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45.報告
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獣人の国にも婚姻の制度はもちろんあるが、王族や貴族以外でちゃんと国に届を出すものはそう多くない。
単純に手続きが面倒くさいのと、親族に結婚の報告をした後で一緒に暮らし始める事実婚が庶民の中では一般的だからだ。
なので、シュラトに婚姻届を渡されたときはカルナも少し驚いた。
届を出すのが嫌というわけではない。
ただ、こうやって書面に残るのだと思うと少し緊張する。
「書いてくれるか?」
「は、はい……」
羽根ペンを持つカルナの手はかすかに震えていたが、なんとか名前などの必要事項を記入することができた。
達筆なシュラトの字と見比べると、子どもの書いた字のように見えて恥ずかしい。
それでもシュラトは微笑ましそうな顔をして、「あなたの字は丸っこくて可愛いな」と褒めてくれた。
その後、シュラトは婚姻届を丁寧に折り畳むと、それを懐に仕舞い、静かに立ち上がる。
「じゃあ、いまから役場に出してくる」
「いまからですか?」
「ああ。早いに越したことはないだろう。ついでに騎士団の方にも報告してくる。すぐ戻るから、カルナはゆっくりしててくれ」
「えっ、あ、シュラト様っ?」
カルナが止める前に、シュラトは颯爽と家を出て行ってしまう。慌ててカルナが窓に駆け寄った時には、既にシュラトは馬に乗って役場がある方向へと出発した後だった。
遠のいていく後ろ姿を見送りながら、カルナは不安そうに手を口元に当てる。
「大丈夫かな……」
騎士団に報告するということは、例の団長に報告するということだろう。
いまはカルナも、なにがあってもシュラトとともに生きていく心算ではあるが、なるべくシュラトに幸せでいてほしいという気持ちに変わりはない。騎士という仕事を失ってほしくないし、故郷の家族とも良好な関係でいてほしいとも思っている。
──ちゃんと許してもらえるかな……そうだったらいいな……
リビングのソファでひとり、カルナは祈るような気持ちでシュラトの帰りを待った。
シュラトが家を出て二時間ほど経った頃、遠くから馬の蹄の音が近づいてくるのに気付いたカルナは、ふらつく足で玄関へと向かう。
「カルナ!」
カルナが扉を開けると同時に、馬から降りたシュラトが玄関へと飛び込んできた。
その勢いのままシュラトはぎゅうっとカルナを抱きしめ、奪うように深く口付ける。昨夜の情事を思い起こさせる、荒々しくも官能的なキスだった。
「ッん……んぁ、ふ……」
「……カルナ、俺の可愛い奥さん」
長いキスを終え、シュラトは頬を上気させながら甘い声で囁いた。
カルナはシュラトに強く抱き締められた体勢のまま、呼吸を落ち着けるため何度も深く息を吸い込む。
よほど良いことがあったのだろうか。
歯を見せて笑うシュラトを期待のこもった目で見上げて、カルナは短く尋ねる。
「どうでしたか?」
「ちゃんと届は出してきた。俺たちは今日から正式に夫婦で家族だ」
シュラトの目は無邪気な子どものようにキラキラと輝いて見えた。その嬉しそうな様子に、カルナの顔もほころぶ。
気持ち的には昨日の時点でもう夫婦のつもりではあったが、書類上でも夫婦になれたというのは素直にうれしい。
ただ……カルナが気掛かりのは、もう一つのことについてだった。
「それで、その、騎士団の方は……?」
「ああ、そっちもちゃんと報告してきた。本当にクビになりそうだ」
「……ん?」
カルナは耳を疑った。だって、シュラトはにこにこと笑ったままなのだ。
クビになりそうだと言われた気がするが、こんな笑顔でそんな報告をするなんてあり得るだろうか。否、あり得るはずがない。
しかし、そんなカルナの思いも虚しく、シュラトは先ほどと同じ言葉を弾んだ声でもう一度繰り返す。
「本当にクビになりそうだ」
──いや、そんな嬉しそうな顔で二度も言うことじゃないですよ……
カルナはどこか遠い目をしながら、浮かべていた笑みをヒクヒクと引き攣らせた。
単純に手続きが面倒くさいのと、親族に結婚の報告をした後で一緒に暮らし始める事実婚が庶民の中では一般的だからだ。
なので、シュラトに婚姻届を渡されたときはカルナも少し驚いた。
届を出すのが嫌というわけではない。
ただ、こうやって書面に残るのだと思うと少し緊張する。
「書いてくれるか?」
「は、はい……」
羽根ペンを持つカルナの手はかすかに震えていたが、なんとか名前などの必要事項を記入することができた。
達筆なシュラトの字と見比べると、子どもの書いた字のように見えて恥ずかしい。
それでもシュラトは微笑ましそうな顔をして、「あなたの字は丸っこくて可愛いな」と褒めてくれた。
その後、シュラトは婚姻届を丁寧に折り畳むと、それを懐に仕舞い、静かに立ち上がる。
「じゃあ、いまから役場に出してくる」
「いまからですか?」
「ああ。早いに越したことはないだろう。ついでに騎士団の方にも報告してくる。すぐ戻るから、カルナはゆっくりしててくれ」
「えっ、あ、シュラト様っ?」
カルナが止める前に、シュラトは颯爽と家を出て行ってしまう。慌ててカルナが窓に駆け寄った時には、既にシュラトは馬に乗って役場がある方向へと出発した後だった。
遠のいていく後ろ姿を見送りながら、カルナは不安そうに手を口元に当てる。
「大丈夫かな……」
騎士団に報告するということは、例の団長に報告するということだろう。
いまはカルナも、なにがあってもシュラトとともに生きていく心算ではあるが、なるべくシュラトに幸せでいてほしいという気持ちに変わりはない。騎士という仕事を失ってほしくないし、故郷の家族とも良好な関係でいてほしいとも思っている。
──ちゃんと許してもらえるかな……そうだったらいいな……
リビングのソファでひとり、カルナは祈るような気持ちでシュラトの帰りを待った。
シュラトが家を出て二時間ほど経った頃、遠くから馬の蹄の音が近づいてくるのに気付いたカルナは、ふらつく足で玄関へと向かう。
「カルナ!」
カルナが扉を開けると同時に、馬から降りたシュラトが玄関へと飛び込んできた。
その勢いのままシュラトはぎゅうっとカルナを抱きしめ、奪うように深く口付ける。昨夜の情事を思い起こさせる、荒々しくも官能的なキスだった。
「ッん……んぁ、ふ……」
「……カルナ、俺の可愛い奥さん」
長いキスを終え、シュラトは頬を上気させながら甘い声で囁いた。
カルナはシュラトに強く抱き締められた体勢のまま、呼吸を落ち着けるため何度も深く息を吸い込む。
よほど良いことがあったのだろうか。
歯を見せて笑うシュラトを期待のこもった目で見上げて、カルナは短く尋ねる。
「どうでしたか?」
「ちゃんと届は出してきた。俺たちは今日から正式に夫婦で家族だ」
シュラトの目は無邪気な子どものようにキラキラと輝いて見えた。その嬉しそうな様子に、カルナの顔もほころぶ。
気持ち的には昨日の時点でもう夫婦のつもりではあったが、書類上でも夫婦になれたというのは素直にうれしい。
ただ……カルナが気掛かりのは、もう一つのことについてだった。
「それで、その、騎士団の方は……?」
「ああ、そっちもちゃんと報告してきた。本当にクビになりそうだ」
「……ん?」
カルナは耳を疑った。だって、シュラトはにこにこと笑ったままなのだ。
クビになりそうだと言われた気がするが、こんな笑顔でそんな報告をするなんてあり得るだろうか。否、あり得るはずがない。
しかし、そんなカルナの思いも虚しく、シュラトは先ほどと同じ言葉を弾んだ声でもう一度繰り返す。
「本当にクビになりそうだ」
──いや、そんな嬉しそうな顔で二度も言うことじゃないですよ……
カルナはどこか遠い目をしながら、浮かべていた笑みをヒクヒクと引き攣らせた。
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