十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

サッカーの思い出 3

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 サッカーの試合……といっても所詮は小学生の体育の授業。さほど本格的な試合ではなく、皆でわーきゃー言いながらボールを追う楽しい遊びに近かった。
 しかし、その中でも総真の動きは周りよりも一歩抜きん出ている。器用に足元のボールを操る様は、総真に苦手意識を持っている雅臣ですら目を奪われるものがあった。

 ──総真くん、かっこいいなぁ……。

 ゴール前で激しい攻防を繰り広げている総真を、雅臣は離れたところからぼんやりと眺める。
 総真が雅臣に固執してこなければ、雅臣だって他の同級生たちのように総真のファンになっていたかもしれない。いじめられている今だって、総真に憧れのような感情がないわけではないのだ。
 ……いや、憧れと呼ぶにはあまりにも卑屈で醜い感情かもしれないが。

 そんなことを考えていたところで、ワッと歓声のような声がグラウンドに響いた。
 雅臣は声のした方へと目をやる。
 どうやら、自陣のゴール前で真理亜が総真からボールを奪い取ったらしい。
 直後、真理亜が大きくボールを蹴り飛ばして叫んだ。

「雅臣くんッ!」

 真理亜の言葉にハッとした雅臣は、こちらに飛んでくるボールを見上げながら慌てて走り出す。
 総真となるべく距離を取ろうとするうちに、自然と相手ゴールに一番近い位置にいるのが雅臣になっていたのだ。

 雅臣はとにかく走った。
 ボールはまだ雅臣よりも後ろの宙空にあり、ゆっくりと落ちてきてはいるようだが、まだまだ向こうに跳んでいきそうな勢いだ。

 斜め後ろに浮かぶボールを見上げながら雅臣が相手ゴール前へと走っていると、「雅臣ーッ!!」と耳慣れた総真の声が聞こえてきた。
 いや、声というより悲鳴に近いだろうか。

 なんだろう?と雅臣が思う間もなかった。
 ──ゴンッという鈍い音とともに、雅臣の右の側頭部に痛みと衝撃が走る。感じたことのない、脳が揺れるような衝撃だ。

「~~~~っ!!」

 雅臣は思わず歯を食いしばった。一瞬よろめいたが、なんとか立っていられてはいる。
 顔を上げると、目の前にゴールポストがあった。どうやら後ろを振り返りながら走っていたせいで、これに頭をぶつけてしまったらしい。

「だ、大丈夫?」
「……あ、うん、だいじょ──」
「ひっ!」
「え?」

 隣のクラスのゴールキーパーに話しかけられ頷こうとした雅臣だったが、その返事はゴールキーパーの短い悲鳴に遮られてしまう。
 雅臣が困惑していると、こめかみから頬のあたりをたらりとなにかが伝う感覚がした。
 汗だろうか……と雅臣が体操服の袖でそれを拭おうとしたそのとき、それが顎先からぽたりと雅臣の体操服に滴り落ちる。

「あ」

 白い体操服に赤いシミができた。ぽつりぽつりとそれは次第に増えていき、雅臣の体操服が徐々に赤く染まっていく。
 そこでようやく雅臣は自身が流血していることに気付いた。

 ──ど、どうしようっ!

 そのときは痛みよりも自身が血を流していることに動揺した。頭から血を流したのなんて記憶にある限り初めてだ。
 雅臣がおろおろとしていると、騒々しい足音が雅臣へと近づいてくる。

「雅臣ーっ、大丈夫かっ!? ……ぎゃあああー!?」
「わっ!?」

 聞いたことのない総真の絶叫に、雅臣の方が驚かされた。
 何事かと総真を見ると、もともと大きな目をこれでもかと見開き、雅臣を凝視している。その美しい顔からは、みるみる血の気が引いていっているようだった。

「ま、まさ、まさおみ……血、血が……おれの、まさおみ……あ、ああ……ああ……!」
「そ、総真くん?」
「まさおみ……おれの、まさおみが……」
「えっ、そ、総真くんっ!?」

 突如、総真がふらりとその場に倒れた。
 目を閉じて倒れた総真の顔は真っ青で、どうやら意識はなさそうだ。

 ──な、な、なんでっ!?!?

 なぜ総真が倒れたのかわからず、雅臣はいっそう混乱する。自身の怪我も気になるが、目の前で誰かが倒れたのも初めてのことだ。

「雅臣くん、大丈夫!?」

 と、雅臣がパニックに陥っていたところで、真理亜や先生たちが雅臣の元にやってきた。
 担任教師は雅臣の傷を見て、傷口にタオルを押し当てる。

「ここ切れちゃってるわね……大丈夫? 自分で歩ける?」
「は、はい」
「よし、じゃあいったん保健室に行って、救急車で病院に行きましょうか。お家の方にもすぐに連絡してくるからね。……なんともないとは思うけど、一応卯月君も一緒に病院で診てもらった方がいいかしらねぇ……」

 担任は苦笑しながら、気を失って倒れた総真を見下ろしていた。
 同じく総真を見下ろした真理亜も「怪我したのは雅臣くんなのに、卯月くんが倒れてどうすんのよ」と呆れた声で呟いていた。
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