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過去話・後日談・番外編など
十年先 8
しおりを挟む後日、誠はネットで夜彦の母──佐伯美夜の事件のことを調べてみたが、報道規制もある上、さすがに二十年近く前の当時の情報はあまり残っていなかった。
ただ、一部のアルファの間では有名な話だったようで、いまもその悪質さや理不尽さはネット上で語り継がれているようだった。
夜彦の言った通り、なぜか被害者である夜彦の母が叩かれたことも事実だったらしい。
有志の手によっていくつか過去のログがまとめられているサイトがあり、そこには確かに一部ひどいコメントが残されていた。
《オメガはひとりで生きてくの大変なんだから、番にくらいなってあげたらよかったのに。アルファ様なのに心せっま》
《メンヘラオメガに金持ちアルファが殺されたなんて、庶民ベータからしたらどうでもいいよな。勝手に両方死んどけよって話》
《オメガは加害者だけど被害者でもあるよ。バース性格差が生んだ悲劇だね》
突然命を奪われた女性に対して同情的だったり、憤慨するコメントの方が圧倒的に多かったが、それに紛れるように夜彦の母の死を冒涜するコメントや、加害者のオメガを擁護するコメントは確かに点在していた。
いわゆる『被害者叩き』と呼ばれるものは、いまの時代もある。いや、きっといつの時代もあるのだろう。
夜道で女性が襲われたときに『夜遅くに女ひとりで外を出歩くからだ』と言ったり、詐欺被害にあった人に対して『こんなのに引っかかるなんて頭が悪い』と言い出すあれである。
世の中には、公正世界仮説にとらわれている人間や、単純に他人の不幸を喜ぶ性根の腐った人間が一定数いる。誠のように誰かを見下したくて仕方がない人間も少なくはない。
被害者叩きをする人々の大半は、おそらくそんな連中だろう。
しかし、佐伯美夜の死に対しての一部の世間の声には、明らかにアルファへの嫉妬のようなものが垣間見えた。
大企業の社長の娘で、夫はキャリア警察官で、幼い息子もアルファで、広い家で悠々自適に暮らしている──そんな恵まれたアルファが殺されたことに、彼らは間違いなく愉悦を感じていた。いい気味だと嘲っていた。
そこには明確で醜悪な悪意があった。
画面の向こうにそれで傷付く遺族がいることなど、きっと彼らは考えもしなかったのだろう。
いや、たった五歳だった少年がその悪意に押し潰されることなんて、きっと彼らはどうでもよかったのだ。
少年もまた、多くのベータにとって嫉みの対象である優秀で恵まれたアルファだったから。
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