ミルクはお好きですか?

リツカ

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後日談

即却下

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「……カルナ、どうしてそんな馬鹿なことを考えるんだ? あなたのミルクは俺とカノンのものなのに」

 シュラトの口調は穏やかだが、その深緑の瞳はいつもより冷ややかだった。
 背中に冷や汗がにじむのを感じながら、カルナは言い訳のように言葉を紡ぐ。

「いや、だって……家を大きくするならお金を貯めなきゃいけませんし……牛獣人のミルクは高値で売れるから……」
「ダメだ」

 また、即却下される。それも、まるで子どもを叱るような口振りで。
 そのシュラトの態度に少しムッとしたカルナは、食い下がるように反論した。

「でも、牛獣人が自分のミルクを売って生計を立てるのは別にめずらしいことじゃないらしいですよ。それに、俺のミルクは俺のものです。どうしようと俺の自由です」
「なんと言おうと絶対にダメだ」
「どうしてダメなんですか? ロウさんやノアさんにミルクをあげるのはなにも言わなかったのに」
「知り合いに譲るのと売り物にするのは全然違うだろ。相手がどんな奴でも、お金を払われたら断れないんだぞ」
「それは……」

 確かに、ジェシカが気持ち悪い客に絡まれているのを見たことはある。
 しかし、お客のほとんどは普通のひとたちだ。彼らは牛獣人のミルクをすごく美味しい牛乳として買い求めている。
 牛乳を興奮しながら飲むひとなどいないように、牛獣人のミルク自体にやましい気持ちを持っているひとはおそらく少ないはずだ。

「大丈夫ですよ。俺と俺のミルクのことをそういう目で見てるのなんて、シュラト様ぐらいですから」
「はぁ……」

 カルナは半分嫌味を込めて言ったのだが、シュラトには通じていないようだった。それどころか、シュラトは呆れたようにため息を吐く。

「カルナ、あなたは普通の牛獣人とは違うだろ? あなたのミルクが特別だって周りにバレたらどうするんだ?」
「あ……」
「それに、カルナはすごく可愛いから、きっと変な奴が寄ってくる」
「…………」

 後半はまた変なことを言っているなと思ったが、前半の言葉はもっともだった。
 カルナの母は『万能薬』と評されるポーションのような効果のあるミルクを出せる一族の牛獣人で、カルナもしっかりその血を引いていた。
 その特別なミルクのおかげで過去にシュラトを助けることもできたが、そんなミルクが出せることは当然周りには隠している。亡き母にも注意するよう口を酸っぱくして教えられたし、もしバレたら大変なことになるのはカルナにも簡単に想像できた。
 現状カルナのミルクが特別なことを知っているのは、母の故郷の牛獣人たちと、夫のシュラトだけだ。

 カルナはしゅんと肩を落とす。

「……そうでしたね。考えなしなことを言ってごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃない。カルナが考え直してくれるならそれでいいんだ」

 微笑んだシュラトはゆっくりと椅子から立ち上がった。そして、軽い足取りでカルナの元にやってくると、背後からカルナを抱き締める。

「カルナ」

 甘い声で名前を呼ばれると、腰の辺りがずくりと疼く。
 カルナは息を呑んだ。

「シュ、シュラト様……」
「あなたは無防備だから、たまにすごく心配になる」
「無防備だなんて……確かにずっと森で暮らしてきたので、世間知らずなところはありますけど……」
「そういう問題じゃない」
「っ!」

 体に回された手が、ゆっくりと這うようにカルナの肌の上を服越しに滑っていく。
 蛇に巻き付かれたかのようなその抱擁に、カルナの心臓がどきどきと早鐘を打った。
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