十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

十年先 9

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 この国および世界を支配しているのは、優秀なアルファではなく人口の七割以上を占めるベータである──誠がそれを知ったのは、誠の姓が佐伯になってしばらくたってからのことだった。

 民主主義においては数がすべて。
 多くの者に理解を得られた多数派が民意となる。

 アルファとオメガの支持を得ても、その人口はわずか三割にも満たない。
 故に、多くの政治家や組織のトップに立つ人間は、自らを安全圏に置いた上で『ベータ受け』がいい行動を取る。

 誠の父もそうだった。
 ベータを価値のない存在だと家庭では切り捨てていた父も、表ではそんな素振りは見せなかった。むしろどちらかといえば、平等な世界の必要性や、オメガへの差別反対を強く訴える側の人間だったのだ。
 しかし、実際父は誰よりもベータや低所得者を見下していたし、オメガに至っては金で買っていた。報道では、怪しいセックスドラッグを使っていたという噂もあった。
 真実なんて、そんなものである。



 多くのベータにとって、オメガは見下す対象であり、アルファは妬む対象だった。
 無論、例外はあるだろう。だが、実際ベータである誠はそうだったし、そういうベータを山ほど見てきた。

 発情期なんて動物みたいで気持ち悪いとオメガを迫害したのも、やっぱりかわいそうだとオメガを優遇したのも、アルファは強者だからと過剰に貶めたのも、基本的にはすべてマジョリティであるベータが主導したことだった。
 もちろん、裏できな臭い金の動きがあったり、メディアや特定の個人の思惑による姑息な誘導もあったのだろう。
 だが、それに乗せられ、安全圏から無責任なことを言うのもまた大衆のベータなのだ。

 その時々の流れに乗って、発情期に無関係な彼らベータは好き勝手に声を上げ、時代を作る。
 時にオメガを蔑み、助け、そして時にアルファを蹴落とし、また助ける。

 それにより苦汁を飲まされるのは当然ベータ以外のアルファかオメガで、しかも、多くのベータはそれに気づいていない。数が多いことの優位性を理解せず、自分たちを凡庸でなんの力もない存在だと思い込んでいる。

 自分たちの声が、一部のオメガやアルファの人生をぐちゃぐちゃにしたことにも気付いていない。小さな区別が大きな差別にすり替わっても、気にも留めない。
 きっと、どうでもいいのだろう。自分たちには関係がないことだから。

 夜彦はそんなベータをオメガ同様、嫌って、見下している。自分の母親を殺したオメガを憎み、一時的であれオメガはかわいそうだと過剰なオメガへの優遇を良しとする風潮を作ったベータを恨んでいる。

 時折、そのベータへの怒りを誠にぶつけるために、夜彦は誠に執着しているのではないかと思うことすらある。
 子どもを虐待する親が決して子どもを手放そうとしないのと同じように、精神的なサンドバッグにするために誠と結婚したのではないかと。

 しかし、夜彦は平然とした顔で誠のことを「愛している」と言うのだ。

「別にお前のこと傷付けたいわけじゃなくて、お前の傷付いた惨めな様が好きで、愛してるんだよ。この違いわかんない?」

 常人では到底愛とは呼べないような、歪んだ思考である。愛してはいないと、おもちゃだと思っていると言われた方が、まだ理解はできただろう。

 言葉を交わすたび、この男は本当に気が狂っているのだと思い知らされる。
 卯月総真に言われた通り、まともじゃない奴の愛し方がまともなはずはなかったのだ。
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