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44.一ヶ月後
しおりを挟む「あら、カルナじゃない!」
久し振りにカルナが街に降りた日のこと。
先日のように道端でミルクを売っていたらしいジェシカがカルナに気付き、笑顔でカルナのもとへ駆け寄ってきた。相変わらず波立つ黒髪が美しい女性だ。
カルナの目の前に立ったジェシカは一瞬目を丸くしたあと、クンクンと匂いを嗅ぐような仕草をする。
「久しぶりに会えたと思ったらこんなにマーキングされて……あっ! 指輪までしてる!」
「まあ、それはその、色々あって……とにかくお久しぶりです」
「そうね。元気そうでよかったわ。……まだ時間はある? 良かったらちょっと話しましょうよ」
そう言ったジェシカに半ば強引に腕を引かれ、カルナはジェシカのミルク売り場へと連れて行かれた。
ちょっと待ってて、と言った彼女は残りのミルクをテキパキと売り切ると、『完売』と書いた板を店先に立てる。
そして、改めてカルナに向き直ったジェシカはにこにこと明るく微笑んだ。
「またすぐ会えるだろうと思ってたのに、一ヶ月も姿が見えなかったから心配してたのよ。もしかしたら、あの独占欲強そうな彼氏に監禁でもされてるんじゃないかって!」
「ま、まさか……」
ははは……とカルナは空笑いする。
実際危うい瞬間もあったが、別にこの一ヶ月シュラトの家に閉じ込められていたわけではなかった。むしろ、外に出ていた時間の方が長かったかもしれない。
ジェシカはカルナの左手を取り、じっくりと薬指にはめられた指輪を見つめる。
「それにしても、高そうな指輪ね……もしかして、結婚指輪?」
「……はい」
ジェシカの問いかけにカルナが照れながら頷くと、彼女はパァッと花が咲いたように笑った。
「おめでとう、カルナ! 相手はこの前の狼さんよね? 素敵だわ!」
「ありがとうございます」
まるで自分のことのように喜んでくれるジェシカの姿に、カルナはなんだか胸が熱くなる。
ジェシカの恋人も肉食の虎獣人だと言っていたので、同じ牛獣人として彼女の中で込み上げるものがあるのかもしれない。
「じゃあ、この一ヶ月、いろいろ大変だったでしょう。異種族の結婚は揉めるって聞くもの」
「ええ、まあ……」
カルナは曖昧に笑い返す。
確かにこの一ヶ月、慌ただしくてあっという間だった。
なにより、プロポーズを受けた翌日が一番大変だったのだ。
◇◇◇
あの日──シュラトからのプロポーズを受け入れた翌日、カルナはいつもより遅い時間に目を覚ました。
「おはよう、カルナ」
「おはようございます……」
起き上がって寝惚け眼をこするカルナの額に口付けながら、先に目覚めていたらしいシュラトは上機嫌な笑みを浮かべていた。
その後、足腰が立たないカルナはシュラトに抱き抱えられてダイニングに向かい、シュラトが用意してくれていたらしい朝食をふたりで食べる。
一緒に朝食を共にしたことなんて何度もあるが、今日は一段と特別に思えた。
照れくさくて、シュラトと目が合うたびにカルナの頬はほのかに赤く色付く。
そうして食事を終えたあと、カルナを見つめるシュラトが徐に口を開いた。
「カルナは、文字は書けるんだよな?」
「文字、ですか? 簡単なやつなら書けますけど……」
学校に通ってはいなかったが、家で父に教わっていたので簡単な文字の読み書きくらいはできる。母の故郷に送った手紙も、拙いながらもちゃんと自分で書いたものだった。
しかし、シュラトはなぜ今そんなことを聞くのか。
カルナが不思議そうに小首を傾げると、シュラトは近くの棚から一枚の紙を取り出し、無言でカルナの前に差し出した。
受け取った直後、その紙がいったい何なのかに気付いたカルナは目を丸くしてシュラトを見上げる。
「ちゃんと届を出すんですか?」
「ああ、その方がいいだろう。周りにガタガタ言われても黙らせやすいしな」
満面の笑みを浮かべながらどこか物騒なことを言うシュラトから目を逸らし、カルナはシュラトに手渡された用紙に目を落とす。
それは、いわゆる婚姻届と呼ばれるものだった。しかも、シュラトが書く欄は既に記入済みである。
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