46 / 57
46.ポジティブ
しおりを挟む「シュ、シュラト様……」
「夕食は外に食べに行こう。いつもより良い店がいいな。今日は特別な日だから」
「いや、今はそんなことはどうでもよくてですね……」
「家の中でゆっくりしたいのか?」
「……とりあえず、夕食の話は後にしましょうか」
カルナはシュラトの手を引いて、ふたりでソファに腰を下ろした。
そして、その硬い手に触れながら、カルナは静かに口を開く。
「クビになりそうっていうのは、団長さんに認めてもらえなかったってことですか?」
「まあ、そういうことになるな」
シュラトはあっけらかんと答えたが、カルナは軽くショックを受けていた。なんだかんだで認めてもらえるのではないかと期待していた自分の能天気さが嫌になる。
そんなカルナの落胆を知ってか知らずか、シュラトは何かを思い出したようにくつくつと低い笑い声をあげた。
「さっきの団長は見ものだった。あんなにブチ切れてるところは俺も初めて見たな」
「笑い事じゃないですよ……」
「他人が身勝手に腹を立てている様子はなかなか面白いぞ」
悠然と笑うシュラトを、カルナは少し困った表情で見上げる。
カルナを落ち込ませないようあえて明るく振る舞っているのか、それとも素なのか、正直わからない。
戸惑うカルナを見つめ返し、シュラトは笑ったままやんわりとカルナの手を握り返す。
「そんな顔しなくてもいいだろう。あなたが俺の隣に居てくれるだけでなんだって笑い事だ。大丈夫、なるようになる」
「……本当に?」
「ああ。騎士を辞めさせられたって、すぐに仕事は見つかるさ。……そうだ、カルナと一緒に木こりをやってもいいな。俺は手先が器用だから、カルナの父君みたいに家具作りもできるかもしれない」
そうしたら一日中一緒にいられるな、とシュラトはうっとりした顔で呟く。
楽観的ではあるが、そんな生活も悪くはないのかも……と、カルナも頭の片隅でシュラトとの木こり生活を想像してしまった。
両親と暮らしていたとき、貧しくも家族三人で平穏に生活できていたのは、なんといっても父の存在が大きい。
父は木こりであり、家具職人でもあった。趣味に毛が生えた程度のものだと本人は謙遜していたが、実際買い手がいたのだから、商売として成立していたということだろう。
手先が器用だった父は、木で作れるものは大抵作れた。父の作った家具や小物は長持ちすると人伝てに人気が広がり、あの事故が起きる前は割りと繁盛していたのだ。
──当分はふたりでの生活だろうし、それも悪くないのかもな……いや、いやいや、家具作りってそんな簡単な仕事じゃないよ。俺も何度か父さんに教わったけど無理だったし。……でも、シュラト様って基本的になんでもできるひとだからな……
騎士になれた経緯も、要領が良かったからだとシュラトは言っていた。おまけに、シュラトは料理や洗濯などの手際もいいし、馬の扱いにも慣れていて、釣りも上手い。むしろ、シュラトが何かに手こずっているところを、カルナは一度も見たことがなかった。
それを考えると、案外、本当に家具も作れてしまうのかもしれない。そうじゃなくても、新しい仕事なんてすぐに見つかるだろう。
「当面の蓄えもあるし、あと、もし故郷の家族に縁を切られたら仕送りも必要なくなるから、その分また金銭的な余裕ができるな」
──それに、めちゃくちゃポジティブなんだよな……今のセリフをポジティブと捉えていいのかはわからないけど。
カルナは小さく苦笑した。
深緑の瞳は、相変わらずご機嫌にカルナを見つめている。
64
お気に入りに追加
2,402
あなたにおすすめの小説


初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる