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楽しい道中
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昼前に馬車は中継地である湖の畔に着いた。
悠長なことをしているように思えなくもないが、ここまではずっと馬車を全力で走らせ通しで、これ以上は逆に馬がパフォーマンスを維持できなくなる。
マナト達が休憩を摂る間に、馬車の安全点検や馬の繋ぎ換えなどが行われる手筈になっていた。
休憩場所は全て計画的に用意されており、馬車が着いた時には休憩のためのテーブルや、交代用の馬、給仕のメイドや馬丁、護衛の兵などが集まっている。
彼らは昨日マナトが眠っている間に城を出て来たのだという。この後の休憩予定場所も、城からではなくその領を治める貴族などに命じて手配済みだというから、流石の根回しと言えた。
説明を受けた時には、休憩なんて要らないから少しでも早く病人のところへ行きたいと思ったマナトだったが、実際に全力で走る馬車にずっと乗っていると、思った以上に疲労感がある上、トイレにも行きたくなっている。
今後のことをに考えたら、適度な間隔での休憩は必要だと思い直した。
「少し早いが、昼食にしよう。食べられるか?」
「うぅん……わからないです。多分、あんまり」
元々朝が弱いマナトは、起きた直後に出された朝食を食べられなかった。
そのため、馬車の中で食べられるようにとお菓子や果物と一緒にバスケットに軽食をつめてくれていたのだ。
マナトはつい二時間ほど前にそれを食べたばかりで、全くお腹は空いていなかった。
「無理をしなくてもいいよ。用意されている昼食は城から運ばれてきたものだし、持ち運びやすいものになっているはずだ。食べたいものを詰めてもらって、馬車で食べたい時に食べれば良い」
「はい、そうします」
ライオネルの気遣いに、マナトは感謝した。本当に優しい人だと思う。
馬車の中は揺れがすごいからと、わざわざ手ずからサンドイッチや果物を食べさせてくれたりしたのだ。
ちょっとやりすぎではないかと思ったが、気を抜けば転がりそうになってしまうのはその通りで、マナトは恐縮しながら大人しく差し出されたものを食べるしかなかった。
とても恥ずかしかったから、次こそは自分で食べようとマナトは心に誓う。
「危ないから、また私が食べさせてあげよう。マナトは大事にな体なんだ、怪我しないことだけを付けていてほしい」
「………………ハイ」
爆速で誓いを粉砕され、マナトは涙目になりながら頷いた。
ライオネルはドジな自分を怪我させまいと苦心してくれているのに、文句など言えるはずがない。
マナトは、少し無理してでもここで昼食を摂っていくべきだろうかと真剣に悩んだ。
その後二人は、凝り固まった体をほぐすため、湖のほとりを散策した。
開放感のある湖畔は、長時間馬車に閉じ込められて閉塞感に包まれていた心を癒やしてくれる。
空気も澄んでいるように思えて、気分もいい。
「いいところですね、ライオネル様」
「喜んでもらえたなら良かった。そうだ、気に入ったならこの湖の一帯を領地から切り取ってマナトにあげよう。湖畔の近くにマナトだけの屋敷を建てて、そこでバカンスを過ごすんだ」
「いらないです!」
なんて恐ろしいことを言うんだろうか、とマナトは青くなった。
領地から切り取ると簡単に言ってのけているが、本当にやれば大問題になるのはマナトにだってわかる。現に、後ろで聞いていた護衛の騎士がギョッとしていた。
おまけに、屋敷まで建てようとするなんて、明らかにやり過ぎだ。
マナトがここに住むのならともかく、バカンスの時にしか使わない屋敷など、一体誰が維持するというのか。それにかかる費用を考えただけで恐ろしい。
「どうしてそうやってすぐ、途方もないものをくれようとするんですか?困るから、やめてください」
「途方もなくなどないよ。これぐらい、君のこれから成す偉業を考えればささやか過ぎるほどだ」
「さりげなくハードル上げるのやめてくれませんか!?………あ、そうだ!だったら、この湖をセイにあげるというのはどうでしょう!セイならきっとすごい偉業を成し遂げてくれるでしょうし、ここなら素敵なご褒美になります!僕は、セイが遊びに来るときに一緒に」
「よし、ここを切り取るのはやめよう」
「えぇ……」
いいことを考えついた、と大はしゃぎで語るマナトの言葉を、ライオネルは最後まで言い終わらぬうちに、光の速さで打ち切った。
自分にしては名案だと思ったのに、とマナトは口を尖らせる。
「そう拗ねないでくれ。湖にはまた私が連れて来るから」
「そういうんじゃありませんっ」
どうもライオネルには、真の神子であるセイへの気持ちが足りない気がする。
(ライオネル様はセイと結婚するんじゃないのかな)
神子は代々、王家の男と結婚して王妃になったと、マナトは授業で教わった。
自分を襲った男の言ったことも、あながち妄言ではなかったらしく、神子と結ばれた者は皆祝福を受けて素晴らしい王になったと文献にも確かに記載されている。
しかし、伝承が必ずしも真実とは限らない。
王太子に選ばれるのは、元より王子の中でも優秀な資質を備えた者ばかりであったろうし、神子と愛し合う人と結ばれたことで、より奮起したというだけのことではないだろうか。
勿論、神子の力添えもあったことだろうが、あの男の言うように、神子と寝たから力を得たなどと言うのは、いくらなんでも非現実的過ぎる。
基本的に神子の能力については、安全性を保つため、王宮の一部とある程度の地位に着く神官にしか明かされないトップシークレット扱いになっている。
恐らく、癒着していた司教から聞き齧った話を、誇大解釈していたのだろうとマナトは考えていた。
(大体、男が子供を産めるなんて、オメガなら当たり前のことだもんね)
きっと、神子として喚ばれるのはオメガと決まっているのだろう。自分もそうであるし、セイだってそうだ。
王族にはアルファが多いだろうし、番になれば優秀なアルファが生まれるのは当然である。
ライオネルやマクシミリアンだってアルファだろうと、マナトは思っていた。
断言することができないのは、マナトの抱えた事情によるものだ。
マナトはオメガとして未成熟な、出来損ないのオメガなのである。
もう17になるというのに、マナトは未だ発情期をに迎えたことがなかった。
おまけに、匂いもごく薄く、アルファをに惹き付ける事ができないばかりか、マナト自身がアルファやオメガの放つ香りを感じることができないのだ。
ベータならともかく、オメガがアルファに『あなたはアルファですか』などと尋ねることはない。匂いを嗅げばすぐにわかるのだから。
だから、マナトはライオネルやマクシミリアンがアルファがどうか確かめられなかった。
もしそんなことを尋ねれば、自分が出来損ないのオメガだとバレてしまう。
そうしたら、家族や昔の友達のように……婚約者のように、みんな自分から離れて行ってしまうかもしれない。
マナトはきっといずれ来るであろう未来を思い、陰鬱な気持ちになった。
「どうした?マナト。疲れたか?」
「…………そうかもしれません」
ライオネルが浮かない表情になったマナトに問いかける。
マナトは、できればその時がもっと先であればいいと思いながら、憂いを疲労のせいにして誤魔化した。
マナト達の休憩するテーブルは、湖がよく見渡せる絶景スポットに用意されていた。
勿論護衛は大勢ついているが、落ち着かなくならないよう間隔を空けたり、視界に入らない位置をよく考えて配置されているようだ。
見知った顔のメイド達にホッとしつつ、マナトは席についた。
「お疲れ様です、マナト様。お茶は温かいものになさいますか?それとも冷たいものがよろしいですか?」
「えっと……じゃあ、冷たいものをにお願いします」
「かしこまりました」
散歩の後は冷たいものが欲しい。
ライオネルも冷たいお茶を希望したらしく、程なくしてアイスティーが2つ運ばれてきた。
アイスティーはしっかりと冷えていて、いい香りがした。一口飲むと爽やかな甘味が口の中に広がる。
疲れた体に染み入るような味に、マナトは感動して一気に飲み干してしまった。
「おいしい!このお茶、スニアの味がします」
「御名答。さすがマナトだな」
褒められて、マナトは微妙な表情になる。
褒められたことは嬉しいけれど、こんなつまらないことで喜んでいいのかと思う気持ちもあり、複雑なのだ。
ライオネル達はみんな、当たり前じゃないかと思うような些細なことを大袈裟に褒めてくれるものだから、マナトは時折自分の常識がわからなくなりそうになっていた。
「こんなの、誰だってわかりますよ。あんまり僕を調子に乗らせないでください」
「調子に乗ったマナトか。それは見てみたいな」
ライオネルが声を上げて笑うので、マナトは唇を尖らせた。絶対にからかわれているに違いない。
でも、バカにされているような嫌な感じはしなかった。今まで悪意を持って嘲笑されたりイジられたり、バカにされてきた経験が山ほどあるマナトには、その違いはよくわかる。
さりげなく自分のアイスティーのグラスをマナトの前に滑らせてくれたライオネルは、温かい紅茶をメイドに頼んだ。
(きっと、最初から僕にくれるつもりで頼んでくれたんだろうな……)
マナトはその好意に感謝して、おかわりのアイスティーに口をつけた。
言わないけれど、もしかしたらこのアイスティーもライオネルがマナトのために作らせたのかもしれない。
何だか急に自分が大切にされていることを感じて、マナトはむず痒くなった。
今までそんなことをしてもらえるのは、リンだけの特権で、まさか自分がこんなふうにしてもらえるなんて想像したこともない。
この世界に来てよかったな、とマナトは心からそう思う。
たとえもしこれが神子の力を借りるための策略だったとしても、こんなに幸せな気持ちにしてもらえたのだから構わなかった。
「ライオネル様、僕、頑張りますね」
「君の頑張るは何だか怖いから、ほどほにしてくれると助かるな」
せっかくの決意表明を挫かれてしまい、マナトは頬をふくらませたのだった。
結局この後、マナトはアイスティーを二杯も飲んだおかげで昼食は全く食べられず、休憩はお手洗いを済ませただけで終わった。
そのため、軽食はバスケットに詰められ、再びライオネルの手で食べさせられることになるのだが、美しい湖畔を眺めて和んでいるマナトはそれに気付く由もなかった。
果たして、それがライオネルの善意だったのか、策略だったのか。
それを知るものは誰もいない。
悠長なことをしているように思えなくもないが、ここまではずっと馬車を全力で走らせ通しで、これ以上は逆に馬がパフォーマンスを維持できなくなる。
マナト達が休憩を摂る間に、馬車の安全点検や馬の繋ぎ換えなどが行われる手筈になっていた。
休憩場所は全て計画的に用意されており、馬車が着いた時には休憩のためのテーブルや、交代用の馬、給仕のメイドや馬丁、護衛の兵などが集まっている。
彼らは昨日マナトが眠っている間に城を出て来たのだという。この後の休憩予定場所も、城からではなくその領を治める貴族などに命じて手配済みだというから、流石の根回しと言えた。
説明を受けた時には、休憩なんて要らないから少しでも早く病人のところへ行きたいと思ったマナトだったが、実際に全力で走る馬車にずっと乗っていると、思った以上に疲労感がある上、トイレにも行きたくなっている。
今後のことをに考えたら、適度な間隔での休憩は必要だと思い直した。
「少し早いが、昼食にしよう。食べられるか?」
「うぅん……わからないです。多分、あんまり」
元々朝が弱いマナトは、起きた直後に出された朝食を食べられなかった。
そのため、馬車の中で食べられるようにとお菓子や果物と一緒にバスケットに軽食をつめてくれていたのだ。
マナトはつい二時間ほど前にそれを食べたばかりで、全くお腹は空いていなかった。
「無理をしなくてもいいよ。用意されている昼食は城から運ばれてきたものだし、持ち運びやすいものになっているはずだ。食べたいものを詰めてもらって、馬車で食べたい時に食べれば良い」
「はい、そうします」
ライオネルの気遣いに、マナトは感謝した。本当に優しい人だと思う。
馬車の中は揺れがすごいからと、わざわざ手ずからサンドイッチや果物を食べさせてくれたりしたのだ。
ちょっとやりすぎではないかと思ったが、気を抜けば転がりそうになってしまうのはその通りで、マナトは恐縮しながら大人しく差し出されたものを食べるしかなかった。
とても恥ずかしかったから、次こそは自分で食べようとマナトは心に誓う。
「危ないから、また私が食べさせてあげよう。マナトは大事にな体なんだ、怪我しないことだけを付けていてほしい」
「………………ハイ」
爆速で誓いを粉砕され、マナトは涙目になりながら頷いた。
ライオネルはドジな自分を怪我させまいと苦心してくれているのに、文句など言えるはずがない。
マナトは、少し無理してでもここで昼食を摂っていくべきだろうかと真剣に悩んだ。
その後二人は、凝り固まった体をほぐすため、湖のほとりを散策した。
開放感のある湖畔は、長時間馬車に閉じ込められて閉塞感に包まれていた心を癒やしてくれる。
空気も澄んでいるように思えて、気分もいい。
「いいところですね、ライオネル様」
「喜んでもらえたなら良かった。そうだ、気に入ったならこの湖の一帯を領地から切り取ってマナトにあげよう。湖畔の近くにマナトだけの屋敷を建てて、そこでバカンスを過ごすんだ」
「いらないです!」
なんて恐ろしいことを言うんだろうか、とマナトは青くなった。
領地から切り取ると簡単に言ってのけているが、本当にやれば大問題になるのはマナトにだってわかる。現に、後ろで聞いていた護衛の騎士がギョッとしていた。
おまけに、屋敷まで建てようとするなんて、明らかにやり過ぎだ。
マナトがここに住むのならともかく、バカンスの時にしか使わない屋敷など、一体誰が維持するというのか。それにかかる費用を考えただけで恐ろしい。
「どうしてそうやってすぐ、途方もないものをくれようとするんですか?困るから、やめてください」
「途方もなくなどないよ。これぐらい、君のこれから成す偉業を考えればささやか過ぎるほどだ」
「さりげなくハードル上げるのやめてくれませんか!?………あ、そうだ!だったら、この湖をセイにあげるというのはどうでしょう!セイならきっとすごい偉業を成し遂げてくれるでしょうし、ここなら素敵なご褒美になります!僕は、セイが遊びに来るときに一緒に」
「よし、ここを切り取るのはやめよう」
「えぇ……」
いいことを考えついた、と大はしゃぎで語るマナトの言葉を、ライオネルは最後まで言い終わらぬうちに、光の速さで打ち切った。
自分にしては名案だと思ったのに、とマナトは口を尖らせる。
「そう拗ねないでくれ。湖にはまた私が連れて来るから」
「そういうんじゃありませんっ」
どうもライオネルには、真の神子であるセイへの気持ちが足りない気がする。
(ライオネル様はセイと結婚するんじゃないのかな)
神子は代々、王家の男と結婚して王妃になったと、マナトは授業で教わった。
自分を襲った男の言ったことも、あながち妄言ではなかったらしく、神子と結ばれた者は皆祝福を受けて素晴らしい王になったと文献にも確かに記載されている。
しかし、伝承が必ずしも真実とは限らない。
王太子に選ばれるのは、元より王子の中でも優秀な資質を備えた者ばかりであったろうし、神子と愛し合う人と結ばれたことで、より奮起したというだけのことではないだろうか。
勿論、神子の力添えもあったことだろうが、あの男の言うように、神子と寝たから力を得たなどと言うのは、いくらなんでも非現実的過ぎる。
基本的に神子の能力については、安全性を保つため、王宮の一部とある程度の地位に着く神官にしか明かされないトップシークレット扱いになっている。
恐らく、癒着していた司教から聞き齧った話を、誇大解釈していたのだろうとマナトは考えていた。
(大体、男が子供を産めるなんて、オメガなら当たり前のことだもんね)
きっと、神子として喚ばれるのはオメガと決まっているのだろう。自分もそうであるし、セイだってそうだ。
王族にはアルファが多いだろうし、番になれば優秀なアルファが生まれるのは当然である。
ライオネルやマクシミリアンだってアルファだろうと、マナトは思っていた。
断言することができないのは、マナトの抱えた事情によるものだ。
マナトはオメガとして未成熟な、出来損ないのオメガなのである。
もう17になるというのに、マナトは未だ発情期をに迎えたことがなかった。
おまけに、匂いもごく薄く、アルファをに惹き付ける事ができないばかりか、マナト自身がアルファやオメガの放つ香りを感じることができないのだ。
ベータならともかく、オメガがアルファに『あなたはアルファですか』などと尋ねることはない。匂いを嗅げばすぐにわかるのだから。
だから、マナトはライオネルやマクシミリアンがアルファがどうか確かめられなかった。
もしそんなことを尋ねれば、自分が出来損ないのオメガだとバレてしまう。
そうしたら、家族や昔の友達のように……婚約者のように、みんな自分から離れて行ってしまうかもしれない。
マナトはきっといずれ来るであろう未来を思い、陰鬱な気持ちになった。
「どうした?マナト。疲れたか?」
「…………そうかもしれません」
ライオネルが浮かない表情になったマナトに問いかける。
マナトは、できればその時がもっと先であればいいと思いながら、憂いを疲労のせいにして誤魔化した。
マナト達の休憩するテーブルは、湖がよく見渡せる絶景スポットに用意されていた。
勿論護衛は大勢ついているが、落ち着かなくならないよう間隔を空けたり、視界に入らない位置をよく考えて配置されているようだ。
見知った顔のメイド達にホッとしつつ、マナトは席についた。
「お疲れ様です、マナト様。お茶は温かいものになさいますか?それとも冷たいものがよろしいですか?」
「えっと……じゃあ、冷たいものをにお願いします」
「かしこまりました」
散歩の後は冷たいものが欲しい。
ライオネルも冷たいお茶を希望したらしく、程なくしてアイスティーが2つ運ばれてきた。
アイスティーはしっかりと冷えていて、いい香りがした。一口飲むと爽やかな甘味が口の中に広がる。
疲れた体に染み入るような味に、マナトは感動して一気に飲み干してしまった。
「おいしい!このお茶、スニアの味がします」
「御名答。さすがマナトだな」
褒められて、マナトは微妙な表情になる。
褒められたことは嬉しいけれど、こんなつまらないことで喜んでいいのかと思う気持ちもあり、複雑なのだ。
ライオネル達はみんな、当たり前じゃないかと思うような些細なことを大袈裟に褒めてくれるものだから、マナトは時折自分の常識がわからなくなりそうになっていた。
「こんなの、誰だってわかりますよ。あんまり僕を調子に乗らせないでください」
「調子に乗ったマナトか。それは見てみたいな」
ライオネルが声を上げて笑うので、マナトは唇を尖らせた。絶対にからかわれているに違いない。
でも、バカにされているような嫌な感じはしなかった。今まで悪意を持って嘲笑されたりイジられたり、バカにされてきた経験が山ほどあるマナトには、その違いはよくわかる。
さりげなく自分のアイスティーのグラスをマナトの前に滑らせてくれたライオネルは、温かい紅茶をメイドに頼んだ。
(きっと、最初から僕にくれるつもりで頼んでくれたんだろうな……)
マナトはその好意に感謝して、おかわりのアイスティーに口をつけた。
言わないけれど、もしかしたらこのアイスティーもライオネルがマナトのために作らせたのかもしれない。
何だか急に自分が大切にされていることを感じて、マナトはむず痒くなった。
今までそんなことをしてもらえるのは、リンだけの特権で、まさか自分がこんなふうにしてもらえるなんて想像したこともない。
この世界に来てよかったな、とマナトは心からそう思う。
たとえもしこれが神子の力を借りるための策略だったとしても、こんなに幸せな気持ちにしてもらえたのだから構わなかった。
「ライオネル様、僕、頑張りますね」
「君の頑張るは何だか怖いから、ほどほにしてくれると助かるな」
せっかくの決意表明を挫かれてしまい、マナトは頬をふくらませたのだった。
結局この後、マナトはアイスティーを二杯も飲んだおかげで昼食は全く食べられず、休憩はお手洗いを済ませただけで終わった。
そのため、軽食はバスケットに詰められ、再びライオネルの手で食べさせられることになるのだが、美しい湖畔を眺めて和んでいるマナトはそれに気付く由もなかった。
果たして、それがライオネルの善意だったのか、策略だったのか。
それを知るものは誰もいない。
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