ミルクはお好きですか?

リツカ

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27.五年前

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 カルナの両親は五年前、突然起こった土砂災害に巻き込まれて亡くなった。
 森で木を切っていた両親と、山の麓で暮らしていたたくさんの獣人たちが生き埋めになった大きな事故だった。

 街に薪を売りに行かされていたカルナだけは運良く助かったが、両親が生きて帰ってくることはなく、土砂崩れから二週間ほど経って、ようやく両親の遺体が見つかった。



 カルナは遺体安置所の小さな一室で、変わり果てた姿になった両親と対面した。
 それだけでカルナは泣いてしまいそうだったが、唇を噛んで必死に涙をこらえる。

 遺体の損傷が激しかったため、父に関しては体の一部しか見せてもらえなかったが、その大きな手を見ただけで、カルナはすぐに父だとわかった。

 手先が器用で、木で作れるものは一通りなんでも作れた。椅子もテーブルも棚も、家にある大体の家具は父が木材で作った物だ。

 優しいひとだった。
 大好きだった。
 だが、体が大きくなってからはそれをあまり伝えられていなかったことに気付き、カルナは深く後悔する。
 そして、それは母に対しても同様だ。

 父は全体的に真っ白な布に覆われて見せてもらえない部分が多かったが、母は父に比べれば体を覆い隠す布が少なく、その顔もはっきりと確認することができた。
 故郷で一番の美形だったとたびたび口にしていたご自慢の顔はたしかに美しく、眠っているかのように穏やかだった。

 その後、父が大きな体で母を覆うように抱きしめた状態でふたりは見つかったのだと騎士に聞かされ、とうとうカルナの目からぼろぼろと涙があふれてくる。

『君の父上は最期まで伴侶を守ろうとした立派な方だった。きっと今頃は、ふたりとも天国で穏やかに過ごしていることだろう』

 遺体の確認に立ち会ってくれた壮年の騎士からそう声をかけられた瞬間、カルナは我慢できずに声を上げて咽び泣いてしまった。
 もう十五で、獣人としては成人している年齢だったが、どうにも耐えられなかったのだ。

 遺体でも、もう会えないと思っていた両親と再会できて嬉しかった。ふたりが最期の時までちゃんと一緒にいられたのだとわかってホッとした。
 けれど、どれだけ痛かったか、苦しかったかを想像すると胸が張り裂けそうだった。
 ひとりぼっちになってしまったことが悲しくて、つらくて、寂しくて、これからのことを思うと不安で仕方なかった。

 とにかく、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、カルナは両親の遺体の前で子どものように泣いた。
 そんなカルナを鬱陶しがることもなく、壮年の騎士が号泣するカルナの背中を撫で続けてくれたことを、カルナはいまでも覚えている。



「……カルナ?」

 名前を呼ばれてハッと顔を上げる。
 気付かぬうちに、物思いに耽ってしまっていたらしい。シュラトが心配そうにカルナを見ていた。
 カルナは力なく笑い返し、再び話を続けることにする。

「俺は群れとかよくわからなくて、家族三人で楽しく暮らせて幸せで、でも……」

 カルナを抱きしめていたシュラトの腕の力が微かに弱まる。代わりに、大きな手が慰めるように優しくカルナの背を撫でた。
 その大きな掌の感触に、またあの日のことを思い出しかけて、少し泣きそうになりながらもカルナは言葉を続ける。

「……両親のお葬式の後、母の故郷に手紙を書いたんです。生前母に、自分にもしものことがあったときは一応知らせてほしいとお願いされていたので……俺は、お墓参りにでも来てくれたら……それが無理でも、せめて手紙の返事がきたらいいなって、思って……」

 震えるカルナの声は尻すぼみに途切れる。

 手紙は三通。母の実家と、母の故郷の長、そして母の親友へと送った。
 しかし──

「……返事は、来なかったのか?」

 黙ってしまったカルナを見て結末を察したらしいシュラトが尋ね、カルナはそれに小さく頷き返した。
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