31 / 66
過去話・後日談・番外編など
十年先 10
しおりを挟むそうして、歪んだまま──壊れたまま大人になった夜彦は、いまもアルファ至上主義者のままだ。
正論だの綺麗事だのは通じない。
幼い頃から精神科のカウンセリングも受けているようだが、それでも常人になる気配は欠片もなかった。
数年前から、オメガが起こした犯罪に対する報道規制や、減刑などの過剰な優遇措置はすべて撤廃されることになった。
これもまた皮肉なことに、それを知った多くのベータが「不平等ではないか」と声をあげたことがきっかけだ。
何はともあれ、これでオメガへの過剰な優遇や、理不尽な目に遭うアルファは確実に減る。
それは夜彦のいままでの活動の成果であり、夜彦の望んだ世界でもあるだろう。
──しかし、それでも夜彦は変わらない。満たされない。戻らない。
写真の中で笑う佐伯美夜が生き返らないのと同じように、一度壊れてしまったものが元に戻ることなんてないのだ。
これからも、夜彦はアルファ至上主義者として生きていくのだろう。周りから『彼はかわいそうだから仕方ない』と諦めにも似た同情をされながら。その同情さえも、利用しながら。
そして、誠もその隣で腐りながら生きていくしかないのだ。
◇◇◇
誠はぶるりと身を震わせた。
夜彦の母ことを思うと、未だに背筋がぞくりとする。
別に、幽霊だの怨念だのを信じているわけではないが、なんとなく室内の空気が肌寒く感じられるのだ。
「寒いの?」
ふと気付くと、スマートフォンを見下ろしていた夜彦の目が誠に向けられていた。それから、伸びて来た手がぐしゃぐしゃと雑に誠の髪を撫で回す。
その手が頭に届いた瞬間、誠の体は反射的に強張ったが、誠は夜彦にされるがままじっと大人しくしていた。
夜彦がククッと喉で笑う。
「お前、老けてはねぇけどさぁ、すげぇ『衰えた』って感じするな。ずっと家にいるからかな?」
誠は無言で自身の体を見下ろした。
ほとんど外に出ないせいか、肌は不健康なほどに白く、筋力が落ちた体は以前より明らかにほっそりとしていた。
百合子が気を遣ってバランスの取れた食事を用意してくれてはいるが、その食事さえ最近は完食するのがやっとだ。
衰えている、というのは確かに言い得て妙なのかもしれない。十年間ほぼ引きこもりのような生活を続けて、誠の体と精神は間違いなくすり減っていた。
心療内科から処方されている薬もちゃんと飲んではいるが、正直効いているのかどうかもわからない。
夜彦もなにを考えているのかはわからないが、誠がひとりで外に出る練習をするときは、気まぐれに付き添ってくれることもある。
だが結局は、ひとりで玄関や車から一歩でも外に出ると途端に他人の目が怖くなって、誠はその場にうずくまってしまうのだ。
──なんて惨めだろう。
誠の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。
それでも、どうすればいいのか、どうすれば昔の自分に戻れるのか、わからないままだった。
「……お前さぁ、いまどんな気持ちなの?」
ふいに投げかけられた質問の意味がわからず、誠は夜彦の顔を見つめ返した。
夜彦は無邪気に見えるほど綺麗に笑っている。笑みを浮かべたままの唇が、弾んだ声で言葉を紡ぐ。
「嫌いな奴と結婚するしかなくて、そいつには一生逆らえなくて、オナホ代わりに使われて──自分が悠木雅臣にしようとしてたことがぜーんぶ自分に返って来て、いまどんな気持ちなの?」
夜彦の口から突然雅臣の名前が出たことにも驚かされたが、その内容にはさらに吐き気さえ覚えた。
とっさにキッと夜彦を睨んでしまった誠だったが、夜彦の笑った顔を見て、またすぐに俯く。
数年前、誠はこの男に激しく反抗したことがあった。
理由なんて覚えていない。ふとした瞬間、何かが爆発したように怒鳴り散らして、ただ無心に夜彦を罵ったのだ。
その後、どんな仕打ちをされたのか──思い出すだけでいまだに体が震えてくる。
54
お気に入りに追加
4,406
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です


孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。