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リツカ

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23.一生どこにも

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 しかし、カルナは喉をひくりと鳴らし、静かにかぶりを振る。

「……受け取れません」
「なぜ? まだ出会って半年しか経ってないからか?」
「それもそうですけど……でも、違います」

 カルナはシュラトから目線を逸らし、テーブルの木目を見下ろしながら言う。

「ほ、他に好きな人ができたんです……っ」

 その瞬間──シュラトから発せられた威圧感に、ぞくりとカルナの肌が粟立つ。
 短い沈黙の後、シュラトは低く笑った。

「……へぇ。どこのどいつだ?」
「シュラト様の知らない人です……」
「……で、その相手もカルナのことが好きなのか?」
「……そうです」

 シュラトは可笑しそうに喉で笑いながら立ち上がり、行儀悪くテーブルの上に腰掛ける。

「カルナ、どうしてそんなつまらない嘘を吐くんだ?」
「う、嘘なんて、ついてないです」
「あなたから俺以外の匂いもしないのに?」
「…………」
「それに、たった二週間であなたが心変わりなんてするはずないだろう」
「……いいえ、心変わりしたんです。俺の気持ちは変わりました」

 ──もう、シュラト様と一緒にいるべきではない。

 とうに覚悟は決めてきたはずなのに、いざとなるとシュラトの顔が見れない。
 カルナはシュラトと視線を合わさないまま、素早く椅子から立ち上がった。

「……とにかく、会うのは今日で最後にしましょう。シュラト様はもう俺の家に来てはいけません。俺ももうこの家には来ません」
「…………」
「コーヒーご馳走様でした。いままでありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、カルナは足早に玄関へと向かう。
 そして、決心が鈍らぬ内にとカルナがドアノブに手を伸ばし、内開きのドアを開けようとした、その時──

 ダンッ!と大きな音とともに、開きかけていたドアが再び閉じられた。

 びくっと体を跳ねさせたカルナは、ドアノブから手を離した状態でその場に固まる。
 そして、おそるおそると目だけを動かし、自分の顔の横を突き抜けてドアを押し戻したその手を視界に捉えた。

 先ほど美しいと思ったばかりのその右手は未だにドアへと押し付けられたままで、手の甲には血管が浮かんでいた。
 木製のドアがみしりと嫌な音を立てる。

「シュ、ラトさま……」

 カルナの唇から零れた声は、みっともないくらいに震えていた。
 すぐ後ろで笑う気配がして、ドアからゆっくりとシュラトの手が離れる。
 その手はもう一方の手と共にそのままカルナの体へと回され、背後のシュラトに密着させる様にカルナを抱き寄せた。
 首筋に頬を擦り寄せられ、耳元に熱い吐息が触れる。

「カルナ、俺の可愛いひと」

 その手が蛇の様にカルナの体を這い、キツく締め上げる。
 カルナはごくりと唾を飲んだ。
 喉がカラカラに乾いて、うまく言葉が出てこない。

「は……はな、して、ください……」
「本当はそんなこと望んでないくせに」
「望んでます、本当に……っ」
「じゃあ、俺の目を見て言ってくれ。俺のことが嫌いになったと。もう愛していないと」

 突如拘束が解かれたかと思うと、肩を掴まれ、強引に振り向かされる。
 鼻先が触れ合いそうな距離で、シュラトがカルナを見つめていた。
 カルナはその深緑の瞳を見つめ返し、口を開きかけては閉じるのを何度も繰り返す。

 ──……何で言えないんだろう。

 カルナは俯き、唇を噛む。
 肩を掴むシュラトの手の力が強くなった気がした。

「言えないのか?」

 穏やかにも聞こえる、静かな声だった。
 カルナがおずおずと顔を上げると、どこかほの暗い瞳をしたシュラトが目を細めてうっそりと笑う。

「──なら、あなたをここに閉じ込めて、一生どこにも行かせない」

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