ミルクはお好きですか?

リツカ

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22.そして現在

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 あれから一週間経って、カルナの覚悟は決まっていた。

 シュラトと別れる。
 それがきっと一番良い選択なのだ。




「ッ、ま、待って……待ってくださいっ!」

 自分がなんのためにシュラトの家まで付いてきたのかを思い出したカルナは、シャツの裾から中へと入り込もうとしていたシュラトの手を掴み、グイッと力強く押し返した。

 ──危うく流されるとこだった……。

 自分の意思の弱さにガッカリしつつ、カルナは少しシュラトと距離を取る。
 シュラトは少し驚いたような顔をしたあと、渋々その手を引っ込めた。

「どうした?」
「……話をしましょう」
「話? ……ああ、そうだな。帰ってきたばかりで性急だった、すまない」

 照れ笑いしたシュラトは、カルナを椅子に座らせ、温かいコーヒーを淹れてくれた。
 それを飲みながら、シュラトは遠征先であったことを、守秘義務に問題ない範囲で話してくれる。

 移動中、何度も大雨に降られて大変だったこと、海が綺麗だったこと、夜は飲み会に付き合わされて面倒だったこと──そんな、何でもない話だ。

 その話をしている間、シュラトの瞳はずっとカルナを見つめたままだった。
 しかし、カルナはその目を見つめ返すことができず、コーヒーに映る自分の強ばった顔をじっと見下ろしていた。

「毎日、カルナに会いたくて堪らなかった」

 カルナの手の甲に、シュラトの手がそっと重ねられる。
 爪の先まで整った、美しい手だ。
 けれども、カルナの手の甲に触れたその掌には剣だこがあり、皮が厚く、全体的にごつごつとしている。

 騎士は、騎士学校で厳しい訓練を受け、希望の騎士団の入団試験に合格した者しか就けない立派な職業だ。
 その上、騎士学校に通えるのは、よほど剣の腕が立つ者か、裕福な生まれの者かのどちらかに限られる。
 おそらく、シュラトは前者だ。
 兄弟が多く、シュラトが騎士になるまでは家も貧しかったのだと、カルナは以前少しだけ聞いたことがあった。

 きっと、騎士になるために、幼い頃からたくさんの努力を重ねて、いまの騎士団に入ったのだろう。
 礼を言うために初めてカルナの家を訪れたときも、『もう剣が持てなくなるんじゃないかと不安で仕方なかった』と、あの日のことをそうシュラトは語っていた。

 騎士であるということは、世間知らずなカルナが想像しているよりもずっと誇り高いことなのだろう。

「……カルナはどうだった? なにか変わったことはなかったか?」

 シュラトは穏やかな目でカルナを窺った。
 きっと、カルナの様子がおかしいことにはシュラトも気付いている。
 だが、まさかこれからカルナが別れ話を始めようとは、露ほども思っていないだろう。

「俺は……」

 ──シュラト様と会えなくて寂しかった。寂しいなんて思う自分が久しぶりで、なんだかくすぐったかった。シュラト様が帰ってくるのが待ち遠しくて堪らなかった。

 ……あの日までは。



 はじめて会ったときは、こんな関係になるなんて思いもしなかった。
 カルナにとってシュラトは命の恩人で、あまり関わりたくない肉食獣人で。
 でも、優しくて、かっこよくて。
 助けてくれたお礼がしたかった。ただそれだけだったはずが、状況がどんどんエスカレートしていった。

 そうして、先に変わってしまったのはカルナの方だったのかもしれない。

「カルナ?」
「……結婚するんですか?」

 カルナの問いにシュラトは目を丸くする。

「誰に聞いた?」

 カルナが黙っていると、シュラトは小さくため息をこぼす。

「……参ったな」

 カルナの体がびくりと震える。なんだか少し泣きそうな気分だった。
 シュラトは苦笑しながら立ち上がると、近くの棚から何かを取り出す。
 そして、あの日──カルナがまたミルクを飲んでみるかと軽口を叩いたあの時のように、シュラトはカルナの傍で片膝をついて、椅子に座ったままのカルナを仰いだ。
 深緑の瞳が真っ直ぐにカルナを見据える。

「カルナ、あなたを愛している。俺と結婚してほしい」

 シュラトの手にあるリングケースが静かに開かれ、中から美しい指輪が姿を現す。
 中央にダイヤモンドの埋め込まれたプラチナリング──その美しさに、カルナは一瞬目を奪われた。
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