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5.出会い
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半年ほど前のことだ。
カルナは森の中の小さな家に、ひとりで住んでいた。
五年前までは両親と三人で暮らしていたが、大きな災害で両親を亡くしてからは、ずっとひとりで森に暮らしている。
寂しかったが、父から引き継いだ木こりの仕事をしながら、貧しくも細々と生活はできていた。
いつかは結婚して家庭を持ちたい。相手は男でも女でも構わないが、父が言ったようにできれば同じ草食獣人がいい。
しかし、そんな淡い願いとは裏腹に、カルナに出会いは少なかった。
そもそも、自分以外の獣人と関わる機会が街に薪を売りに行く時ぐらいしかないのだ。
そこから酒場にでも行けたらまだよかったのだろうが、そんな金もなければ、道端で誰かに声をかける積極性もカルナにはなかった。
この際、誰でもいいのではないか。
そんな投げやりなことを考えながら木を切っていたのが良くなかったのかもしれない。
ガサリ、と背後から大きな音がして、徐にカルナが振り返ると──そこに、大きな獣が立っていた。
青緑色をした、大きな豚のような、熊のような、二足歩行のその巨大な塊は、大きな口から牙を剥き出しにして、グルグルと低く唸っている。
魔物だ。
気づいた瞬間、カルナは斧を放って家のある方向へと走り出していた。
「誰かッ、誰かぁああッ!!」
大声で叫んだが、返ってくる声はない。
代わりに、ドスンドスンと地を揺らすような大きな足音が、徐々に距離を縮めながらカルナの後を追いかけてきた。
カルナも必死に足を動かすが、次第に息が切れてくる。もともと走るのはあまり得意ではないのだ。
「うわっ」
そして、とうとう足がもつれて、地面に倒れ込んでしまう。
カルナが慌てて上体を起こしたときには、魔物はもうすぐそこまでやってきていた。
その大きな口からダラダラと涎がこぼれ落ちていくのを、カルナは怯えた表情で凝視する。
──喰われる。殺される。ああ、俺、こんなとこでひとりぼっちで死ぬんだ。
そうカルナが死を覚悟した次の瞬間──魔物の胸の中央から、突如なにかが血飛沫とともに突き出てきた。
魔物の甲高い絶叫が森中に響き渡る。
その叫びとともに魔物の口からは血らしき液体が溢れ出し、徐々に勢いを失っていったその悲鳴は、やがて完全に途切れる。
魔物の胸部から突き出たそれが剣だとカルナが気付く前に、胸を貫かれた魔物はその場にゆっくりと崩れ落ちた。
そして、魔物の巨体が地面に倒れこむと同時に、その後ろに立つ一人の男が姿を現す。
それは、宝石のような深緑の瞳が印象的な、若く美しい男だった。
男は魔物の胸を貫いた長剣を完全に抜き取ってから、地面に尻餅をついたままのカルナを静かに見やる。
「怪我はないか」
いまだ体の震えが止まらぬカルナが呆気に取られて男を見上げていると、彼は魔物の横を通り過ぎ、カルナの傍に片膝をついてしゃがみ込んだ。
「俺は第二騎士団のシュラト。最近この辺りで魔物を見たという噂を耳にして、仲間と共に森の中を見回っていた。もう一度聞く、怪我はないか」
「は、はい……」
カルナが頷くと、シュラトは無表情でカルナに向かって手を差し出す。
戸惑いつつもカルナがその手を掴むと、腕を引いて立ち上がらせてくれた。
手が触れ合った瞬間、ゾクゾクとした電流のような悪寒がカルナを襲ったが、それを悟られぬよう、カルナは笑みを作って礼を言う。
「あ、あの、ありがとうございます」
「いや、むしろ遅くなって悪かった。噂の真偽がわからなくて、騎士団の方も対応が遅れた。危険な目に合わせてすまない」
表情が変わらないので最初は怒っているのかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
シュラトの声には、カルナを気遣う気配があった。
「もうすぐ俺の仲間もやってくる。後処理はそいつに任せて、俺はあなたを家まで──」
そのとき、ブンっと何かが風を切る音が聞こえ、シュラトの言葉が不自然に途切れた。
カルナは森の中の小さな家に、ひとりで住んでいた。
五年前までは両親と三人で暮らしていたが、大きな災害で両親を亡くしてからは、ずっとひとりで森に暮らしている。
寂しかったが、父から引き継いだ木こりの仕事をしながら、貧しくも細々と生活はできていた。
いつかは結婚して家庭を持ちたい。相手は男でも女でも構わないが、父が言ったようにできれば同じ草食獣人がいい。
しかし、そんな淡い願いとは裏腹に、カルナに出会いは少なかった。
そもそも、自分以外の獣人と関わる機会が街に薪を売りに行く時ぐらいしかないのだ。
そこから酒場にでも行けたらまだよかったのだろうが、そんな金もなければ、道端で誰かに声をかける積極性もカルナにはなかった。
この際、誰でもいいのではないか。
そんな投げやりなことを考えながら木を切っていたのが良くなかったのかもしれない。
ガサリ、と背後から大きな音がして、徐にカルナが振り返ると──そこに、大きな獣が立っていた。
青緑色をした、大きな豚のような、熊のような、二足歩行のその巨大な塊は、大きな口から牙を剥き出しにして、グルグルと低く唸っている。
魔物だ。
気づいた瞬間、カルナは斧を放って家のある方向へと走り出していた。
「誰かッ、誰かぁああッ!!」
大声で叫んだが、返ってくる声はない。
代わりに、ドスンドスンと地を揺らすような大きな足音が、徐々に距離を縮めながらカルナの後を追いかけてきた。
カルナも必死に足を動かすが、次第に息が切れてくる。もともと走るのはあまり得意ではないのだ。
「うわっ」
そして、とうとう足がもつれて、地面に倒れ込んでしまう。
カルナが慌てて上体を起こしたときには、魔物はもうすぐそこまでやってきていた。
その大きな口からダラダラと涎がこぼれ落ちていくのを、カルナは怯えた表情で凝視する。
──喰われる。殺される。ああ、俺、こんなとこでひとりぼっちで死ぬんだ。
そうカルナが死を覚悟した次の瞬間──魔物の胸の中央から、突如なにかが血飛沫とともに突き出てきた。
魔物の甲高い絶叫が森中に響き渡る。
その叫びとともに魔物の口からは血らしき液体が溢れ出し、徐々に勢いを失っていったその悲鳴は、やがて完全に途切れる。
魔物の胸部から突き出たそれが剣だとカルナが気付く前に、胸を貫かれた魔物はその場にゆっくりと崩れ落ちた。
そして、魔物の巨体が地面に倒れこむと同時に、その後ろに立つ一人の男が姿を現す。
それは、宝石のような深緑の瞳が印象的な、若く美しい男だった。
男は魔物の胸を貫いた長剣を完全に抜き取ってから、地面に尻餅をついたままのカルナを静かに見やる。
「怪我はないか」
いまだ体の震えが止まらぬカルナが呆気に取られて男を見上げていると、彼は魔物の横を通り過ぎ、カルナの傍に片膝をついてしゃがみ込んだ。
「俺は第二騎士団のシュラト。最近この辺りで魔物を見たという噂を耳にして、仲間と共に森の中を見回っていた。もう一度聞く、怪我はないか」
「は、はい……」
カルナが頷くと、シュラトは無表情でカルナに向かって手を差し出す。
戸惑いつつもカルナがその手を掴むと、腕を引いて立ち上がらせてくれた。
手が触れ合った瞬間、ゾクゾクとした電流のような悪寒がカルナを襲ったが、それを悟られぬよう、カルナは笑みを作って礼を言う。
「あ、あの、ありがとうございます」
「いや、むしろ遅くなって悪かった。噂の真偽がわからなくて、騎士団の方も対応が遅れた。危険な目に合わせてすまない」
表情が変わらないので最初は怒っているのかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
シュラトの声には、カルナを気遣う気配があった。
「もうすぐ俺の仲間もやってくる。後処理はそいつに任せて、俺はあなたを家まで──」
そのとき、ブンっと何かが風を切る音が聞こえ、シュラトの言葉が不自然に途切れた。
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