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13.万能薬
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シュラトはぐるりと部屋を見渡す。といっても、実際見渡すほどもない小さな家だ。
数年前までこの家に家族三人で暮らしていたといえば、きっとシュラトは驚くだろう。
「すみません、本当になにもなくて……今は水もないんです……」
時間のある時に近くの川へと水を汲みに行って、それを数日で使い切る生活をしている。
ちょうど間の悪いことに水は先ほど使い切ってしまい、また後で汲みに行こうと思っていたところだった。
「いや、お構いなく。……そういえば、牛獣人は自分のミルクを飲むからあまり水は飲まないと聞いたことがあるな」
「確かに自分のミルクは飲みますけど、水やジュースも飲みますよ。あ、椅子に掛けてください」
「ありがとう」
そう言って、シュラトはテーブルの前にある木でできた椅子に腰を下ろす。生前父が作ってくれたものだ。
カルナもその向かいの椅子に座り、そういえば自己紹介もしていなかったと、自分の名を名乗ることにした。
「あの、俺は牛獣人のカルナって言います。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「カルナか、良い名前だ」
あまり名前を褒められた記憶がないので、カルナは少し照れた。
「俺は──」
「騎士のシュラト様ですよね?」
あの日、名乗られたので覚えている。
シュラトは僅かに驚いたような表情を浮かべたあと、柔らかく微笑んだ。
「名前、覚えていてくれたんだな。うれしい」
「シュラト様は命の恩人ですから」
「俺からしたら、あなたの方が命の恩人なんだがな……」
シュラトはそう言って苦笑した。
だが、あのときシュラトが来るのが少しでも遅れていたら、たぶんカルナは死んでいた。カルナがシュラトを助けられたのも、シュラトがカルナを助けてくれたからこそだ。
「あの日は本当に助かった。……強がってはいたが、内心はもう剣が持てなくなるんじゃないかと不安で仕方なかったんだ」
「いえ、そんな……」
軽く目を伏せながら言うシュラトの言葉に、カルナはあのとき恥ずかしいのを我慢して本当に良かったと思えた。
そしてまた、シュラトが静かにカルナを見つめる。
「……あなたのミルクのことは、誰にも言っていない。今後も、たとえ何があったとしても絶対に口外することはない。約束する」
「ありがとうございます……」
牛獣人のミルクは万能薬──真しやかに囁かれるその噂があながち嘘ではないと知るものはあまり多くない。
昔は牛獣人であれば誰でも知っていることだったらしいが、いまではその事実を知るのは当事者である一部の牛獣人だけだ。
『絶対にバレてはいけないんだ。人魚狩りが起こったとき、知恵のある生き物はみな残酷だと俺たち牛獣人も学んだから』
いまは亡き母曰く、先人の牛獣人たちが『牛獣人のミルクが万能薬だというのはただの噂話だ』と広めて真実を嘘に塗り替えた理由は、過去の人魚狩りにあるらしい。
数百年前、『人魚の肉を食べた者は不老不死になれる』という噂が流れ、全世界で人魚狩りが行われた。
人間も魔族も獣人も、皆が人魚を捕らえ、奪い合い、食らった。
けれど結局、不老不死になれた者はひとりもおらず、同族を多数殺された人魚は怒り、悲しみ、海の底から出てくることは二度となくなったのだという。
確かに、牛獣人に特殊なミルクが出せるものがいるとわかれば、よくないことを考える輩も出てくるだろう。
それこそ、家畜のように繋がれて、死ぬまで延々とミルクを搾乳される未来だってあり得るのかもしれない──
想像するだけで、カルナの体がぶるりと震えた。
数年前までこの家に家族三人で暮らしていたといえば、きっとシュラトは驚くだろう。
「すみません、本当になにもなくて……今は水もないんです……」
時間のある時に近くの川へと水を汲みに行って、それを数日で使い切る生活をしている。
ちょうど間の悪いことに水は先ほど使い切ってしまい、また後で汲みに行こうと思っていたところだった。
「いや、お構いなく。……そういえば、牛獣人は自分のミルクを飲むからあまり水は飲まないと聞いたことがあるな」
「確かに自分のミルクは飲みますけど、水やジュースも飲みますよ。あ、椅子に掛けてください」
「ありがとう」
そう言って、シュラトはテーブルの前にある木でできた椅子に腰を下ろす。生前父が作ってくれたものだ。
カルナもその向かいの椅子に座り、そういえば自己紹介もしていなかったと、自分の名を名乗ることにした。
「あの、俺は牛獣人のカルナって言います。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「カルナか、良い名前だ」
あまり名前を褒められた記憶がないので、カルナは少し照れた。
「俺は──」
「騎士のシュラト様ですよね?」
あの日、名乗られたので覚えている。
シュラトは僅かに驚いたような表情を浮かべたあと、柔らかく微笑んだ。
「名前、覚えていてくれたんだな。うれしい」
「シュラト様は命の恩人ですから」
「俺からしたら、あなたの方が命の恩人なんだがな……」
シュラトはそう言って苦笑した。
だが、あのときシュラトが来るのが少しでも遅れていたら、たぶんカルナは死んでいた。カルナがシュラトを助けられたのも、シュラトがカルナを助けてくれたからこそだ。
「あの日は本当に助かった。……強がってはいたが、内心はもう剣が持てなくなるんじゃないかと不安で仕方なかったんだ」
「いえ、そんな……」
軽く目を伏せながら言うシュラトの言葉に、カルナはあのとき恥ずかしいのを我慢して本当に良かったと思えた。
そしてまた、シュラトが静かにカルナを見つめる。
「……あなたのミルクのことは、誰にも言っていない。今後も、たとえ何があったとしても絶対に口外することはない。約束する」
「ありがとうございます……」
牛獣人のミルクは万能薬──真しやかに囁かれるその噂があながち嘘ではないと知るものはあまり多くない。
昔は牛獣人であれば誰でも知っていることだったらしいが、いまではその事実を知るのは当事者である一部の牛獣人だけだ。
『絶対にバレてはいけないんだ。人魚狩りが起こったとき、知恵のある生き物はみな残酷だと俺たち牛獣人も学んだから』
いまは亡き母曰く、先人の牛獣人たちが『牛獣人のミルクが万能薬だというのはただの噂話だ』と広めて真実を嘘に塗り替えた理由は、過去の人魚狩りにあるらしい。
数百年前、『人魚の肉を食べた者は不老不死になれる』という噂が流れ、全世界で人魚狩りが行われた。
人間も魔族も獣人も、皆が人魚を捕らえ、奪い合い、食らった。
けれど結局、不老不死になれた者はひとりもおらず、同族を多数殺された人魚は怒り、悲しみ、海の底から出てくることは二度となくなったのだという。
確かに、牛獣人に特殊なミルクが出せるものがいるとわかれば、よくないことを考える輩も出てくるだろう。
それこそ、家畜のように繋がれて、死ぬまで延々とミルクを搾乳される未来だってあり得るのかもしれない──
想像するだけで、カルナの体がぶるりと震えた。
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