淫魔はお嫌いですか?

リツカ

文字の大きさ
上 下
3 / 14

3

しおりを挟む

 ノアはグスっと鼻を啜る。

「……死なせないって言ったって、じゃあどうするのさ」
「お前、好きなやつはいないのか?」
「すっ、す、すきなやつッ!?」

 アルバの突飛よしもない発言に、ノアは素っ頓狂な声を上げた。
 目を白黒させるノアを見て、「そんな取り乱すことか?」とアルバは苦笑いをする。

「お前に好きな奴がいるなら、話は早いんだよ。どうにか一回でもそいつとセックスできればこっちのもんだ。淫魔とのセックスは一度経験したら病みつきになるからな。食事もできて、好きなやつとセックスできて、一石二鳥だろ?」
「それって、つまり……」
「体で堕とせってこと」

 ──……いや、無理でしょ。

 ノアは力強く首を横に振る。

「無理。絶対無理」
「無理とか無理じゃないとかそういう話じゃないんだよ。やらなきゃ死ぬんだから、やれ。死なずに済む上に、好きなやつと死ぬまでセックスできるかもしれないんだから、悪い話じゃないだろ?」

 無慈悲に言い放ったあと、アルバは少し揶揄うような声音で尋ねてくる。

「で、好きな奴は? いないのか?」
「え……そりゃ、いるにはいるけど……」

 ノアは目を泳がせながらもじもじとする。
 頭に思い浮かぶのは、王都で騎士として働くぶっきらぼうな幼馴染のことだ。
 愛想もないし、デリカシーもない。それでも優しいところもあって、そんな幼馴染のことがノアはずっと好きだった。

「あの、ロウっていうでっかい男が好きなんだろ?」
「なっ、なんで……っ!?」
「見てりゃあわかる」

 顔を真っ赤にするノアを見て、アルバはニヤニヤと笑っていた。
 月に一度くらいしかこちらに来ていないはずなのに、息子の片思いの相手をしっかり把握しているらしい。

「え? 俺そんなにわかりやすい? ロウにもバレてるかな?」
「どうだろうな。あっちも鈍そうだから、わかってないんじゃないか?」

 ノアはホッと胸を撫で下ろす。

 ロウとノアは同じ村で生まれ育った、いわゆる幼馴染だ。村のひとたちからどこか遠巻きにされるノアにとって、数少ない友人のひとりでもあった。

 強面で体が大きいのに愛想もないから、なにも知らないひとが見たら少し怖いと思うかもしれない。
 でも、ノアは昔からロウのことをかっこいいと思っている。いかつい顔も、ノアの髪をぐしゃぐしゃに掻き回してくる大きな手も、普通にしているのに睨んでいるように見える鋭い瞳も。

 なにか特別な出来事があってロウを好きになったわけではない。毎日一緒にいて、気付いたら他の誰とも違う特別な存在になっていた。
 ノアにとってロウは初恋の相手であり、成人したいまなお思いを寄せる唯一の男だ。

 ノアが赤い顔をしていると、アルバが顎に手を当てながら尋ねてくる。

「あいつ、いまはどうしてるんだ?」
「いまは王都で騎士として働いてるけど……」
「ほーう。いいな、エリートじゃないか」

 自分のことを褒められたわけでもないのに、ノアはなぜか誇らしい気分になる。
 この獣人の国において、騎士は一、二を争う花形職だ。難関の騎士学校を卒業して、なおかつそこから騎士団への入団試験にも受からなければ騎士にはなれない。

 ロウが騎士になったと報告しに帰ってきたとき、ノアはうれしくてロウに飛び付いた。いつもならそんなことはしないからロウも少し驚いていたが、すぐに歯を見せて笑ってくれた。

 ……ただ、うれしいことばかりじゃない。
 ロウが騎士になったとわかった途端、村の若者たちの目が変わった。それまでロウのことを怖がっていた連中も、わかりやすいほどにロウに好意的になっていた。

 気持ちはわかる。仕事のできる男はかっこいい。それに、お金もないよりはあったほうがいい。
 突然モテだして、ロウもきっと悪い気はしなかっただろう。
 けれど、ノアにとっては喜ばしくない展開だ。ロウのことが好きなのは、ノアだけでいい。これ以上ライバルが増えられても困る。

 それでも、ここ数年は平穏だった。
 別にロウがノアにだけ特別優しいなんてことはないが、村の誰とも付き合ったりはしていないようだったし、王都に恋人がいるといった噂もなかった。

 しかし……

 ロウに恋人ができる前に、ロウに想いを伝えたい。いや、伝えなければ……!と、ノアがそんな決意を胸に秘めていた矢先──あるとんでもない事件が起きる。

 町で一番人気だったノアのもうひとりの幼馴染──シュラトが、王都で出会った牛獣人のカルナという男と結婚したのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...