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しおりを挟むノアはしばらくの間、間抜けな顔をしたままロウを見つめた。
数秒後、ぼっと火がついたようにノアの顔が熱くなる。
唇がはくはくと動くが言葉はなかなか出てこず、ようやく出てきたのは上擦った呟きだった。
「……そ、そう、なんだぁ……」
「さっきも好きだって言ったのに、なんでまた照れてるんだ?」
「いや、そりゃそうだけど……! でも、そういう言われ方するとやっぱすごくうれしいというかっ……いや、またなに恥ずかしいこと言ってんだ俺……!」
ノアが自身の失言に悶えていると、再びロウが喉を鳴らして笑う。
ロウの大きな手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃとノアの焦茶色の髪を撫で回した。
「ちょ、ちょっと……!」
「シュラトが牛獣人の男と結婚したとき、少し揉めただろう」
「え? あ、うん……」
シュラトが牛獣人のカルナという男と結婚したとき、村では結構大きな騒ぎになった。
もともと肉食獣人と草食獣人の間には、見えない壁がある。表向きは種族に関係なく共存しているが、本能的な恐怖はどうしようもない。草食獣人は意識的に肉食獣人を避け、そんな草食獣人を臆病者だと肉食獣人は見下す。
故に、肉食獣人と草食獣人が番うことは非常に少ない。
特に、群れで暮らすことを重視する狼獣人は、同じ生まれの狼獣人同士で結婚することがほとんどだ。よその村の狼獣人と番うことですら白い目で見てくる者もいる。それくらい狼獣人の村は閉鎖的なのだ。
そんな中、シュラトは牛獣人のカルナと結婚した。
周りの反対を押し切って……というより、周りに反対される前に勝手に婚姻届を出して結婚したのだ。
シュラトはロウと同じく騎士団に勤めていて、その騎士団の団長ラギはシュラトたちが暮らす村の実質トップの狼獣人だった。
しかもラギにはラナという娘がいて、シュラトを彼女の婿にしたいとラギは前々から考えていたらしい。
そういったややこしい事情もあり、シュラトの結婚話は揉めに揉めた。
村から追い出されるんじゃないかとか、騎士の仕事をクビになるかもしれないとか……そんな不穏な噂が友人の少ないノアの耳にも入ったくらいだ。
──しかし、最終的にはすべて丸く収まった。シュラトは今も時々カルナを連れて村に帰ってくるし、騎士団を辞めさせられてもいない。
ノアも詳しい事情はわからないが、ラギとカルナが実は顔見知りだったようで、途中からラギの態度が軟化したらしい。
村の狼獣人たちも現金なもので、村の実質トップであるラギがふたりの結婚を認めた途端、表でシュラトとカルナの結婚を非難する者はいなくなった。無論、陰でこそこそと文句を言っている者もいるが、シュラトとカルナは基本的に王都近くの森で暮らしているから問題もないのだろう。
ノアの元に挨拶に来たとき、シュラトもカルナも幸せそうだった。
それに、幼い頃からクールなイメージのあったシュラトがカルナにはべったりで、初めて見るそんなシュラトの姿にもノアは驚かされた。
──でも、羨ましかったな。
周りからの反対を押し退けて結ばれたふたりの姿が眩しかった。
自分もロウとそうなれたらと期待して、諦めて……でも、運命の悪戯なのか、いまこうしてノアはロウとともにいる。ノアがロウに恋をしたように、ロウもノアのことを好きだと言ってくれた。
ノアを見下ろしたまま、ロウはゆっくりと口を開く。
「シュラトが結婚したって言ってきたとき、あいつに聞いたんだ。全部失うかもしれないのに、怖くないのか……って。そしたらあいつ、『怖くない。カルナと一緒に生きられない方が怖い』って言ってた」
「へぇ……なんかかっこいいね」
「……俺も、シュラトと同じだと思った。なにを失っても、お前のことが欲しいと思った。誰にも渡したくないと思った。お前を失うことより怖いことなんてないと思った」
ノアは息を呑む。
茶化すなんてできなかった。だって、ロウは真剣で、その真摯な言葉でノアは心の底から救われた気分になれたのだ。
うまく考えがまとまらない。たぶん、うれしくて、うれしすぎて、頭の中がパンクしそうだった。
「ろ、ろ、ろ……」
「誰がロロロだ」
「だ、だってっ……そんなこと急に言われたら……!」
緩みそうになる顔を隠すため、ノアはとっさに片手で顔を覆う。そして、指の間からちらりとロウを見た。
「……なんで、俺のこと好きになったの?」
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