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しおりを挟むノアの突然の問いに、ロウの目が瞬く。
それから少しばつの悪い表情を浮かべ、ロウは苦笑した。
「……大した理由じゃないぞ」
「そう言われると、もっと気になる」
ロウは少し迷う素振りを見せた。
しかし、やがて諦めたようにのろのろと口を開く。
「……昔、ガルシア爺さんの桃を取ってやったことがあっただろ」
「うん、あったね」
ガルシア爺さんとは、同じ村に暮らしていた狼獣人の老人のことである。
畑の他に三本の桃の木を持っており、一番背の低い桃の木になる桃は、子どもなら誰でも取って食べていいという気前のいいひとでもあった。
しかも、その『子ども』には、父親のわからない子どもであるノアもちゃんと含まれていた。
遠慮して遠くから桃を眺めるだけだったノアに手招きをして、よく熟れた大きな桃をふたつ、『ゼノと食べな』と笑顔で手渡してくれた。本当に優しい老人だった。
それからは、ノアも時々桃を拝借していた。
けれど、子どもなんてみんないつもお腹を空かせている。
ガルシア爺さんの桃はいつだって争奪戦で、もぎにいっても手の届く場所に桃がひとつもないなんて日常茶飯事だった。
自分の手では届かないところに実った桃を見上げていたある日、後ろからやってきたロウが高いところにある桃をもいで、それをノアに渡してくれた。幼い頃からロウは背の高い男の子だったのだ。
『ん』
『え、くれるの……?』
今よりもさらに無口だったロウは、無言でノアの手に桃を押し付けた。
手渡された美味しそうな桃を見て、ノアは破顔する。
『ロウ、ありがとう!』
『……ん』
ロウは照れくさそうな顔をして、小さく頷いた。
それからロウは時々ノアの分の桃をもいでくれるようになり、ふたりは仲良くなった。
そうして、気付けばノアはロウに恋をしていたのだ。
──昔のことを思い返していたノアは、ちらりとロウと目を合わせる。
「えっと……桃をもらうときになんかあったっけ……?」
「別にそういうわけじゃない……ただ、桃を渡したときのお前のうれしそうな顔が、なんというか、まあ、その……」
ロウはらしくないほど歯切れが悪くなる。
いつもの仏頂面が僅かに赤らんで見えた。
「……俺は子どもの頃から歳の近い子どもには怖がられてたし、あんな風に笑って喜んでもらえることなんてなかったから、新鮮で……」
「新鮮だから好きになったの?」
「いや、そういうことじゃなくてッ……だから、お前の笑った顔が可愛いと思ったんだよ!」
叫んだロウの声にはいつになく余裕がなかった。イライラしているようにも見えるが、きっと照れくさいのだろう。
ノアは目をぱちぱちと瞬かせたあと、くすくすと小さく笑う。
「なにそれ」
「……大したことじゃないって言っただろ」
「そうだけどさ、たぶん普通に笑ってお礼言っただけでしょ?」
「……俺には可愛く見えたんだよ。というか、今も可愛く見える……」
ロウは不服そうにムスッとする。
可愛い……なんて、子どものとき以外言われた覚えもない。
そう言ってくれたのが他でもないロウで、ノアは心底うれしかった。
「……それに、お前以外の連中は俺とシュラトを比べてばかりで、正直うんざりしてた。俺たちが騎士団の試験に受かったときだって、シュラトは天才だってあれだけ騒いでたくせに、あいつが結婚した途端俺に擦り寄ってきやがって……」
「だよね! みんな現金だよね!」
それに関してはノアも激しく同意した。
ずっとロウに興味なんてなかったくせに、いまさらロウに乗り換えようなんて虫が良すぎる。少なくとも、幼い頃からロウに恋をしていたノアはそんなの許せない。
──ロウが急にモテだしたからって舞い上がるような男じゃなくてよかった。
ノアがホッと胸を撫で下ろしていると、ロウの目がじっとノアを見やる。
「……そういうお前はどうなんだ?」
「俺?」
「ずっと俺のことが好きだったんだろう? どこが好きなんだ?」
今度はロウの方が揶揄うような笑みを浮かべて、そう問いかけてきた。
ノアは顎に手を当て、「うーん……」と唸る。
「どこがって言われてもな……かっこいい顔も好きだし、大っきい体も好きだし、低い声も好きだし、ぶっきらぼうに見えてすごく優しいところも好きだし。あと、努力家なとことか、綺麗好きなとことか、案外まめなところとか、ご飯いっぱい食べるとことか、他には──」
「もういいっ!」
赤面したロウが叫んで、短い髪をガシガシと掻いた。
自分が聞いてきたくせになんだよ、とノアが抗議しようとすると、大きく息を吐いたロウの目が再びノアを見下ろす。
熱を帯びた、黒い瞳だ。
「お前は、本当に……」
「え、なに?」
「……もういい。抱く」
短く言って、ロウはノアの唇に噛み付くようにキスをした。
二度目の口付けは変わらず甘く、ノアは驚きながらもうっとりと目を閉じた。
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