ミルクはお好きですか?

リツカ

文字の大きさ
上 下
1 / 57

1.木こりのカルナ

しおりを挟む
 毎朝、森から街へ下りて、前日切った薪や木材を売るのが、木こりであるカルナの日課であった。
 ひとりで木を切り倒し、さらにそれを手軽な大きさにカットするのはなかなか骨が折れる作業だが、熊獣人であった父から引き継いだ大切な仕事である。

「隣、いいかしら?」
「どうぞ」

 薪を売るため、道の端のいつもの場所に敷物を広げていると、長い黒髪と豊満な体付きが目を引く若い女性に声をかけられた。
 カルナが頷き返すと、女性はニコッと笑ってカルナと同じように地面に敷物を広げていく。
 その上に並べられていく瓶詰めのミルクを見て、カルナは女性が自分と同じ牛獣人だと気付いた。

 女性はジェシカと名乗り、手を動かしながらカルナへと話しかけてくる。

「あなたも牛獣人なの?」
「えっ?」
「ふふ、わかるわよ。ミルクの甘い匂いがするもの。……少し別の匂いも混じってるみたいだけど」

 カルナは曖昧に笑った。
 事実カルナは牛獣人で、胸からは牛獣人の特徴でもあるミルクが出る。
 だが、母以外の牛獣人とあまり関わったことのないカルナは、その特徴を指摘されるのがなんだか恥ずかしかった。

 ジェシカがミルク瓶を並べ終えると、どこからともなくぞろぞろと人が集まってくる。
 老若男女問わず多くの獣人たちが、我先にとジェシカの売るミルクを買っていた。

 牛獣人のミルクは臭みがなく、濃厚で、どの種族からも人気の飲み物だ。
 おまけに栄養満点で、何にでも効く万能薬なのだという噂があるほどだった。

「十倍出すから直で飲ませてくれないか?」

 客の中の一人の男がニヤニヤと笑いながらジェシカに小声でそう持ち掛けた。
 カルナの心臓がどきりと跳ねる。

「はあ? ダメに決まってるじゃない」
「いやいや、別に変な意味はないんだ。牛獣人のミルクは万能薬で、新鮮であればあるほど効果があるんだろ?」
「今朝搾りたてなんだからこれも充分新鮮よ。これ以上変なこと言うなら、もう売ってあげないから」

 強い口調でジェシカがそう言うと、男はあわてて謝り、一瓶のミルクを買って逃げるようにそそくさと帰っていった。
 ジェシカはふーっと息をつく。

「私たちにとってミルクを飲まれるのなんて恥ずかしくとも何ともないけど、たまにああいうエロオヤジがいるから嫌なのよね。だいたい、牛獣人のミルクが万能薬なんてただの噂話なのに……まあそれでも、稼ぎがいいからやめられないんだけどね!」
「……お疲れさま」
「あなたも売ってみたら? 牛獣人のミルクはよく売れるわよ」
「い、いや、俺は……」

 とんでもない、とカルナが自身の胸の前で手を振っていると、横から「あの」と微かな声がかけられた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...