52 / 57
52.母の親友
しおりを挟む男はコールと名乗り、亡き母の墓参りに来たのだと言った。
たしかにその名は母から聞いたことのある母の親友の名で、母が死んだあとにカルナが手紙を出した三人のうちのひとりだった。
「こっちです」
カルナは森の奥へと進み、コールを両親の墓まで案内する。
五年もたって、今更なんのつもりだと思わないでもなかった。だが、母が生きていたらきっと喜んで出迎えただろうと思ったのだ。
母の思い出話に、コールはよく出てきた。無骨な男で、体が大きくて、同じ年に生まれた母とコールは親友で、家族よりも近い存在だったのだという。
どこに行くのも一緒で、母はいつか自分とコールは結婚するのだと思っていたらしい。
しかし、そこに父が現れた。
一人旅の最中、母の村に立ち寄った父に恋してしまった母は、家族や群れの反対を押し切って、父を追って村を出たのだという。
『あいつはたぶん俺に惚れてた』
コールの話をするたび、母は得意げにそう言った。
いま思うとそんな顔で言うことじゃないだろうとも思うのだが、母にとってはそれも大切な思い出のひとつだったのだろう。
両親の墓は、森の奥の少し開けたところにあった。最近もシュラトと共に何度か訪れているので、墓石もその周辺も綺麗な状態だ。
しゃがみ込んだコールは墓の前で手を合わせ、目を閉じる。なにを語りかけているのかはわからないが、その時間はとても長かった。
長い長い沈黙のあと、ようやく立ち上がったコールはカルナを振り返った。
「突然やってきて悪かったな」
「いえ、母も喜んでると思います」
「五年前は手紙を受け取らなかったくせに、今更来やがってと思っただろ」
「そんなことは……」
ない、とは言い切れない。
五年前に味わったあの悲しみと悔しさは、まだカルナの胸に燻ぶっていた。
コールは自嘲的な笑みを浮かべる。
「別に罵りたきゃ罵ってくれてもいい。俺もそのぐらいは覚悟してここにきた」
「罵るなんて、そんなつもりはないです。ただ……どうしていまになって来てくださったんですか?」
コールは少しだけ黙ったあと、大きく肩をすくめて答えた。
「……馬鹿らしくなったからだ。もうすぐ四十なのに、いつまでも死んだ男を気にしてうだうだしてる自分が嫌になった」
「コールさんは、母のことが好きだったんですか?」
その瞬間、やけに静かな目でコールがカルナを見下ろす。
「……あまり似てないと思ったが、そういうデリカシーのないところはルドガーにそっくりだな」
「す、すみません……」
カルナは羞恥に顔を赤くしながら謝る。
すると、コールがククッと低く笑った。その目は哀愁で満ちている。
「みんなあいつが好きだった。ルドガーは俺たちの群れの太陽だった。……でも、あいつは俺たちよりもお前の父親を選んだ。村を出て、結婚して、幸せになって、惚れた男と一緒に死んだ。……俺たちは勝手に裏切られたような気持ちになって、怒って、悲しんで、あいつを恨んだ。本当はあいつが俺たちを捨てたわけじゃないことも分かっていたが、どうしても受け入れられなかった」
コールは穏やかにも見える疲れ切った表情を浮かべて、静かに言葉を続けた。
「本当はもっと早く来るべきだった。手紙の返事を書けなくて、すまない」
カルナはゆっくりと首を横に振る。
「来てくださって、ありがとうございます」
素直な気持ちでお礼を言えた。
このひとも本当に母のことを愛していたのだとわかった気がした。そして、ずっと苦しんでもいたのだろう。
母はちっとも惨めなんかじゃなかった。
きっと、カルナ以外にも母の死を悲しんだひとはたくさんいた。
たくさんのひとに愛されて、父とカルナに愛されて、父の腕の中で父とともに母は死んだのだ。
カルナは長年の胸のつかえがスッと取れたような気分だった。
そして、穏やかな目でコールを見上げる。
「あの、まだお時間は大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫といえば大丈夫だが……」
訝しむような顔をしたコールに、カルナはにこっと笑いかける。
「夕方になったら俺の伴侶が帰ってくるので、会っていただけませんか? 母の親友だったひとに、できれば俺の大好きなひとを紹介したくて」
「……図々しいとこもそっくりか」
苦笑しながらも、コールは小さく頷いてくれた。
カルナは軽い足取りで、コールとともに来た道を戻る。
帰るのだ。両親と暮らした、シュラトと暮らすあの小さな家に。
「世界一かっこよくて、世界一優しいひとなんです」
惚気るカルナは少しだけ得意げに微笑む。
それを見て、コールはどこか懐かしげに目を細め、穏やかに微笑み返してくれた。
(終)
+++++++
これで完結になります。
閲覧並びにお気に入り登録や感想などいままでありがとうございました!
68
お気に入りに追加
2,399
あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる