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26.両親のこと
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「あの日のことは、昨日のことのように思い出せる……俺にとってはすごく特別な日だ。カルナが突然シャツの前をはだけて──」
「そっ、その話はしなくていいですっ!」
カルナが食い気味に話を遮ると、シュラトはおかしそうに小さく笑い声を上げた。
「そうか? 俺にとっては大切な思い出なんだがな」
「あのときは、その……助けてくれたシュラト様を助けたい一心で……」
「わかってる。恥ずかしいのを我慢して助けてくれたんだろ?」
優しい目をしたシュラトが、そっとカルナの髪を撫でながら言葉を続ける。
「あの日のあなたはすごく綺麗で、可愛らしくて……背中の痛みが引いたのに気付いても、あなたのミルクを吸うのがやめられなかった。別れた後も、あなたのことがずっと頭から離れなかった」
恥ずかしくなって、カルナは顔を赤らめた。
あの日のことは、カルナにとっても忘れたくても忘れられない特別な一日だ。もちろん、いろんな意味で。
「カルナと出会って、カルナに恋をして、毎日が楽しかった。ラナと結婚した方が将来楽だなんて馬鹿な考えは、あなたを好きになった途端に一瞬でどうでもよくなった」
「……どうでもいいわけないですよ」
カルナは首を横に振り、弱々しい声で否定する。
「……亡くなった父に言われたんです。同じ草食獣人と結婚しなさいって。その方が幸せだからって……」
「どうして父君はそんなことを?」
柔らかな声でシュラトに促されるまま、カルナは昔両親から聞かされたことをぽつぽつと話し出した。
「父は熊獣人で、母は牛獣人だったので、二人は周りから結婚を反対されたそうです。……結局、父の家族は許してくれたそうですが、母の家族の許しは得られないまま、母は故郷を捨てて父と森で暮らしはじめて、そうして俺が生まれました」
小さい頃は、肉食獣人と草食獣人の夫婦がめずらしいなんて知る由もなかった。カルナにとってはそれが当たり前だったのだ。
ただ、幼いカルナにも不思議に思うことはいくつかあった。
カルナたちの家に熊獣人の親戚や祖父母がやってくることはあっても、牛獣人の親戚がやってきたことは一度もない。というか、カルナは母の家族に一度も会ったことがなかった。
だから、ある日カルナは尋ねたのだ。母の家族はいったいどこで何をしているひとたちなのかと。
その問いに、母は至極あっさりと答えた。
『もう十年以上会ってないから知らん』
そう言った母はケロッとした様子だったが、その隣に座る父の表情はいつになく強張っていた。
その日からだろうか、父が『同じ草食獣人と結婚するように』とカルナに言うようになったのは。
母は『カルナの好きにさせてやればいいだろう』とは苦笑していたが、父の意志は固いようだった。
父は、母を群れや家族から引き離したことを後悔していたのだろう。
母を深く愛していたはずなのに、母は故郷の同じ牛獣人と一緒になった方が幸せだったのかもしれないと苦悩していた。
そのたびに母が『どうでもいいことをいつまでも気にしやがって』と笑い飛ばしていたので家の中が暗い雰囲気になることはあまりなかったが、いつもにこにこと微笑んでいる父の悲しげな表情は、カルナの記憶に未だによく残っている。
幼い頃は、カルナもよくわからなかった。
両親は愛し合っていて、当人の母も幸せそうで、その間に生まれたカルナも幸せなのに、なぜ父はそれほど重く考えているのか。
だが、今ならカルナもあの時の父の気持ちが少しはわかる気がする。
シュラトを愛してしまった今なら。
「そっ、その話はしなくていいですっ!」
カルナが食い気味に話を遮ると、シュラトはおかしそうに小さく笑い声を上げた。
「そうか? 俺にとっては大切な思い出なんだがな」
「あのときは、その……助けてくれたシュラト様を助けたい一心で……」
「わかってる。恥ずかしいのを我慢して助けてくれたんだろ?」
優しい目をしたシュラトが、そっとカルナの髪を撫でながら言葉を続ける。
「あの日のあなたはすごく綺麗で、可愛らしくて……背中の痛みが引いたのに気付いても、あなたのミルクを吸うのがやめられなかった。別れた後も、あなたのことがずっと頭から離れなかった」
恥ずかしくなって、カルナは顔を赤らめた。
あの日のことは、カルナにとっても忘れたくても忘れられない特別な一日だ。もちろん、いろんな意味で。
「カルナと出会って、カルナに恋をして、毎日が楽しかった。ラナと結婚した方が将来楽だなんて馬鹿な考えは、あなたを好きになった途端に一瞬でどうでもよくなった」
「……どうでもいいわけないですよ」
カルナは首を横に振り、弱々しい声で否定する。
「……亡くなった父に言われたんです。同じ草食獣人と結婚しなさいって。その方が幸せだからって……」
「どうして父君はそんなことを?」
柔らかな声でシュラトに促されるまま、カルナは昔両親から聞かされたことをぽつぽつと話し出した。
「父は熊獣人で、母は牛獣人だったので、二人は周りから結婚を反対されたそうです。……結局、父の家族は許してくれたそうですが、母の家族の許しは得られないまま、母は故郷を捨てて父と森で暮らしはじめて、そうして俺が生まれました」
小さい頃は、肉食獣人と草食獣人の夫婦がめずらしいなんて知る由もなかった。カルナにとってはそれが当たり前だったのだ。
ただ、幼いカルナにも不思議に思うことはいくつかあった。
カルナたちの家に熊獣人の親戚や祖父母がやってくることはあっても、牛獣人の親戚がやってきたことは一度もない。というか、カルナは母の家族に一度も会ったことがなかった。
だから、ある日カルナは尋ねたのだ。母の家族はいったいどこで何をしているひとたちなのかと。
その問いに、母は至極あっさりと答えた。
『もう十年以上会ってないから知らん』
そう言った母はケロッとした様子だったが、その隣に座る父の表情はいつになく強張っていた。
その日からだろうか、父が『同じ草食獣人と結婚するように』とカルナに言うようになったのは。
母は『カルナの好きにさせてやればいいだろう』とは苦笑していたが、父の意志は固いようだった。
父は、母を群れや家族から引き離したことを後悔していたのだろう。
母を深く愛していたはずなのに、母は故郷の同じ牛獣人と一緒になった方が幸せだったのかもしれないと苦悩していた。
そのたびに母が『どうでもいいことをいつまでも気にしやがって』と笑い飛ばしていたので家の中が暗い雰囲気になることはあまりなかったが、いつもにこにこと微笑んでいる父の悲しげな表情は、カルナの記憶に未だによく残っている。
幼い頃は、カルナもよくわからなかった。
両親は愛し合っていて、当人の母も幸せそうで、その間に生まれたカルナも幸せなのに、なぜ父はそれほど重く考えているのか。
だが、今ならカルナもあの時の父の気持ちが少しはわかる気がする。
シュラトを愛してしまった今なら。
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