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しおりを挟むシュラトもノアにとっては数少ない友人のひとりだった。
あまり喋らない男だが、とにかく要領がよくて、優秀だった。それになにより、シュラトはすこぶる顔が良かったのだ。
村の同世代の連中のほとんどが、シュラトに恋をしていた。シュラトもロウと同じ騎士だったので、それも人気の一因だったのかもしれない。
シュラトが人気なのは、ロウに恋をするノアにとっては好都合。ライバルが少なくなって、内心シュラトに感謝していた。
──しかし、そのシュラトが村の獣人ではない、それも草食獣人と結婚したというのだから、一時期村ではひどい騒ぎになった。
この狼獣人だけで暮らす閉鎖的な田舎町では、余所者と番うことは良く思われていない。遠巻きにされているノアの父……いや、母のゼノとノアがいい例だ。
それでも、シュラトは周りの反対を押し切って──というか、家族に相談することもなく、勝手に王都で出会った草食獣人と結婚した。よっぽど相手のことが好きだったのだろう。シュラトは騎士になったあとはほとんど故郷に帰ってくることもなかったので、最悪故郷から縁を切られても良いと思っていたのかもしれない。
……だが、結局はシュラトの結婚は群れの中でも認められた。シュラトとロウの上司であり、実質村のトップでもあるラギが『認める』といったからだ。
まさに鶴の一声。上下関係の厳格な狼獣人の群れにおいて、群れのトップの言葉は絶対だ。
そうしてなにはともあれ、シュラトの結婚は村の中でも認められた。
一度シュラトが結婚相手のカルナを連れてノアの家にも挨拶に来てくれたが、ふたりとも幸せそうだった。
ふたりの結婚自体はいいことだ。
非常にめでたい。
けれども……シュラトが結婚したことで、それまで二番人気だったロウが繰り上げで一番人気になってしまったことは喜ばしくない。
少し前までみんなシュラトシュラトと言っていたくせに、いまはロウのことばかり話題に上がる。
──みんな現金だよなぁ……。
ノアは大きくため息をついた。
いや、結婚したシュラトを奪おうなどと考えるよりは、よほど健全な思考なのかもしれない。浮気や不倫を嫌う者の多い狼獣人らしい、真っ当な考えだ。
しかし、ノアにとっては面白くない。
ノアと同じく子どもの頃からロウに懸想していたならまだしも、ついこの前までシュラトに恋をしていた連中とロウが番ったらと思うと……ノアは複雑な気持ちになる。もちろん、恋人でもなんでもないノアに文句を言う権利もないが。
「騎士ってことは、いまは王都にいるわけか」
もやもやとした感情に肩を落とすノアを尻目に、アルバはぽつりと呟いた。かと思うと、ニッと歯を見せて笑う。
「んじゃ、家族で王都に行くか!」
「は……?」
ノアはきょとんとして目を瞬かせる。
「……家族で王都に行く……?」
「あいつが帰ってくるのを待ってる暇なんてないからな。こっちから押しかけて精気をもらうのが一番手っ取り早いだろ?」
「ちょ、そんな勝手に……!」
「じゃあ、どうする? 村にいる適当な奴とヤるのか?」
「っ……!」
実父からの明け透けな言葉に、ノアは赤面しながら閉口する。
しかし、そういえばそうだった。ロウのことに気を取られて忘れていたが、ノアはいま命の危機に瀕しているのだ。
アルバは腰を上げ、丘から見える街並みを静かに見下ろす。
「といっても、余所者を嫌うこの村じゃ相手を探すのは難しいだろう。お前はどこの馬の骨ともわからない男の血を引いた子どもだからな。そのロウって奴とヤるのかヤらないのかはともかく、王都に行って相手を探すべきだと思わないか?」
「まあ、それはそうかもだけど……」
なんにせよ、ノアはセックスして精気を吸わなければ死ぬのだ。
なんて惨めな死だろう……。
「……行くしかないかぁ」
「よし。じゃあゼノが先に準備してるから、俺たちもいったん家に帰るぞ」
──最初からそのつもりだったわけね……。
遠い目をしつつ、ノアはがくりと頭を下げて俯いた。
正直、不安しかない。
けれども、もしロウがノアの頼みを聞いてくれて、ノアを助けてくれたら──……きっとすごくうれしい。
もちろん、そんなことは起こらないとわかっている。
ロウにとってノアはただの幼馴染だ。
……そうわかっていても期待を捨てきれないのは、ノアが愚かだからなのか、ロウが優しい男だと知っているからなのか……。
ノアは丘の草原の上に立ち上がり、街並みを見下ろしながらため息をこぼす。
──……ダメでもともとだよな。断られたら潔く諦めて、別のひとにお願いしよう。王都にはたくさんひとがいるだろうし……。
そうして僅かな期待と大きな不安を胸に、ノアは両親と共にロウの暮らす王都に向かうことになった。
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