十年先まで待ってて

リツカ

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書籍化記念SS

しあわせ巣作り 4

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 呼吸をするたびに甘い花の匂いが鼻腔をくすぐって、ひどく心地よい熱が生まれる。じわじわと全身に巡るその熱に、雅臣の心臓はとくとくと高鳴っていた。

「んっ……」

 瞼がぴくりと震え、雅臣はゆっくりと目を開く。
 室内の明かりは落とされていて、ぼやけた視界にはぐちゃぐちゃになった衣服が見えた。雅臣が巣作りに使った、総真の私服だ。
 どうやら、気付かぬうちに寝てしまったらしい。総真に何度も『優しく』『ぐちゃぐちゃに』された記憶はなんとなくあるが、抱かれた詳細な回数は定かではない。

 横向きに眠る雅臣の腕の中には、いつの間にかスーツのジャケットがあった。帰ってきたときに総真が着ていたものだ。
 雅臣がおずおずとそのジャケットに顔を埋めると、いっそう花の匂いが濃くなる。ぎゅっとジャケットを抱きしめて、雅臣はうっとりと目を細めた。
 そうして雅臣が微睡んでいると、ふいに背後から伸びてきた腕が雅臣をそっと抱き寄せた。触れ合った肌が温かい。
 雅臣が振り返るよりも早く、腕の主は柔らかな声をかけてくる。

「起きたのか?」
「うん……」

 雅臣が体ごと振り返ると、総真が微笑みながら雅臣の隣に横たわっていた。背中に回っていた手が雅臣の背を滑り、そのまま髪を撫で回す。

「すっげぇかわいかった」
「……それ、いつも言ってる……」
「いつもかわいいんだから仕方ねぇだろ。でも、気持ち良すぎて泣いてるお前は特別かわいかったな」

 総真はニヤつきながら雅臣の顔中にキスをした。涙の跡の残る目尻を舐め、最後に唇をそっと食んでから、ゆっくりと総真の唇が離れていく。
 そして、総真は穏やかな声で問うてきた。

「初めての巣作りはどうだった? 楽しかったか?」
「楽しかったっていうか……」

 しっくりくる巣が作れなくて、最初は落ち込んでいた。練習のときからネットで見たオメガの巣を参考に色々試してみたが、どれもなんとなく違う気がしたのだ。

 結局、雅臣は理想の巣が作れないまま総真を迎えた。けれども、巣に気付いた総真は意外なほどに喜んでくれて、雅臣はそれがすごくうれしかった。

「……まあ、うまくはできなかったけど、お前が喜んでくれたから……それはうれしかったかな……」

 雅臣が照れながら言うと、総真は口角を上げて笑う。

「また作れよ」
「えー……」
「なんだよ、嫌なのか?」
「だって、俺あんまうまく巣作りできないし……」
「上手いとか下手とかどうでもいいだろ。……お前が作ってくれた巣でお前のことめちゃくちゃに抱くの、すげぇ興奮した」

 艶を帯びた総真の言葉に、雅臣は顔を赤らめた。
 しかし、いつもより昂っていたのは雅臣も同じだ。自分の作った巣で、総真の香りに包まれながら総真に抱かれていたときの多幸感はすごかった。番とのセックスはいつだって気持ちのいいものらしいが、今日は少し特別だった気がする。

 雅臣はそこでふと、自分の作った巣にずっと足りなかったものの正体に思い当たる。

 ──……総真がいなかったから、どんな巣を作ってもしっくりこなかったのかも……

 雅臣は自分の間抜けさに呆然とした。
 そんな当たり前なことに気付かずああでもないこうでもないと長時間頭を悩ませていたなんて、本当に馬鹿だ。

 自分の作った巣に番を招いて、そこで初めてオメガの巣作りは完成するのかもしれない。
 いや、オメガらしくないと言われ続けてきた雅臣にオメガの巣作りのことなんてわかるはずもないが──

「──雅臣」

 雅臣が物思いに耽っている間に、雅臣を見つめる総真の瞳が蜂蜜のようにどろりととろけた。
 あっと思ったときにはすでに遅く、雅臣は総真に軽々と組み付かれる。
 ニヤリと笑った総真が、楽しげに雅臣を見下ろした。

「そ、総真?」
「なーにすっきりした顔してんだよ。お楽しみはこれからだろ?」
「いや、もう朝……」
「関係ねぇよ。──お前だって、本当はまだ満足してないくせに」

 次の瞬間、総真の手が雅臣の下腹部をグッと押した。
 雅臣の腰が跳ね、後孔からは先ほどたっぷり注がれた精液がとぷりとあふれてくる。

「っ、ん、アッ、あっ……!」
「俺の番、俺のかわいい雅臣」

 甘ったるい弾んだ声で囁かれた。
 すると、それだけでまた雅臣の心臓の鼓動が早くなって、腹の奥がきゅんと疼く。
 欲に塗れた瞳をした総真が、幼い頃の天使みたいに無邪気な顔で微笑んだ。

「今回の発情期が終わるまで、ずーっとこの巣でお前のこと愛してやるからな」
「え、あ……」
「好きだよ、雅臣」
「いや、あの……ンッ」

 雅臣は嫌な予感を覚えながらも、総真からの口付けを受け入れるしかなかった。



 ──それから五日後。
 食事が用意されたダイニングには、足腰が立たなくなって赤面する雅臣と、そんな雅臣を甲斐甲斐しく抱きかかえて運ぶ上機嫌な総真がいた。

「……お前、手加減とか、限度って言葉を知らないのか?」
「知ってるけど?」
「じゃあ、さすがに歩けなくなるまで抱くのは勘弁してくれよ……」
「終わったあとにそんなこと言われてもなぁ。ぐちゃぐちゃにしていいって俺のこと煽ってきたのお前だし。最中はお前も喜んでたし」
「っ煽ってないし、喜んでもないっ!」
「あー、はいはい。ま、いいじゃん。俺も明日まで休みもらってるから、お前が歩けるようになるまで家中抱っこして運んでやるよ」
「……うれしくない」
「本当はうれしいくせに。素直じゃないとこもかわいーな、雅臣」
「……かわいくない」

 真っ赤な顔をした雅臣がそっぽを向く。
 総真はご機嫌に笑って、その林檎のような頬に優しくキスをした。


 (終)


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 書籍の方もぜひ手に取っていただけたらうれしいです。よろしくお願いいたします!

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