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「なんだこれ……?」
それを見つけたのは、雅臣が総真と一緒に暮らしはじめて一ヶ月ほど過ぎた頃のこと。
祖母から送られてきた私物をクローゼットに仕舞おうとしたとき、たまたま目に入ったのがその段ボール箱だった。
中くらいのサイズの、なんの変哲もない段ボール箱である。だからこそ、上面に赤字で書かれた『重要!』の文字がやたらと目立っていた。
ここはもともと総真が物置きのように使っていた部屋なのだから、当然総真の私物だろう。
──『重要』ってことは、総真の大切なものってことだよな?
その場にしゃがみ込んだ雅臣は、ガムテープで封をされた箱をじっと見つめる。
いくら相手が番でも、勝手に他人のものを見るなんてダメだ!──と雅臣の良心が叫ぶが、どうにも箱の中身が気になって仕方がない。あの卯月総真にとって『重要!』なものとはいったいなんなのか、雅臣は純粋に興味があった。
「……まあ、この部屋は好きに使っていいって言われてるし……」
言い訳のように独り言を口走りながら、好奇心に負けた雅臣は段ボールの封を開けた。そして、おそるおそる中を覗き込む。
「これは──……お菓子の空き箱……?」
一番上にあったそれを手に取って、雅臣は目をぱちりと瞬かせる。
段ボール箱に詰め込まれていたのは、デパ地下などに売っているお菓子の空き箱だった。しかも、ひとつやふたつではない。紙製の箱やアルミでできたクッキー缶などがいくつもあり、端には折り畳まれた紙袋まできっちりとまとめられていた。
かわいいクッキー缶を小物入れにしたり、デザインの気に入った紙袋を再利用したりするひとが一定数いることは雅臣も知っている。祖母がそうだったからだ。
しかし、あの総真にそんな趣味があるとは到底思えなかった。
──女の子やオメガにもらったお菓子の空き箱とかを捨てずに取ってある、とかなのかな……
ふと浮かんだ想像に、雅臣の表情は曇った。
空白の十年を総真がどんなふうに過ごしていたのかなんて、雅臣は知らない。
再会した総真は、ずっと雅臣のことが好きだったと言っていた。
けれども、総真は雅臣と離れてからもきっと変わらずモテただろう。もしかしたら、恋人くらいはいたのかもしれない。
──……なんか、嫌だな。
もし本当にそうだったとして、誠と婚約までしていた雅臣にそれをとやかく言う権利などない。……ないのだが、嫌なものは嫌だった。
嫉妬と不安が混ざり合って、雅臣の胸の中でもやもやとした不快感が大きくなっていく。
どうしたものかと雅臣が途方に暮れていると「なーにしてんの?」という明るい声とともに、背中に重みを感じた。
耳慣れた声に、雅臣の体はびくっと小さく跳ねる。
肩口から雅臣の手元を覗き込んだ総真は「あっ!」と声を上げて目を輝かせた。
「懐かしいもん見つけてんじゃん」
手を伸ばした総真は「ここのお菓子は全部美味しかった」だとか「これはココナッツが入ったチョコが一番美味しかった」だとか、聞いてもいないことをぺらぺらと喋りはじめる。
雅臣はいっそう胸のもやもやが大きくなっていくのを感じながら、ぽつりと呟く。
「……大事なものなんだな」
少し、嫌味な言い方になってしまったかもしれない。けれど、総真はそれに気付いた様子もなくにこにこと笑う。
「大事つうか、まあ思い出の品だよな。小さいときにお前からもらったものって、これくらいしかないし」
「…………ん?」
なんだかおかしな言葉が聞こえた気がした。
雅臣は自身の肩に顎を乗せた総真の顔をちらりと見る。長いまつ毛に縁取られた大きな目が、懐かしそうに細められていた。
「お前、毎回チョコかクッキーばっかり買ってきてたよな。まあ、俺も好きだけど」
「あ……」
チョコかクッキー……その言葉に、雅臣の脳裏にとある記憶がよみがえってくる。
クリスマスや誕生日に総真から一方的にプレゼントを押し付けられた雅臣は、いつも祖母とデパートに行ってお返しのお菓子を買っていた。
変なものをプレゼントしたらいったいなにを言われるか──雅臣はびくびくしながらお菓子を選んでいたが、なにをあげても総真は毎回喜んでくれていたような記憶がある。
雅臣は再び、まじまじと段ボールの中身を見下ろす。
「これ、俺が子どもの頃にお前にプレゼントしたお菓子の空き箱……?」
「は? 忘れてたのかよ」
総真が拗ねたように唇を尖らせる。
「俺が大事に取ってあるもんなんて、お前関連のものしかありえねぇだろ」
「いや、そんなのわかんないだろ。最初はなんでゴミ取って置いてるんだろって思ったし……」
「ゴミじゃないっ! 俺にとっては大事な宝物なんだよ!!」
「わ、わかったわかった! わかったから、耳元で叫ぶなよ……!」
呆れたように言いながらも、雅臣はホッと胸を撫で下ろす。この総真の宝物の送り主が自分だとわかって、さっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでいた。
晴々とした雅臣とは対照的に、総真はむくれた顔で言う。
「ちょっとストーカーぽくって気持ち悪いとか思ってんだろ」
「思ってないよ。普通にうれしい」
「……ほんとに?」
雅臣が素直に「うん」と頷くと、途端に総真が破顔する。ご機嫌な総真を見て、雅臣はくすりと笑った。
「お前って、本当にずっと俺のこと好きでいてくれてたんだな」
「何回もそう言ってんだろ」
「そうなんだけど、やっぱ現実味がないっていうか……これも、学生時代に女の子からもらったやつなのかなーって思ってたし」
「……はぁあああ~??」
総真が片眉を上げて雅臣を睨む。
「俺がお前以外からのプレゼントなんて受け取るわけねぇだろ」
「そう言われても、別に婚約してたわけでもなければ十年も会ってもなかったわけだし……もしかしたら恋人とかもいたのかな、って……」
「いるわけねぇだろ。お前以外に興味ねぇし。だいたいお前、俺に恋人がいたのがわかったら『俺のことずっと好きだったとか言ってたのに、他のひととヤルことヤッてたんだ……』とか言ってめそめそするタイプのくせになに言ってんだよ」
「そ、そんなことっ……なくもない、かもしれないけど……でも、お前かっこいいし……それになんか手慣れてるっていうか、俺と違って余裕があるっていうか……」
「余裕なんてあるわけねぇだろ。こっちはヤリたい盛りの十代を妄想だけで乗り切ってんだぞ。お前とヤるたび毎回頭沸騰しそうだっての」
「へ、へぇ……」
だからちょっと変態なんだ……と雅臣は思ったが、発情期のことを思えばひとのことをとやかく言えないので黙っていた。
決まり悪そうな顔をした総真の顔が赤くなる。
「こんなこと言わせんなよ、恥ずかしい……」
「お前が勝手に言ったんじゃ……」
「お前が変な勘違いしてるから言わざるを得なかったんだろ」
総真は大きなため息をついたあと、少しばかり冷めた目をする。
「俺は全部お前が初めてだよ。お前は違ったけどな」
「う……」
今度は雅臣のばつが悪くなる番だった。目を泳がせて、言い訳するように言う。
「確かにお前には十年待つって言われたけど……でも、お前と付き合ってた訳でもないし、婚約の話も白紙になってたし……」
「そうだよ。俺が勝手に期待して、勝手に十年待ってただけ」
「……俺も悪かったって……そんな怒るなよ……」
「怒ってねぇよ。嫉妬してんの」
ムスッとした総真を見て、雅臣は眉を下げて苦笑する。
嫉妬深い男は嫌われると聞いたことがあるが、雅臣は総真のこういうところも嫌いじゃなかった。むしろ、少しホッとするのだ。
雅臣は総真に顔を寄せ、その滑らかな頬にそっとキスをする。
「ほら、機嫌直せよ。今はもう全部お前のもんなんだから」
「……お前、最近俺の扱い方わかってきたな」
「毎日一緒にいれば多少はな」
言って、開けていた段ボールの蓋を閉じ、再びクローゼットの奥にしまった。雅臣としては気恥ずかしいので捨てても良いが、総真が宝物だと言うのだから仕方がない。
さて、と雅臣は立ち上がる。吊られたように総真も一緒に腰を上げた。
「お昼はなに食べたい?」
「最近さみぃからな……うどんとか?」
「いいね。油揚げと卵もあるし、月見きつねうどんにでもするか」
「最高じゃん」
総真が歯を見せて笑った。その後、雅臣の肩を抱いて部屋を出て、リビングへと歩き出す。
「誕生日プレゼント、楽しみにしとくからな」
鼻歌まじりで総真が囁いた言葉に、雅臣は苦笑いする。
「まだ気が早いだろ」
「だって、楽しみじゃん。お前からの十年ぶりの誕生日プレゼント」
「……言っとくけど、高価なものは買えないからな。あと、プレゼントのセンスが悪くても文句言うなよ」
「文句なんて言わねぇよ。お前がくれるものなら、なんだってうれしいし。なんなら、お前自身がプレゼントでもいい」
「すーぐ話をそっちの方向にもっていくんだから……」
呆れたように呟きながらも、『最終手段としてそれもありだな……』と頭の片隅で思う。どうやら雅臣もだいぶ総真に染められているらしい。
「なに笑ってんだよ」
「さあな」
顔を覗き込んでくる総真をかわして、雅臣はキッチンへと向かった。
自身を追いかけてくる総真の足音さえ愛おしい──そんな自分がおかしくて、雅臣はカラカラと明るい笑い声をあげた。
(終)
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