13 / 57
13.万能薬
しおりを挟む
シュラトはぐるりと部屋を見渡す。といっても、実際見渡すほどもない小さな家だ。
数年前までこの家に家族三人で暮らしていたといえば、きっとシュラトは驚くだろう。
「すみません、本当になにもなくて……今は水もないんです……」
時間のある時に近くの川へと水を汲みに行って、それを数日で使い切る生活をしている。
ちょうど間の悪いことに水は先ほど使い切ってしまい、また後で汲みに行こうと思っていたところだった。
「いや、お構いなく。……そういえば、牛獣人は自分のミルクを飲むからあまり水は飲まないと聞いたことがあるな」
「確かに自分のミルクは飲みますけど、水やジュースも飲みますよ。あ、椅子に掛けてください」
「ありがとう」
そう言って、シュラトはテーブルの前にある木でできた椅子に腰を下ろす。生前父が作ってくれたものだ。
カルナもその向かいの椅子に座り、そういえば自己紹介もしていなかったと、自分の名を名乗ることにした。
「あの、俺は牛獣人のカルナって言います。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「カルナか、良い名前だ」
あまり名前を褒められた記憶がないので、カルナは少し照れた。
「俺は──」
「騎士のシュラト様ですよね?」
あの日、名乗られたので覚えている。
シュラトは僅かに驚いたような表情を浮かべたあと、柔らかく微笑んだ。
「名前、覚えていてくれたんだな。うれしい」
「シュラト様は命の恩人ですから」
「俺からしたら、あなたの方が命の恩人なんだがな……」
シュラトはそう言って苦笑した。
だが、あのときシュラトが来るのが少しでも遅れていたら、たぶんカルナは死んでいた。カルナがシュラトを助けられたのも、シュラトがカルナを助けてくれたからこそだ。
「あの日は本当に助かった。……強がってはいたが、内心はもう剣が持てなくなるんじゃないかと不安で仕方なかったんだ」
「いえ、そんな……」
軽く目を伏せながら言うシュラトの言葉に、カルナはあのとき恥ずかしいのを我慢して本当に良かったと思えた。
そしてまた、シュラトが静かにカルナを見つめる。
「……あなたのミルクのことは、誰にも言っていない。今後も、たとえ何があったとしても絶対に口外することはない。約束する」
「ありがとうございます……」
牛獣人のミルクは万能薬──真しやかに囁かれるその噂があながち嘘ではないと知るものはあまり多くない。
昔は牛獣人であれば誰でも知っていることだったらしいが、いまではその事実を知るのは当事者である一部の牛獣人だけだ。
『絶対にバレてはいけないんだ。人魚狩りが起こったとき、知恵のある生き物はみな残酷だと俺たち牛獣人も学んだから』
いまは亡き母曰く、先人の牛獣人たちが『牛獣人のミルクが万能薬だというのはただの噂話だ』と広めて真実を嘘に塗り替えた理由は、過去の人魚狩りにあるらしい。
数百年前、『人魚の肉を食べた者は不老不死になれる』という噂が流れ、全世界で人魚狩りが行われた。
人間も魔族も獣人も、皆が人魚を捕らえ、奪い合い、食らった。
けれど結局、不老不死になれた者はひとりもおらず、同族を多数殺された人魚は怒り、悲しみ、海の底から出てくることは二度となくなったのだという。
確かに、牛獣人に特殊なミルクが出せるものがいるとわかれば、よくないことを考える輩も出てくるだろう。
それこそ、家畜のように繋がれて、死ぬまで延々とミルクを搾乳される未来だってあり得るのかもしれない──
想像するだけで、カルナの体がぶるりと震えた。
数年前までこの家に家族三人で暮らしていたといえば、きっとシュラトは驚くだろう。
「すみません、本当になにもなくて……今は水もないんです……」
時間のある時に近くの川へと水を汲みに行って、それを数日で使い切る生活をしている。
ちょうど間の悪いことに水は先ほど使い切ってしまい、また後で汲みに行こうと思っていたところだった。
「いや、お構いなく。……そういえば、牛獣人は自分のミルクを飲むからあまり水は飲まないと聞いたことがあるな」
「確かに自分のミルクは飲みますけど、水やジュースも飲みますよ。あ、椅子に掛けてください」
「ありがとう」
そう言って、シュラトはテーブルの前にある木でできた椅子に腰を下ろす。生前父が作ってくれたものだ。
カルナもその向かいの椅子に座り、そういえば自己紹介もしていなかったと、自分の名を名乗ることにした。
「あの、俺は牛獣人のカルナって言います。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「カルナか、良い名前だ」
あまり名前を褒められた記憶がないので、カルナは少し照れた。
「俺は──」
「騎士のシュラト様ですよね?」
あの日、名乗られたので覚えている。
シュラトは僅かに驚いたような表情を浮かべたあと、柔らかく微笑んだ。
「名前、覚えていてくれたんだな。うれしい」
「シュラト様は命の恩人ですから」
「俺からしたら、あなたの方が命の恩人なんだがな……」
シュラトはそう言って苦笑した。
だが、あのときシュラトが来るのが少しでも遅れていたら、たぶんカルナは死んでいた。カルナがシュラトを助けられたのも、シュラトがカルナを助けてくれたからこそだ。
「あの日は本当に助かった。……強がってはいたが、内心はもう剣が持てなくなるんじゃないかと不安で仕方なかったんだ」
「いえ、そんな……」
軽く目を伏せながら言うシュラトの言葉に、カルナはあのとき恥ずかしいのを我慢して本当に良かったと思えた。
そしてまた、シュラトが静かにカルナを見つめる。
「……あなたのミルクのことは、誰にも言っていない。今後も、たとえ何があったとしても絶対に口外することはない。約束する」
「ありがとうございます……」
牛獣人のミルクは万能薬──真しやかに囁かれるその噂があながち嘘ではないと知るものはあまり多くない。
昔は牛獣人であれば誰でも知っていることだったらしいが、いまではその事実を知るのは当事者である一部の牛獣人だけだ。
『絶対にバレてはいけないんだ。人魚狩りが起こったとき、知恵のある生き物はみな残酷だと俺たち牛獣人も学んだから』
いまは亡き母曰く、先人の牛獣人たちが『牛獣人のミルクが万能薬だというのはただの噂話だ』と広めて真実を嘘に塗り替えた理由は、過去の人魚狩りにあるらしい。
数百年前、『人魚の肉を食べた者は不老不死になれる』という噂が流れ、全世界で人魚狩りが行われた。
人間も魔族も獣人も、皆が人魚を捕らえ、奪い合い、食らった。
けれど結局、不老不死になれた者はひとりもおらず、同族を多数殺された人魚は怒り、悲しみ、海の底から出てくることは二度となくなったのだという。
確かに、牛獣人に特殊なミルクが出せるものがいるとわかれば、よくないことを考える輩も出てくるだろう。
それこそ、家畜のように繋がれて、死ぬまで延々とミルクを搾乳される未来だってあり得るのかもしれない──
想像するだけで、カルナの体がぶるりと震えた。
63
お気に入りに追加
2,391
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる