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30.自信がない
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国防を担う騎士は、この獣人の国では一、二を争う花形職だ。
毎年、何千人もの少年少女が騎士学校の入学試験を受け、それでも入学できるのは数百人のみ。卒業後に騎士団への入団試験に受かって正式に騎士になれる者は、おそらくもっと少ないのだろう。
にもかかわらず、特別な努力はしていないというのはいったいどういうことなのか──カルナはシュラトを見つめたまま目をぱちぱちと瞬かせる。
──謙遜? それとも、俺が気にしているから嘘をついてるとか……?
「……えっと、本当は小さな頃から努力して騎士になったんですよね?」
「? ……まあ、昔から剣の稽古には付き合わされていたが」
「剣の稽古に付き合わされていた……?」
少し引っかかる言葉にカルナが首を傾げると、シュラトは頷きながら答える。
「ああ。幼馴染のロウが騎士になりたいって言うから、小さい頃からあいつの稽古に付き合わされていたんだ。それで、ロウが騎士学校の入学試験にあっさり受かったから、なら俺もいけるんじゃないかと思って次の年の入学試験を受けたら、本当に受かった」
「そ、そんな簡単に入れるものなんですか? 噂では狭き門だと聞いてますけど……」
シュラトは少し得意げにニッと笑う。
「自慢じゃないが、子どもの頃から要領良くなんでもできるほうだったんだ。運動神経も良かったし、学校には行ってなかったが、家で文字の読み書きも勉強していたしな」
シュラトの言葉に、カルナはしばし呆気に取られていた。
つまり、軽い気持ちで入学試験を受けたら持ち前のポテンシャルで合格できて、そのまま騎士にもなれたということだろうか。
俄には信じ難いが、シュラトに嘘をついている様子はなかった。
ハッとしたカルナは、食い下がるように質問を重ねる。
「──で、でもっ、もちろん騎士の仕事には誇りを持ってるんですよねっ?」
「まあそうだが……なんだかそうじゃないと困るような聞き方だな?」
「…………いえ、そんなことは……」
カルナはばつが悪そうに目を泳がせる。
それを見て、シュラトは喉の奥で小さく笑った。
「さっきから、必死で俺と別れる理由を探してるみたいだ」
「……」
「引っ込みがつかなくなったんだろうが、素直にやっぱり別れたくないって言えばいいだけの話だと思うぞ?」
「そ、そんなわけ……」
ない、と言い切れるのだろうか。
絶対に別れなければと決意してきたはずが、あれよあれよという間にシュラトの言葉に絆されかけているカルナがいる。
そもそも、シュラトに幸せになってほしいという思いから別れを切り出したのに、故郷の家族や騎士の仕事よりもカルナの方が大事なのだと言われてしまえば、カルナに返す言葉はないはずなのだ。
しかし──
「……俺には、シュラト様を幸せにできる自信がありません……」
尤もらしい理由を並べ立ててきたものの、結局カルナがシュラトと別れなければと思った一番の理由はそれなのかもしれない。
カルナは力なく呟いたあと、口惜しさに深く項垂れた。
あの日、騎士たちの話を聞いて、カルナは途端に自分がちっぽけな存在に思えた。
シュラトは美形で、誇り高い騎士で、故郷には家族もいて──対するカルナは、凡庸で、ただの木こりで、家族どころか友人もいない。
ふたりきりで過ごす時間が多くて見過ごしていたが、シュラトはカルナには不相応な恋人だった。いや、幸せだったから気付かないふりをしていただけなのだろうか。
そもそも、釣り合いがとれている、いないどころの話でもない。
このままでは、カルナはシュラトに何も与えられないどころか、シュラトからたくさんのものを奪ってしまう。
カルナが恐れているのは、シュラトが不幸になってしまうことであり、他でもないカルナ自身がシュラトを不幸にしてしまうことだった。
毎年、何千人もの少年少女が騎士学校の入学試験を受け、それでも入学できるのは数百人のみ。卒業後に騎士団への入団試験に受かって正式に騎士になれる者は、おそらくもっと少ないのだろう。
にもかかわらず、特別な努力はしていないというのはいったいどういうことなのか──カルナはシュラトを見つめたまま目をぱちぱちと瞬かせる。
──謙遜? それとも、俺が気にしているから嘘をついてるとか……?
「……えっと、本当は小さな頃から努力して騎士になったんですよね?」
「? ……まあ、昔から剣の稽古には付き合わされていたが」
「剣の稽古に付き合わされていた……?」
少し引っかかる言葉にカルナが首を傾げると、シュラトは頷きながら答える。
「ああ。幼馴染のロウが騎士になりたいって言うから、小さい頃からあいつの稽古に付き合わされていたんだ。それで、ロウが騎士学校の入学試験にあっさり受かったから、なら俺もいけるんじゃないかと思って次の年の入学試験を受けたら、本当に受かった」
「そ、そんな簡単に入れるものなんですか? 噂では狭き門だと聞いてますけど……」
シュラトは少し得意げにニッと笑う。
「自慢じゃないが、子どもの頃から要領良くなんでもできるほうだったんだ。運動神経も良かったし、学校には行ってなかったが、家で文字の読み書きも勉強していたしな」
シュラトの言葉に、カルナはしばし呆気に取られていた。
つまり、軽い気持ちで入学試験を受けたら持ち前のポテンシャルで合格できて、そのまま騎士にもなれたということだろうか。
俄には信じ難いが、シュラトに嘘をついている様子はなかった。
ハッとしたカルナは、食い下がるように質問を重ねる。
「──で、でもっ、もちろん騎士の仕事には誇りを持ってるんですよねっ?」
「まあそうだが……なんだかそうじゃないと困るような聞き方だな?」
「…………いえ、そんなことは……」
カルナはばつが悪そうに目を泳がせる。
それを見て、シュラトは喉の奥で小さく笑った。
「さっきから、必死で俺と別れる理由を探してるみたいだ」
「……」
「引っ込みがつかなくなったんだろうが、素直にやっぱり別れたくないって言えばいいだけの話だと思うぞ?」
「そ、そんなわけ……」
ない、と言い切れるのだろうか。
絶対に別れなければと決意してきたはずが、あれよあれよという間にシュラトの言葉に絆されかけているカルナがいる。
そもそも、シュラトに幸せになってほしいという思いから別れを切り出したのに、故郷の家族や騎士の仕事よりもカルナの方が大事なのだと言われてしまえば、カルナに返す言葉はないはずなのだ。
しかし──
「……俺には、シュラト様を幸せにできる自信がありません……」
尤もらしい理由を並べ立ててきたものの、結局カルナがシュラトと別れなければと思った一番の理由はそれなのかもしれない。
カルナは力なく呟いたあと、口惜しさに深く項垂れた。
あの日、騎士たちの話を聞いて、カルナは途端に自分がちっぽけな存在に思えた。
シュラトは美形で、誇り高い騎士で、故郷には家族もいて──対するカルナは、凡庸で、ただの木こりで、家族どころか友人もいない。
ふたりきりで過ごす時間が多くて見過ごしていたが、シュラトはカルナには不相応な恋人だった。いや、幸せだったから気付かないふりをしていただけなのだろうか。
そもそも、釣り合いがとれている、いないどころの話でもない。
このままでは、カルナはシュラトに何も与えられないどころか、シュラトからたくさんのものを奪ってしまう。
カルナが恐れているのは、シュラトが不幸になってしまうことであり、他でもないカルナ自身がシュラトを不幸にしてしまうことだった。
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