ミルクはお好きですか?

リツカ

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21.ちゃんと好きだった

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 呆然とするカルナの様子に気付くはずもなく、騎士たちは騒々しく会話を続ける。

「団長の娘って……ラナさんのことか?」
「え、団長がシュラトのこと『俺の息子』って呼ぶのってそういう意味なのか? 単純に故郷の群れの一員だからだと思ってたが……」
「ロウだってそれは一緒だろ。でも、あいつにはそんなこと言わないじゃないか」
「あー、確かに……」
「ラナさんがこっちに来て食事する時は、絶対シュラトも呼ばれるしな」
「でも、シュラトの奴、ラナさんにはめちゃくちゃ無愛想じゃないか?」
「あいつはいつ誰にだって無愛想だろ」
「違いない」

 背後で大きな笑い声があがる。
 カルナは背中を丸めて、その場でじっとしていた。
 頭の中が真っ白だ。何も考えられないのに、耳だけは背後の声を拾ってしまう。

「で、結婚の話は本当なのか? 俺は同期なのに何も聞いてないぞ」
「あいつが同期だからってそんなことわざわざ報告するはずないだろ。ああいう奴はしれっと結婚して、しれっと指輪つけてんだよ」
「レギーが結婚指輪を作った店を聞かれたらしい。つまり……そういうことだろ?」
「なるほど。でもそれ、相手がラナさんとは限らないんじゃないか?」
「馬鹿言え。故郷の群れの実質トップかつ、職場の上司の娘が相手なんだぞ。断れる訳ないだろ。下手したら、故郷では村八分、職場では左遷されることになるぞ」

 どくんとカルナの心臓が嫌な音を立てた。
 幼い頃によく目にした、切なげな表情で母を見つめる父の横顔がカルナの脳裏をよぎる。

「うちの団長がそんなことするかぁ? ……いや、でも、親バカだからなぁ……特に娘さんのことになると……」
「じゃあ本当に結婚するのかもな」
「はーっ、結局は無愛想でも顔の良いやつが得するんだよな、世の中ってのは。ラナさんも美人だし、シュラトばっか狡いって」

 カルナは無言でカウンターにお金を置いて、静かに店を後にする。
 酔っているわけでもないのになぜだか足に力が入らず、ふらふらとおぼつかない足取りで森の家へと戻った。

 何もする気が起きない。
 カルナは椅子に座って、ぼうっと誰もいない向かいの席を眺める。

 ちょうどシュラトが遠征に行っている時でよかった。
 もし今日顔を合わせていたら、馬鹿なことを口走ってしまいそうだったから。

 誰もいないはずの向かいの席に微笑むシュラトの幻が見えた気がして、カルナの目にじわりと涙が滲む。
 目をギュッとつぶって俯くと、いっそう頭の中がシュラトのことでいっぱいになった。

 ──ああ、やっぱり俺、ちゃんとシュラト様のことが好きだったんだ。

 その日、カルナは夜通し泣いた。
 これほど涙を流したのは、両親を亡くした時以来、初めてのことだった。
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