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52.母の親友

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 男はコールと名乗り、亡き母の墓参りに来たのだと言った。

 たしかにその名は母から聞いたことのある母の親友の名で、母が死んだあとにカルナが手紙を出した三人のうちのひとりだった。



「こっちです」

 カルナは森の奥へと進み、コールを両親の墓まで案内する。
 五年もたって、今更なんのつもりだと思わないでもなかった。だが、母が生きていたらきっと喜んで出迎えただろうと思ったのだ。

 母の思い出話に、コールはよく出てきた。無骨な男で、体が大きくて、同じ年に生まれた母とコールは親友で、家族よりも近い存在だったのだという。
 どこに行くのも一緒で、母はいつか自分とコールは結婚するのだと思っていたらしい。

 しかし、そこに父が現れた。
 一人旅の最中、母の村に立ち寄った父に恋してしまった母は、家族や群れの反対を押し切って、父を追って村を出たのだという。

『あいつはたぶん俺に惚れてた』

 コールの話をするたび、母は得意げにそう言った。
 いま思うとそんな顔で言うことじゃないだろうとも思うのだが、母にとってはそれも大切な思い出のひとつだったのだろう。



 両親の墓は、森の奥の少し開けたところにあった。最近もシュラトと共に何度か訪れているので、墓石もその周辺も綺麗な状態だ。

 しゃがみ込んだコールは墓の前で手を合わせ、目を閉じる。なにを語りかけているのかはわからないが、その時間はとても長かった。

 長い長い沈黙のあと、ようやく立ち上がったコールはカルナを振り返った。

「突然やってきて悪かったな」
「いえ、母も喜んでると思います」
「五年前は手紙を受け取らなかったくせに、今更来やがってと思っただろ」
「そんなことは……」

 ない、とは言い切れない。
 五年前に味わったあの悲しみと悔しさは、まだカルナの胸にくすぶっていた。

 コールは自嘲的な笑みを浮かべる。

「別に罵りたきゃ罵ってくれてもいい。俺もそのぐらいは覚悟してここにきた」
「罵るなんて、そんなつもりはないです。ただ……どうしていまになって来てくださったんですか?」

 コールは少しだけ黙ったあと、大きく肩をすくめて答えた。

「……馬鹿らしくなったからだ。もうすぐ四十なのに、いつまでも死んだ男を気にしてうだうだしてる自分が嫌になった」
「コールさんは、母のことが好きだったんですか?」

 その瞬間、やけに静かな目でコールがカルナを見下ろす。

「……あまり似てないと思ったが、そういうデリカシーのないところはルドガーにそっくりだな」
「す、すみません……」

 カルナは羞恥に顔を赤くしながら謝る。
 すると、コールがククッと低く笑った。その目は哀愁で満ちている。

「みんなあいつが好きだった。ルドガーは俺たちの群れの太陽だった。……でも、あいつは俺たちよりもお前の父親を選んだ。村を出て、結婚して、幸せになって、惚れた男と一緒に死んだ。……俺たちは勝手に裏切られたような気持ちになって、怒って、悲しんで、あいつを恨んだ。本当はあいつが俺たちを捨てたわけじゃないことも分かっていたが、どうしても受け入れられなかった」

 コールは穏やかにも見える疲れ切った表情を浮かべて、静かに言葉を続けた。

「本当はもっと早く来るべきだった。手紙の返事を書けなくて、すまない」

 カルナはゆっくりと首を横に振る。

「来てくださって、ありがとうございます」

 素直な気持ちでお礼を言えた。
 このひとも本当に母のことを愛していたのだとわかった気がした。そして、ずっと苦しんでもいたのだろう。

 母はちっとも惨めなんかじゃなかった。
 きっと、カルナ以外にも母の死を悲しんだひとはたくさんいた。
 たくさんのひとに愛されて、父とカルナに愛されて、父の腕の中で父とともに母は死んだのだ。

 カルナは長年の胸のつかえがスッと取れたような気分だった。
 そして、穏やかな目でコールを見上げる。

「あの、まだお時間は大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫といえば大丈夫だが……」

 訝しむような顔をしたコールに、カルナはにこっと笑いかける。

「夕方になったら俺の伴侶が帰ってくるので、会っていただけませんか? 母の親友だったひとに、できれば俺の大好きなひとを紹介したくて」
「……図々しいとこもそっくりか」

 苦笑しながらも、コールは小さく頷いてくれた。

 カルナは軽い足取りで、コールとともに来た道を戻る。
 帰るのだ。両親と暮らした、シュラトと暮らすあの小さな家に。

「世界一かっこよくて、世界一優しいひとなんです」

 惚気るカルナは少しだけ得意げに微笑む。
 それを見て、コールはどこか懐かしげに目を細め、穏やかに微笑み返してくれた。


(終)


+++++++

これで完結になります。
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