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過去話・後日談・番外編など
十年先 6
しおりを挟む玄関の方からガタガタと騒がしい物音が聞こえたあと、ガチャンと扉を閉める音が響いた。
軽快な足音が徐々に近づいてきて、リビングの扉が開かれる。
「あれ、お前もう起きてたんだ」
意外そうに呟いてから、夜彦はあらためて「ただいま~」と気怠げにリビングを抜けて、キッチンの方へと向かって行く。そして、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを片手に戻ってくると、誠の隣のソファに腰を下ろした。
「お前飯食った? 百合子さんは買い物?」
誠が無言で頷くと、夜彦はふーんと言いながらスマートフォンを操作しはじめる。
「十七時にヘアセットの予約してるから、それまでに準備終わらせとけよ。スーツはこの前作ったやつな」
「……本当に俺も行かなきゃダメなのか?」
「ダメ。今日は特別だから」
いかにも嫌そうな誠の問いかけを即座に切り捨て、夜彦はにっこりと笑う。
どこか意味ありげなその笑みに、誠はなんとなく嫌な予感がした。夜彦がこういう笑い方をするときは、大抵碌なことにならないのだ。
大学時代はオレンジ色に染められていた夜彦の髪は、いまは白に近い金髪になっている。一時期は黒く染め直していたが、最近自身がモデルも務めるファッションブランドを立ち上げると同時に、また目立つ髪色に戻したのだ。
甘ったるい端麗な顔立ちのおかげか、一見すると物語の中の王子様のようにも見える。
良くも悪くも到底三十を超えているように見えないが、人を惹きつけながらもどこか近寄り難いそのカリスマ性は以前よりも増している気がした。
誠も夜彦の仕事を詳しく把握しているわけではないが、どうやら飲食店をいくつか経営しているらしい。最近では自身の容姿を活かしてモデル業にも手を出し、さらに服やアクセサリーのブランドも手がけているという話を百合子から軽く聞いていた。
それに加えて、オンラインサロンのサロンオーナーとしての収入もかなり大きいのだろう。誠からしたらただの信者ビジネス以外の何物でもないが、会員数は優に十万人を超えている。
月に数万払ってでも夜彦と交流を持ちたい人間がいることに誠は驚きを隠せないが、思い返せば大学時代の取り巻きたちもそんなものだった。
周りを惹きつける特別な魅力を持った男だということは、誠も認めている。
けれども、夜彦はどうしようもなく頭がイかれているのだ。
誠にとって夜彦は、人の皮を被ったモンスターのような存在だった。
『夜彦さんも、昔は本当に普通の子どもだったんですよ』
佐伯の家に来たばかりの頃、百合子は誠にそう言った。
悲しげな顔をする彼女の左腕には十センチに満たないくらいの切り傷を縫われた痕が残されており、それとよく似た傷痕が夜彦の胸の中央あたりから右腹部にかけて残っているのを誠は知っていた。
誠は無言で視線を動かし、いまは火の灯されていない暖炉の上に置かれている写真を見つめる。
タキシードを着た男性とウェディングドレスを着た女性の写真、女性が小さな赤ちゃんを抱いている写真、小さな男の子を連れた夫婦が動物園らしき場所にいる写真、この家の庭で白薔薇をバックに女性が小さな男の子を抱きしめている写真──他にも多くの写真が飾られており、そのすべてに穏やかに微笑む女性が写っていた。
写真の女性に抱きしめられている男の子には、どこか夜彦の面影があった。いや、夜彦本人なのだからあたりまえなのかもしれない。
しかし、はにかんだように笑う少年の表情は、いまの人形のように微笑む夜彦の表情とは似ても似つかない。
きっと、この少年はもうとっくの昔に死んでしまったのだ。
そして、代わりにいま誠の隣にいる化け物が生まれたに違いない。
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