十年先まで待ってて

リツカ

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過去話・後日談・番外編など

十年先 10

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 そうして、歪んだまま──壊れたまま大人になった夜彦は、いまもアルファ至上主義者のままだ。

 正論だの綺麗事だのは通じない。
 幼い頃から精神科のカウンセリングも受けているようだが、それでも常人になる気配は欠片もなかった。

 数年前から、オメガが起こした犯罪に対する報道規制や、減刑などの過剰な優遇措置はすべて撤廃されることになった。
 これもまた皮肉なことに、それを知った多くのベータが「不平等ではないか」と声をあげたことがきっかけだ。

 何はともあれ、これでオメガへの過剰な優遇や、理不尽な目に遭うアルファは確実に減る。
 それは夜彦のいままでの活動の成果であり、夜彦の望んだ世界でもあるだろう。

 ──しかし、それでも夜彦は変わらない。満たされない。戻らない。
 写真の中で笑う佐伯美夜が生き返らないのと同じように、一度壊れてしまったものが元に戻ることなんてないのだ。

 これからも、夜彦はアルファ至上主義者として生きていくのだろう。周りから『彼はかわいそうだから仕方ない』と諦めにも似た同情をされながら。その同情さえも、利用しながら。

 そして、誠もその隣で腐りながら生きていくしかないのだ。




 ◇◇◇




 誠はぶるりと身を震わせた。
 夜彦の母ことを思うと、未だに背筋がぞくりとする。
 別に、幽霊だの怨念だのを信じているわけではないが、なんとなく室内の空気が肌寒く感じられるのだ。

「寒いの?」

 ふと気付くと、スマートフォンを見下ろしていた夜彦の目が誠に向けられていた。それから、伸びて来た手がぐしゃぐしゃと雑に誠の髪を撫で回す。
 その手が頭に届いた瞬間、誠の体は反射的に強張ったが、誠は夜彦にされるがままじっと大人しくしていた。

 夜彦がククッと喉で笑う。

「お前、老けてはねぇけどさぁ、すげぇ『衰えた』って感じするな。ずっと家にいるからかな?」

 誠は無言で自身の体を見下ろした。
 ほとんど外に出ないせいか、肌は不健康なほどに白く、筋力が落ちた体は以前より明らかにほっそりとしていた。

 百合子が気を遣ってバランスの取れた食事を用意してくれてはいるが、その食事さえ最近は完食するのがやっとだ。
 衰えている、というのは確かに言い得て妙なのかもしれない。十年間ほぼ引きこもりのような生活を続けて、誠の体と精神は間違いなくすり減っていた。
 心療内科から処方されている薬もちゃんと飲んではいるが、正直効いているのかどうかもわからない。

 夜彦もなにを考えているのかはわからないが、誠がひとりで外に出る練習をするときは、気まぐれに付き添ってくれることもある。
 だが結局は、ひとりで玄関や車から一歩でも外に出ると途端に他人の目が怖くなって、誠はその場にうずくまってしまうのだ。

 ──なんて惨めだろう。

 誠の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。
 それでも、どうすればいいのか、どうすれば昔の自分に戻れるのか、わからないままだった。

「……お前さぁ、いまどんな気持ちなの?」

 ふいに投げかけられた質問の意味がわからず、誠は夜彦の顔を見つめ返した。
 夜彦は無邪気に見えるほど綺麗に笑っている。笑みを浮かべたままの唇が、弾んだ声で言葉を紡ぐ。

「嫌いな奴と結婚するしかなくて、そいつには一生逆らえなくて、オナホ代わりに使われて──自分が悠木雅臣にしようとしてたことがぜーんぶ自分に返って来て、いまどんな気持ちなの?」

 夜彦の口から突然雅臣の名前が出たことにも驚かされたが、その内容にはさらに吐き気さえ覚えた。
 とっさにキッと夜彦を睨んでしまった誠だったが、夜彦の笑った顔を見て、またすぐに俯く。



 数年前、誠はこの男に激しく反抗したことがあった。
 理由なんて覚えていない。ふとした瞬間、何かが爆発したように怒鳴り散らして、ただ無心に夜彦を罵ったのだ。

 その後、どんな仕打ちをされたのか──思い出すだけでいまだに体が震えてくる。
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