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しおりを挟むノアはグスっと鼻を啜る。
「……死なせないって言ったって、じゃあどうするのさ」
「お前、好きなやつはいないのか?」
「すっ、す、すきなやつッ!?」
アルバの突飛よしもない発言に、ノアは素っ頓狂な声を上げた。
目を白黒させるノアを見て、「そんな取り乱すことか?」とアルバは苦笑いをする。
「お前に好きな奴がいるなら、話は早いんだよ。どうにか一回でもそいつとセックスできればこっちのもんだ。淫魔とのセックスは一度経験したら病みつきになるからな。食事もできて、好きなやつとセックスできて、一石二鳥だろ?」
「それって、つまり……」
「体で堕とせってこと」
──……いや、無理でしょ。
ノアは力強く首を横に振る。
「無理。絶対無理」
「無理とか無理じゃないとかそういう話じゃないんだよ。やらなきゃ死ぬんだから、やれ。死なずに済む上に、好きなやつと死ぬまでセックスできるかもしれないんだから、悪い話じゃないだろ?」
無慈悲に言い放ったあと、アルバは少し揶揄うような声音で尋ねてくる。
「で、好きな奴は? いないのか?」
「え……そりゃ、いるにはいるけど……」
ノアは目を泳がせながらもじもじとする。
頭に思い浮かぶのは、王都で騎士として働くぶっきらぼうな幼馴染のことだ。
愛想もないし、デリカシーもない。それでも優しいところもあって、そんな幼馴染のことがノアはずっと好きだった。
「あの、ロウっていうでっかい男が好きなんだろ?」
「なっ、なんで……っ!?」
「見てりゃあわかる」
顔を真っ赤にするノアを見て、アルバはニヤニヤと笑っていた。
月に一度くらいしかこちらに来ていないはずなのに、息子の片思いの相手をしっかり把握しているらしい。
「え? 俺そんなにわかりやすい? ロウにもバレてるかな?」
「どうだろうな。あっちも鈍そうだから、わかってないんじゃないか?」
ノアはホッと胸を撫で下ろす。
ロウとノアは同じ村で生まれ育った、いわゆる幼馴染だ。村のひとたちからどこか遠巻きにされるノアにとって、数少ない友人のひとりでもあった。
強面で体が大きいのに愛想もないから、なにも知らないひとが見たら少し怖いと思うかもしれない。
でも、ノアは昔からロウのことをかっこいいと思っている。いかつい顔も、ノアの髪をぐしゃぐしゃに掻き回してくる大きな手も、普通にしているのに睨んでいるように見える鋭い瞳も。
なにか特別な出来事があってロウを好きになったわけではない。毎日一緒にいて、気付いたら他の誰とも違う特別な存在になっていた。
ノアにとってロウは初恋の相手であり、成人したいまなお思いを寄せる唯一の男だ。
ノアが赤い顔をしていると、アルバが顎に手を当てながら尋ねてくる。
「あいつ、いまはどうしてるんだ?」
「いまは王都で騎士として働いてるけど……」
「ほーう。いいな、エリートじゃないか」
自分のことを褒められたわけでもないのに、ノアはなぜか誇らしい気分になる。
この獣人の国において、騎士は一、二を争う花形職だ。難関の騎士学校を卒業して、なおかつそこから騎士団への入団試験にも受からなければ騎士にはなれない。
ロウが騎士になったと報告しに帰ってきたとき、ノアはうれしくてロウに飛び付いた。いつもならそんなことはしないからロウも少し驚いていたが、すぐに歯を見せて笑ってくれた。
……ただ、うれしいことばかりじゃない。
ロウが騎士になったとわかった途端、村の若者たちの目が変わった。それまでロウのことを怖がっていた連中も、わかりやすいほどにロウに好意的になっていた。
気持ちはわかる。仕事のできる男はかっこいい。それに、お金もないよりはあったほうがいい。
突然モテだして、ロウもきっと悪い気はしなかっただろう。
けれど、ノアにとっては喜ばしくない展開だ。ロウのことが好きなのは、ノアだけでいい。これ以上ライバルが増えられても困る。
それでも、ここ数年は平穏だった。
別にロウがノアにだけ特別優しいなんてことはないが、村の誰とも付き合ったりはしていないようだったし、王都に恋人がいるといった噂もなかった。
しかし……
ロウに恋人ができる前に、ロウに想いを伝えたい。いや、伝えなければ……!と、ノアがそんな決意を胸に秘めていた矢先──あるとんでもない事件が起きる。
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