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過去話・後日談・番外編など
十年先 14
しおりを挟むどちらにとっても政略結婚なのだろうが、女性の隣に並ぶなにも知らないであろう未来の新郎の笑顔を見ると、誠でさえ一瞬同情を覚えてしまった。
しかし、よくよく考えてみれば、誠も他人に誇れるような結婚をしたわけではなかった。
張り合うようなことではないが、頭のおかしさでいえばあの女性より夜彦のほうが勝っているのかもしれない。
誠がそんなことを考えているとも知らず、夜彦はニヤニヤと笑いながら煙草を燻らせる。
「当然婚約者には黙ってるみたいだけど、いつまでも隠し通せると思ってんのアホすぎるよな。悪いことなんていつかは絶対バレるだろ。……お前もそうだったしな?」
「…………」
誠はその流れ弾を無視して、バルコニーから夜空を眺めた。雲ひとつない空には、月とたくさんの星々が輝いている。
今朝見た夢のせいか、また雅臣と砂浜を歩いた夜のことを思い出した。
あの日も、空に大きな月が浮かぶ美しい夜だった。
そうして誠がぼんやりしていると、会場の中を見つめたままの佐伯が喉で低く笑いながら問いかけてくる。
「あの女が俺とした約束って、なんだと思う?」
「……隠し子のことで、お前があの子のこと脅してるんだろ」
「脅してなんかねぇよ。あっちが勝手にビビって、俺のお願い聞いてくれただけ」
なにをお願いしたと思う?
夜彦の問いかけの答えを、誠は考えようとはしなかった。こういうときの夜彦は答えを教えたくてたまらないのだから、黙っていてもそのうち教えてくれるのだ。
夜彦はくすくすとやけに可愛らしく笑う。
「本当はこのパーティー参加しない予定だったんだけどさぁ、昨日急遽ねじこんでもらったんだよね。俺らが来るって事前にわかってると、参加しない奴らがいるから」
一度空を仰いだ夜彦は首を傾け、右隣に視線をやった。
その視線を追うように、誠がそちらへ顔を向けると、少し離れたところから等間隔にバルコニーがいくつか続いている。
そこで──誠はふと、ふたつ隣のバルコニーに誰かが立っているのを見つけた。
長身の男性のようだった。
さっきまでの誠と同じように、手すりの近くで夜空の星々を見上げている。
なぜだか目が離せない。
誠は目を奪われたようにじっとその男を見つめた。
胸がざわつく。既視感がある。知っている気がする。
その真っ直ぐに伸びた背筋も、月明かりに照らされた淡い茶色の髪も──
気づいた瞬間、誠は弾かれたように走り出した。夜彦を置いて会場内に戻り、人波をかきわけて彼がいるバルコニーへと向かう。
自分から夜彦の傍を離れたのはいったい何年ぶりだろう。
いまは、夜彦のことも、他人への恐怖も、誠の頭にはなかった。
この日を十年も待ち望んでいた。
いや、もう叶うことなどないと思っていたのだ。
それでも、神は誠を見放さなかった。
目的のバルコニーに辿り着いた誠は、まるで夢を見ているような心地で、そのスーツに包まれた懐かしい後ろ姿を見つめる。
「──雅臣」
その声は緊張からか、興奮からか、微かに震えて、消え入りそうなほど小さかった。
それでも、ちゃんと彼には届いたらしい。
夜空を見上げていた男──悠木雅臣はゆっくりと誠を振り返る。
怪訝そうな色を浮かべていたその目がみるみるうちに見開かれていく様を、誠はどこか恍惚とした気分で眺めていた。
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