7 / 57
7.秘密
しおりを挟む
三本の引っ掻き傷からは、今も血が流れていた。そして、不可解なことに、その傷の周辺が青緑色へと変色している。
「ロウ……」
「傷はそれほど深くない……が、毒にやられてるな……」
毒──カルナの顔が更に青ざめる。
「……魔物自体は倒している」
「ああ、ここにくる途中で見た」
淡々とシュラトと言葉を交わした後、ロウと呼ばれた男は立ち上がり、再び素早く馬に跨った。
「治癒師を呼んでくる。それまで死ぬなよ」
「あ、あの……」
カルナが声をかけると、ようやくロウの目がカルナへと向いた。
「ああ、あんたが森に住んでる牛獣人か?」
「は、はい」
「そうか。災難だったな……俺はこれから応援を呼びに行ってくる。あんたはこの場に残ってもいいし、家に帰ってくれても構わない」
ロウの言葉に、カルナは目を丸くして首を横に振る。
「そんなっ、助けてもらったのにこのまま家に帰るなんて……!」
「でも、傍に居たからといって、あんたにできることもないだろう。……いや、こんな話をしてる場合じゃないな。なら、とりあえずこのまま待っててくれ。ああ、それと、動くと毒の回りが速くなるから、シュラトのことはそのままで。じゃあ、俺は行ってくる」
早口でそう言ったロウは馬を走らせ、来た道を颯爽と戻っていった。
残されたカルナは呆然とその後ろ姿を見送ったあと、再びシュラトの傍にしゃがみ込んだ。
しかし、ロウの言った通り、カルナにできることは何もなかった。治癒の心得もなければ、毒に関する知識もない。
カルナは自身の無力さに打ちひしがれていた。
すると、苦しげな顔をしているシュラトが、笑うように僅かに唇を歪める。
「……なんだか、あなたのほうが死にそうな顔をしているな……」
「は、はい……?」
「心配しなくとも、死にはしない……精々、体に麻痺が残るくらいだろう……」
「そんな……」
麻痺なんて残ったら、騎士の仕事ができなくなってしまう。
カルナは強く唇を噛んだ。
そうこうしている間にも、シュラトの背中の青緑色の部分はじわじわと広がっている。
カルナは何もできない自分の無力さが口惜しくてたまらなかった。
──いや、俺にもひとつできることがあるじゃないか。
それを思い出した瞬間、カルナの体がぶるりと震えた。
『カルナ、この秘密は誰にも教えてはダメだからな。教えていいのは、お前が将来結婚する相手にだけだ。そして、お前に牛獣人の子どもが産まれたら、その子に今母さんが言ったのと同じことを伝えるんだぞ』
今は亡き母の言葉がよみがえる。
カルナがこれからやろうとしていることは、母との約束を破り、そのうえ何処にいるかもわからない一部の同胞にまで迷惑をかけてしまう行為なのかもしれない。
けれど、今そんなことを気にしている時間の余裕はなかった。
シュラトはカルナの命の恩人なのだ。
カルナは震える手で自身の白いシャツのボタンを外し、前をはだける。
「あの、このことは秘密にしておいて欲しいんですが……あっ、ミルクはお好きですか?」
「ロウ……」
「傷はそれほど深くない……が、毒にやられてるな……」
毒──カルナの顔が更に青ざめる。
「……魔物自体は倒している」
「ああ、ここにくる途中で見た」
淡々とシュラトと言葉を交わした後、ロウと呼ばれた男は立ち上がり、再び素早く馬に跨った。
「治癒師を呼んでくる。それまで死ぬなよ」
「あ、あの……」
カルナが声をかけると、ようやくロウの目がカルナへと向いた。
「ああ、あんたが森に住んでる牛獣人か?」
「は、はい」
「そうか。災難だったな……俺はこれから応援を呼びに行ってくる。あんたはこの場に残ってもいいし、家に帰ってくれても構わない」
ロウの言葉に、カルナは目を丸くして首を横に振る。
「そんなっ、助けてもらったのにこのまま家に帰るなんて……!」
「でも、傍に居たからといって、あんたにできることもないだろう。……いや、こんな話をしてる場合じゃないな。なら、とりあえずこのまま待っててくれ。ああ、それと、動くと毒の回りが速くなるから、シュラトのことはそのままで。じゃあ、俺は行ってくる」
早口でそう言ったロウは馬を走らせ、来た道を颯爽と戻っていった。
残されたカルナは呆然とその後ろ姿を見送ったあと、再びシュラトの傍にしゃがみ込んだ。
しかし、ロウの言った通り、カルナにできることは何もなかった。治癒の心得もなければ、毒に関する知識もない。
カルナは自身の無力さに打ちひしがれていた。
すると、苦しげな顔をしているシュラトが、笑うように僅かに唇を歪める。
「……なんだか、あなたのほうが死にそうな顔をしているな……」
「は、はい……?」
「心配しなくとも、死にはしない……精々、体に麻痺が残るくらいだろう……」
「そんな……」
麻痺なんて残ったら、騎士の仕事ができなくなってしまう。
カルナは強く唇を噛んだ。
そうこうしている間にも、シュラトの背中の青緑色の部分はじわじわと広がっている。
カルナは何もできない自分の無力さが口惜しくてたまらなかった。
──いや、俺にもひとつできることがあるじゃないか。
それを思い出した瞬間、カルナの体がぶるりと震えた。
『カルナ、この秘密は誰にも教えてはダメだからな。教えていいのは、お前が将来結婚する相手にだけだ。そして、お前に牛獣人の子どもが産まれたら、その子に今母さんが言ったのと同じことを伝えるんだぞ』
今は亡き母の言葉がよみがえる。
カルナがこれからやろうとしていることは、母との約束を破り、そのうえ何処にいるかもわからない一部の同胞にまで迷惑をかけてしまう行為なのかもしれない。
けれど、今そんなことを気にしている時間の余裕はなかった。
シュラトはカルナの命の恩人なのだ。
カルナは震える手で自身の白いシャツのボタンを外し、前をはだける。
「あの、このことは秘密にしておいて欲しいんですが……あっ、ミルクはお好きですか?」
66
お気に入りに追加
2,402
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)
ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。
僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。
隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。
僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。
でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる