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しおりを挟む「よっ、元気か?」
「…………」
──元気か? じゃねーよ。
にこにこと明るく声をかけてきた男を、ノアはジトッとした目で見つめる。
美しい金色の髪に、淡い空色の瞳──よくよく見れば、男はノアと同じ目の色をしていた。……いや、この場合はノアが男と同じ目の色をしている、と言う方が正しいのかもしれない。
住んでいる小さな村が見渡せる丘の草原に座り込んだノアは、はあ~っと深くため息を吐く。
そんなノアの隣に腰を下ろした男は、なにがおかしいのかケラケラと笑った。
「まあまあ、そんな落ち込むなよ」
「落ち込むなとか無理に決まってるでしょ! いきなり淫魔だとか、セックスしなきゃ死ぬかもとか言われて……」
「だから、海を越えて俺が来たんだろ」
男はぐしゃぐしゃとノアの焦茶色の髪を撫で回した。
それに対してノアは「やめてよ」と言いながら男の手を払い除け、男を睨むような目で見上げる。
「……それで、アルバさんが俺のもうひとりの父親なんでしょ?」
男──アルバは月に一度ほどの頻度でこの村にやってくる、変わった魔族の男だった。
狼獣人しかいない田舎町になにをしにきているのかとずっと思っていたが、どうやらノアと父の顔を見るために毎月海を渡っていたらしい。
魔族なのにやけに馴れ馴れしく声をかけてくるひとだな……とは思っていたが、まさか彼が自分の父親だなんてノアは夢にも思っていなかった。
ノアの問いかけに、アルバはあっけらかんとした表情で頷く。
「そうだな。俺がお前の父親。俺がゼノを孕ませて、お前が産まれた」
「そこまでは聞いてないです」
長年父親だと思っていたひとが母親だったことに多少驚きもあったが、いまとなってはそれも些細なことである。
問題は、ノアの本当の父親が淫魔で、そしてノアがその特性を引き継いでしまっているらしいことだ。
「……俺、本当に淫魔なの?」
「半分はな。生まれたときは純粋な狼獣人だと思ったが……成長して体が出来上がってきたことで、淫魔の性質が表に出てきたらしい」
「小さいときはお母さん似だったけど、大きくなったらお父さんに似てきたね~……みたいな感じってわけね……」
ははは……と、ノアの口から乾いた笑いがもれる。ちなみにその目は死んでいた。
そんなノアを見つめながら、アルバは冷静な声で喋りはじめる。
「ゼノから軽く聞いたとは思うが、魔族の中でも淫魔ってのは少し特殊でな。他人の精気を吸収することが食事代わりなんだ。つまり、淫魔の性質を併せ持つお前はいま、凄まじい空腹状態に襲われている。体調不良もそれが原因だ」
「……このままずっと空腹だったら?」
「死ぬ」
「……いっぱいご飯食べても?」
「死ぬ」
──お、おれ、やっぱ死ぬんだ……。
ノアが泣きそうになっていると、苦笑いをしたアルバが「落ち着け、落ち着け」と背中をぽんぽんと叩いてきた。
「餓死したくなきゃ、ちゃんと食事をすればいい。セックスしなきゃ死ぬってことは、セックスしたら死なないってことなんだから」
「そんな簡単に言うけど、俺とセックスしてくれる相手なんて……」
自分で言うのもなんだが、ノアは普通の男である。華奢で可愛いわけでもなければ、長身でかっこいいわけでもない。雄としても雌としても、あまりモテた経験はなかった。
アルバは「うーん」と唸る。
「魔族の国じゃ、淫魔とヤレるのは幸運扱いなんだが、こっちじゃそうはいかないか……」
「……おれ、しぬ? しぬの?」
「あーもう、病むな病むな! 俺とゼノが絶対お前を死なせたりしないから!」
アルバはノアの髪をガシガシと強い力でもみくちゃにする。
ずっと離れて暮らしていた息子でも、一応父親としての愛情はあるのだな、とノアは意外に思った。
しかし、いまはそんな感慨に耽っている余裕もない。
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