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1.木こりのカルナ
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毎朝、森から街へ下りて、前日切った薪や木材を売るのが、木こりであるカルナの日課であった。
ひとりで木を切り倒し、さらにそれを手軽な大きさにカットするのはなかなか骨が折れる作業だが、熊獣人であった父から引き継いだ大切な仕事である。
「隣、いいかしら?」
「どうぞ」
薪を売るため、道の端のいつもの場所に敷物を広げていると、長い黒髪と豊満な体付きが目を引く若い女性に声をかけられた。
カルナが頷き返すと、女性はニコッと笑ってカルナと同じように地面に敷物を広げていく。
その上に並べられていく瓶詰めのミルクを見て、カルナは女性が自分と同じ牛獣人だと気付いた。
女性はジェシカと名乗り、手を動かしながらカルナへと話しかけてくる。
「あなたも牛獣人なの?」
「えっ?」
「ふふ、わかるわよ。ミルクの甘い匂いがするもの。……少し別の匂いも混じってるみたいだけど」
カルナは曖昧に笑った。
事実カルナは牛獣人で、胸からは牛獣人の特徴でもあるミルクが出る。
だが、母以外の牛獣人とあまり関わったことのないカルナは、その特徴を指摘されるのがなんだか恥ずかしかった。
ジェシカがミルク瓶を並べ終えると、どこからともなくぞろぞろと人が集まってくる。
老若男女問わず多くの獣人たちが、我先にとジェシカの売るミルクを買っていた。
牛獣人のミルクは臭みがなく、濃厚で、どの種族からも人気の飲み物だ。
おまけに栄養満点で、何にでも効く万能薬なのだという噂があるほどだった。
「十倍出すから直で飲ませてくれないか?」
客の中の一人の男がニヤニヤと笑いながらジェシカに小声でそう持ち掛けた。
カルナの心臓がどきりと跳ねる。
「はあ? ダメに決まってるじゃない」
「いやいや、別に変な意味はないんだ。牛獣人のミルクは万能薬で、新鮮であればあるほど効果があるんだろ?」
「今朝搾りたてなんだからこれも充分新鮮よ。これ以上変なこと言うなら、もう売ってあげないから」
強い口調でジェシカがそう言うと、男はあわてて謝り、一瓶のミルクを買って逃げるようにそそくさと帰っていった。
ジェシカはふーっと息をつく。
「私たちにとってミルクを飲まれるのなんて恥ずかしくとも何ともないけど、たまにああいうエロオヤジがいるから嫌なのよね。だいたい、牛獣人のミルクが万能薬なんてただの噂話なのに……まあそれでも、稼ぎがいいからやめられないんだけどね!」
「……お疲れさま」
「あなたも売ってみたら? 牛獣人のミルクはよく売れるわよ」
「い、いや、俺は……」
とんでもない、とカルナが自身の胸の前で手を振っていると、横から「あの」と微かな声がかけられた。
ひとりで木を切り倒し、さらにそれを手軽な大きさにカットするのはなかなか骨が折れる作業だが、熊獣人であった父から引き継いだ大切な仕事である。
「隣、いいかしら?」
「どうぞ」
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カルナが頷き返すと、女性はニコッと笑ってカルナと同じように地面に敷物を広げていく。
その上に並べられていく瓶詰めのミルクを見て、カルナは女性が自分と同じ牛獣人だと気付いた。
女性はジェシカと名乗り、手を動かしながらカルナへと話しかけてくる。
「あなたも牛獣人なの?」
「えっ?」
「ふふ、わかるわよ。ミルクの甘い匂いがするもの。……少し別の匂いも混じってるみたいだけど」
カルナは曖昧に笑った。
事実カルナは牛獣人で、胸からは牛獣人の特徴でもあるミルクが出る。
だが、母以外の牛獣人とあまり関わったことのないカルナは、その特徴を指摘されるのがなんだか恥ずかしかった。
ジェシカがミルク瓶を並べ終えると、どこからともなくぞろぞろと人が集まってくる。
老若男女問わず多くの獣人たちが、我先にとジェシカの売るミルクを買っていた。
牛獣人のミルクは臭みがなく、濃厚で、どの種族からも人気の飲み物だ。
おまけに栄養満点で、何にでも効く万能薬なのだという噂があるほどだった。
「十倍出すから直で飲ませてくれないか?」
客の中の一人の男がニヤニヤと笑いながらジェシカに小声でそう持ち掛けた。
カルナの心臓がどきりと跳ねる。
「はあ? ダメに決まってるじゃない」
「いやいや、別に変な意味はないんだ。牛獣人のミルクは万能薬で、新鮮であればあるほど効果があるんだろ?」
「今朝搾りたてなんだからこれも充分新鮮よ。これ以上変なこと言うなら、もう売ってあげないから」
強い口調でジェシカがそう言うと、男はあわてて謝り、一瓶のミルクを買って逃げるようにそそくさと帰っていった。
ジェシカはふーっと息をつく。
「私たちにとってミルクを飲まれるのなんて恥ずかしくとも何ともないけど、たまにああいうエロオヤジがいるから嫌なのよね。だいたい、牛獣人のミルクが万能薬なんてただの噂話なのに……まあそれでも、稼ぎがいいからやめられないんだけどね!」
「……お疲れさま」
「あなたも売ってみたら? 牛獣人のミルクはよく売れるわよ」
「い、いや、俺は……」
とんでもない、とカルナが自身の胸の前で手を振っていると、横から「あの」と微かな声がかけられた。
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