す。
 屋台で色々な食べ物を分け合って買い食いし、お揃いのハンカチやアクセサリー、雑貨なんかを選ぶのは楽しかった。
 友達と二人で買い物に行くなんて、マナトには初めての経験だ。
 
「僕、こんな風に二人で出掛けるなんて初めてだから嬉しいな」
「えっ、セイが?」

 丁度同じことを考えていたので、マナトは驚いた。
 それにしても、いかにも人気者そうなセイが友達と出掛けたことがないなんて、本当だろうかとマナトは思う。
 じっと見ているマナトが何を考えているのかわかったのか、セイは苦笑いを浮かべた。

「嘘じゃないよ、ホント。僕、これでも結構いい家の生まれでさ。上に兄も姉もいたけど、一族ほとんどアルファなんだ。勿論母さんはオメガだけど、番との間には入り込めないっていうか、まぁ結構ドライな感じでね」
「そうなんだ……お兄さんとお姉さんがいるんだね」
「そんな仲良くはないけどね。割と僕頭良かったから、友達とかなかなか出来なくって。僕と仲良くしたがる奴らは、大体3つだよ。僕の家が好きか、僕のバースが好きか、僕の顔が好きか。どれも嬉しくはないよね」

 皮肉げに笑うセイに、マナトは悲しみを覚えた。セイはまだ12歳なのに。
 きっとセイは頭が良すぎて、見えない方がいいものまで見えてしまったのだろう。
 愛されたくて必死で努力しても選ばれなかったマナトと、皆に選ばれたけれど誰の手も取らなかったセイ。
 全く対極の存在なのに、結果が同じ孤独だとは皮肉なものだ。

「僕は嫌気が差して、誰も僕を知らないところへ行きたかったんだ。だから、アメリカの大学にスキップして、研究してた。大学は悪くなかったよ、僕とおんなじような奴らもいてさ。程よい距離感で快適に過ごせたし」
「………そこでは、友達はできたんでしょ?」
「まぁ、学食でご飯を食べるくらいの友達はね。でもみんなアルファだし、大体彼らには婚約者がいるんだ。プライベートな時間は未来の番と過ごすのが普通だよ。……羨ましかったなぁ」

 そう語るセイの表情には憂いはない。
 懐かしんではいるけれど、未練はない。そんな様子だった。
 セイはマナトの目を覗いて、黒曜石のような目を細める。その目は本当に幸せそうに見えた。

「マナトに会えて嬉しかった。僕の運命の番だって、そう思ったんだ」
「僕が、セイの?」

 そんなわけがない、とマナトは思った。
 セイは幼いながらに力のあるアルファで、出来損ないの自分なんかとは違う。
 それに、運命と出会うとお互いにひと目でわかると言われている。
 マナトはセイがアルファだということすらわからなかった。そんな運命があるだろうか。

「そうだよ、僕はマナトのためにこの世界に呼ばれたんだって思う。マナトは、どう思う?」
「僕は……そういうの、よくわかんない。僕はセイとは真逆で、誰にも好きになってもらえなかったから」

 過去のことを話すと、声が震えた。
 惨めで辛い、過去の境遇。婚約者に縋ることだけで心を繋ぎ止めていたあの頃。
 自分を憐れみたくなくて、ずっと見ないふりをしていた現実を見せつけられて死を選んだあの日のこと。

「僕、ここに来れてよかったなって思ってる。セイと会えて、友達になれて、こんな風に遊べるもん」
「友達のまま?僕、アルファだよ?番にしてよ」
「だーめ。まだセイは子供でしょ。そんな大事なこと、簡単にきめちゃだめだよ」
「簡単じゃないよ!本気だもん。それに、この世界はバースがないんだよ?マナト以外にオメガなんていない」

 見た目はキリリとした美形なのに、子供のように唇を尖らせるセイが愛おしくて、マナトは微笑む。
 どうしてだろうか、見た目はセイのほうがずっと大きくなったのに、こんな時は以前より幼く感じもする。
 
「アルファだからオメガとじゃなきゃ恋ができないわけじゃないよ。これからセイは沢山の素敵な人に会って、セイにふさわしい人を見つけられると思う」
「そんなことあり得ない!……って言っても、マナトは信じてくれないんだよね。いいよ、今はしょうがない。でも、絶対いつかマナトを信じさせてあげるから」

 約束、とセイがマナトの頬にキスをする。

「セイは、優しすぎるよ」

 マナトは頬を赤くしたが、怒ることも慌てることもなく、仕方のない子だなと困ったように笑った。
 優しいのはマナトだよ、と心の中で答えつつ、セイは結ばれた手をぎゅっと握った。



 
 その後もブラブラとバザールを物色していたが、時間も昼に近づき段々とお腹が空いてくる。
 ちょこちょこと屋台で買い食いはしているのだが、軽食を分け合う程度なので年頃の男子には物足りないのだ。
 
「そろそろご飯食べに行く?」
「そうだね。休憩がてら行こうか。護衛の人達もお腹空くし疲れるもんね」

 ここで真っ先に護衛に気を遣うあたりが、マナトが愛され神子である所以である。
 セイも敬意は払われているし充分に大切にされていると思うが、マナトには皆少しだけ気安く、それに比例して敬愛されているようだ。
 放っておくとすぐに無茶をすると思われているようで、過保護に世話を焼かれている。

 店を探そうかと視線を彷徨わせた2人の鼻先を、嗅ぎ慣れた香りがかすめた。
 マナトは思わず目を閉じてその香りに酔い痴れ、セイはその様子がかわいくて笑ってしまう。

「マナト、ゴヘイ買いに行こ」
「いいね!皆のぶんも買えるかな」

 以前の一件で、ゴヘイは大分話題になったと聞いていた。
 先日会ったアディルが、あまりに売れるので屋台を増やすと意気込んでいたのを思い出す。
 貴重な味噌と醤油を分けてもらったお陰で念願の卵かけご飯にありつけたのは記憶に新しい。
 お礼を言いがてら顔を見せようと屋台に近付くと、アディルが此方に気付いて手を振った。

「あっ!神子さ―――――――もがっ」

 思い切り大声でマナトを神子と呼ぼうとしていたアディルの口に、慌てて隣の青年がゴヘイの餅を突っ込む。
 アディルは突然のことに目を白黒させて抗議していたが、青年に諭されて大人しく口を閉じた。
 こんな人が大勢いるところで素性がバレたら大混乱になる。マナトは青年の機転に感謝した。

「こんにちは、この間はお味噌と醤油をありがとう」
「いいえ!うちの村は神子様のものですから、当たり前です。これからも神子様のために頑張って色んな物を作ってお届けしますから、楽しみにしていてください」
「ありがとう。楽しみだなぁ」

 アディルの故郷を買ったなど思いもしないマナトは、アディルは神子様に救われた村だけあって義理堅いんだなぁなどとボケたことを考えていた。
 ボンヤリしているマナトのフォローのために、今もライオネルが手回ししていることなど思ってもみない。
 ライオネルはマナトが買い上げたサハル村からマナトの愛する調味料や調理法を得るべく、村の整備と作物の増産、王都への出稼ぎ人員の引受など積極的に動いていた。
 近々王都に帰還すれば、マナトの好む料理が食卓に並ぶことは間違いない。

 アディルはマナトとセイにゴヘイをサービスしてくれて、お金は受け取らなかった。
 護衛の人達の分だけでもとお願いしたのだが、頑として譲らず、マナトは今度村に何かお礼を届けようと思いながら屋台を後にする。
 ベンチに腰を下ろしてゴヘイを齧りながら一休みしている2人の周りは大量の護衛で固められ、こんなに沢山の人にお世話になっていたんだなとマナトは改めて実感した。
 
「セイ、僕頑張るよ。応援してくれる?」
「神子のこと?」
「うん」

 頑張らなくていい、頑張るのは自分だとセイは言いたい。
 けれど、そう言えばマナトが悲しむこともわかってしまった。何もしなくていいと言われることは、マナトにとって役に立たない、必要ないと言われることなのだ。
 
「僕も一緒に頑張るから、頼りにしていいよ」

 友達だもんね、と言えたらマナトは喜んだだろう。でもセイは絶対に言いたくなかった。
 とんだアクシデントではあったが、叶えられないはずの願いが叶ったのだ。

 セイはマナトと大聖堂で暮らす計画を諦めるつもりはない。むしろ、より早められるだろうと思う。
 大聖堂の司教たちには、既に種を蒔いてある。神子を擁して王家と並び立つ権力を手に入れるという夢を見せ、意のままに操るための種を。
 この街の神子がマナトであるように、大聖堂に最初に神子としての力を見せつけたのはセイだ。
 マナトが日の当たるところで生きる神子であるかわりに、セイは影の神子として神殿を掌握する。
 例え名乗ることが許されなくとも、結界を意のままにすることができる能力がなくなるわけではないのだから。


「マナト、ずーっと一緒にいようね」


 セイの言葉に、マナトは微笑んで頷く。
 小指を差し出すと、マナトは少しも躊躇わずに指切りをしてくれた。
 この世界で、2人にしかわからない約束の仕草。 
 大きくなった自分の手を感じながら、セイはその約束を絶対のものにしようと誓った。
 

 

 
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