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後日談
帰る家
しおりを挟む後日談。
本編の五年後くらい。
最近自分で読み返して懐かしくなったので、ほぼ一年ぶりに書きました!
カルナとシュラトと、ふたりの娘のカノンのお話です。
+++++++
山で木を切り、それを翌日街で売るのが木こりのカルナの仕事だ。
数年前まではほぼ日課のような仕事だったが、最近は週に二回程度に頻度を落としている。騎士のシュラトと結婚してからは昔よりも金銭的な余裕ができたし、それに──
「カノン! あんまり遠くで遊ばないで! 俺から離れちゃダメだよ!」
「がう!」
元気よく返事をして、今年三歳になったばかりの娘──狼獣人のカノンがとてとてとカルナの元に駆けてくる。
その手には手頃な長さの木の棒があり、ぶんぶんと棒を振り回しながら、足元の伸び切った草を掻き分けているようだった。
──俺も子どもの頃に似たようなことしてたなぁ……親の仕事に付いて行ってもできることないし、暇なんだよな。
カルナは苦笑しながら、小さなカノンを抱き上げる。
茶色い髪に、深緑の瞳。幼いながらに整った愛らしい顔立ち。ころころと変化する表情。
夫のシュラトによく似た面立ちのカノンは、カルナにとって目に入れても痛くないほど可愛い娘だった。いや、もちろんシュラトにとっても可愛い娘に違いない。
両親からこれでもかと愛情を注がれて育つカノンは、毎日すくすくと成長していた。
「今日切った薪を、明日ふたりで街に売りに行こうね。あと、帰りにお菓子屋さんでカノンの好きなクッキーも買おう」
「がう!」
カノンは満面の笑みを浮かべて頷く。
赤ちゃんの頃からカノンは「がう!」とよく鳴く。返事や相槌代わりに使っているときもあるが、おそらくこれといって意味はない。
最初はカルナも心配したが、シュラトの弟たちも小さな頃は「がうがう」と口にしていたとシュラトに聞いて安心した。狼獣人の子どもにはよくあることなのかもしれない。
……いや、もしかしたらカルナも物心つく前は「モーモー」と鳴いていたのだろうか。
そんなことを考えていたカルナがくすりと笑うと、腕の中のカノンが「がう?」と首を傾げる。
カルナはカノンを見下ろし、ふふっと優しく笑う。
「そろそろお家に帰ろうか。パパが帰ってくる前に夕飯作らなきゃね」
「ごはん! ごはん!」
はしゃぐカノンを抱いたまま、カルナは家へと帰る。
両親とともに暮らした、たくさんの思い出がある家に──シュラトとカノンとともに暮らす、大切な家に。
カルナとカノンが家の前にたどり着いたとき、すでに室内に明かりが灯っていた。ちらりと自宅の裏手に視線をやると、馬小屋に馬が繋げられている。
カノンもそれに気付いたらしく、カノンはカルナの腕の中から抜け出し、家の扉のほうへと駆けていく。
「パパ! パパ!!」
大声で呼ぶカノンが扉の前にたどり着く前に、ガチャっと音を立てて玄関のドアが開かれる。
現れたシュラトは自身の胸に飛び込んできたカノンを抱き上げ、そのまま両腕で高く持ち上げる。高い高いをされたカノンはキャッキャと楽しそうに笑っていた。
カルナも頬を緩め、シュラトへと早足で歩み寄る。
「おかえりなさい」
「ただいま。……いや、俺がおかえりを言う方じゃないか?」
言いながら、カルナを捉えた深緑の目がうっとりと細められた。
カノンを胸に抱いたシュラトは、そのままカルナの頬にキスを落とし、軽く頬擦りをする。
「カノンも! カノンも!」
「はいはい」
微笑んで、シュラトはカノンの頬にも軽くキスをした。
カノンはうれしそうに笑い、シュラトの腕の中からぴょんと飛び降りる。そして、弾むような足取りで先に家の中へと入っていった。
「カノン、ちゃんと手洗ってね!」
カルナが叫ぶと、「がう!」とまた元気の良い声が返ってくる。
カルナとシュラトはくすりと笑ってから、再び視線を交えた。
「今日は早かったんですね」
「ああ。カルナとカノンの顔が見たくて、すぐに帰ってきた」
言って、シュラトは両腕でカルナを抱き締める。
「カルナ、俺の可愛い奥さん」
甘い声で囁かれ、カルナは照れたように苦笑する。
結婚して五年経っても、シュラトの口癖は変わらない。いや、それどころか、シュラトのカルナへの愛は年々大きくなっているような気さえした。
でも、別に嫌ではない。
むしろ、すごく幸せだ。
カルナはシュラトの腕の中でうっとりと瞼を落とす。
温かくて、心地よくて、微睡んでしまう。
──ずっとこうしていたい。
そんなことをカルナが考えていると……
「~~もうっ、ごはん! ごはん!!」
いつまでも家の中に入ってこない両親に痺れを切らしたのか、再び玄関にやってきたカノンが地団駄を踏む。
その様子を見て、抱き合っていたカルナとシュラトは吹き出すように小さく笑った。
「はいはい、いまから作るからね」
「ミルクも!」
「わかってるよ。カノンの好きなホットミルクにしてあげるからね」
「がう!」
満足げに頷くカノンの笑みに、カルナとシュラトの頬も緩む。
シュラトの腕に腰を抱かれたカルナはシュラトに寄り添い、長年住み慣れた愛しい我が家にゆっくりと足を踏み入れた。
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