ミルクはお好きですか?

リツカ

文字の大きさ
上 下
28 / 57

28.困ったひと

しおりを挟む
 手紙の返事は来なかった。
 一ヶ月経って、もしかしたら郵便事故で届かなかったのかもしれないと思ったカルナが二通目の手紙を送ると、さらに二週間後、その手紙が『受取拒否』の赤いスタンプを押されてカルナの元に返ってきた。

 手紙が返送されてきたとき、カルナは言いようもない悲しみにひとり涙を流した。
 そして、それを悲しむ者すらもう自分しかいないのだという現実に、また少しゾッとしたのだ。



「……そうか。悲しい思いをしたんだな……かわいそうに……だが、その話がいまの俺たちに何の関係があるんだ?」

 カルナを慰めながらも不思議そうな表情でそう呟いたシュラトを、カルナは少しムッとした顔で見上げる。

「シュラト様には無関係ではありません!」
「……?」
「だ、だって……シュラト様にはちゃんと故郷があって、そこには家族や友達もいるんでしょう?」
「まあ、そうだが……」

 だからどうした?という顔をされて、カルナは一瞬言葉に詰まった。それでも、しどろもどろになりながらカルナは懸命に話す。

「……俺、シュラト様と一緒にいるのが楽しくて、父さんの言ってたことも別にいいやって思っちゃって……でも、よくよく考えたら俺には群れも家族もいないし、失うものがない俺自身にはなんの関係のない話だったんです……」

 たぶん父は、カルナに自分と同じような思いをしてほしくなくて『自分と同じ草食獣人と家族になりなさい』と言ったのだ。
 もしくは、母のように家族を失う者をつくらないように、だろうか。
 どちらにせよ、父の言葉は正しかったのだと思う。あの日、酒場で騎士たちの話を聞いて、カルナはそれに気付かされた。

「……俺は、俺のせいでシュラト様に寂しい思いやつらい思いをしてほしくない……後悔してほしくないんです……出会ったときから何もない俺とシュラト様では何もかもが違います。シュラト様はたくさんのものを持ってるじゃないですか。だから……」
「カルナ」

 話を遮るように、シュラトがカルナを呼ぶ。
 シュラトは場違いなほどににっこりと上機嫌に笑っていた。どことなく、その深緑の瞳が煌めいて見える。

「あなたの言いたいことはわかった」
「ほ、ほんとうですか……?」
「ああ。カルナは俺のことが大好きってことだろう?」
「……え?」

 嬉しそうに告げられた言葉に、カルナは少々面食らう。

 ──それはそうなんだけど、いまはそんなこと一言も言ってないよな……?

「……い、いえ、今そんな話は……」
「そうか? 俺にはそういう風に聞こえたが」

 シュラトは揶揄うように笑うと、腕の中のカルナを再びぎゅっと抱きしめた。

「それなのに俺と別れようとするなんて、本当にカルナは困ったひとだ」
「……シュラト様、俺は真剣に話をしてるんですよ」
「俺だって真剣だ。たとえ家族から縁を切られようと、あなたと別れる気はない。あなたが俺を愛しているのなら尚更な」
「バカなことを言うのはやめてください!」

 思わず声を荒げたが、シュラトは少し物珍しげな顔をしただけだった。
 その涼しげな表情に、またカルナはむかむかしてくる。

「……真面目に考えてください。俺ひとりのために家族や仕事を失っていいなんて本当に思ってるんですか?」
「思ってる」
「シュラト様!」

 目を吊り上げたカルナを見て、シュラトはクスクスと笑いながらカルナの頬を撫でた。

「あなたは怒った顔も可愛いな」
「……」

 打っても打っても響かない。
 どうしたものか。カルナは途方に暮れたような顔でシュラトを見つめ返した。
 すると、シュラトは苦笑いしながらも明るい声で言う。

「カルナは本当にネガティブだな。あなたと結婚したからって、俺が家族や仕事を失うなんてまだ決まってないだろう?」
「……でも、可能性はあります」
「なら、俺の家族や団長から祝福してもらえる可能性もあるな」
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

処理中です...