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雄大編
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「雄大君、おかえりなさいっ」
この笑顔に出迎えられると、法事のために日帰りで帰郷した疲れなんて一気に吹き飛ぶ。
さらには五年ぶりに再会した従兄弟との会話で生まれた不快感さえも一瞬で掻き消されたようで、俺の顔には緩んだ笑みが浮かんだ。
「おー、ただいま。これお土産と、あとお袋からお前に」
「えっ、お母さんから僕に?」
「前食べた梅干し美味いって言ってただろ。お袋また作ったんだって」
「あの梅干し!?」
梅干しが詰められたそこそこ大きな瓶を受け取った柚樹は「わーっ!」とうれしそうに目を輝かせる。
「あとお母さんお礼言って、さっそく夕飯に食べましょう!」
「そんな気遣わなくていいって」
「こんなにたくさん美味しいものもらったんだからちゃんとお礼しないと!」
素人の手作り梅干しでこんなに歓喜するのはこいつくらいじゃないだろうか。
俺は苦笑しながらリビングへと向かい、堅苦しいジャケットを脱ぎ、黒のネクタイをはずす。
「お父さんとお母さんは元気でした?」
「ああ。ふたりとも相変わらずだったよ。お前のことも元気だって伝えといた」
あの柚樹との苦い出会いから、もう五年がたっていた。
長いような気もするし、あっという間だった気もする。正直こんなに続くなんて思っていなかったし、これからも傍にいてほしいなんて気恥ずかしいことすら考えている自分にびっくりだ。
俺と付き合いだしてから、柚樹は少しずつ明るくなっていった。
純粋で、臆病で、繊細。俺に喜んでもらおうといつも一生懸命で、そんな柚樹に尽くされている内に俺の方が深い沼にハマったように柚樹から離れられなくなっていた。
そして、それは間違いなく柚樹も同じだ。俺に惚れた柚樹は、俺が多少酷いことをしたとしても俺から離れられない。カナデとの一件のおかげで、そのことは痛いくらいにわかっていた。
だからこそ、俺は柚樹を悲しませるようなことは絶対にしないと、そう心に誓っている。絶対なんて気安く使う言葉じゃないかもしれないが、そのくらいの覚悟ってことで許してほしい。
とにかく俺は柚樹が好きで、自分なりにすごく大切にしている。
柚樹が俺にだけ見せる明るい笑みを、俺自身のせいなんかで失いたくない。カナデの二の舞なんて真っ平ごめんだ。
そんなこんなで、俺と柚樹は今も仲良くお付き合いを続けている。
いろんな女と付き合ってきたが、ひとりの人間と五年も交際が続いたのは柚樹がはじめてだ。母曰く『何年も四六時中一緒にいてストレスを感じないひとと出会えるのは、すごく幸運なこと』らしい。
ちなみに、三年前に柚樹と同棲をはじめたときから、俺の両親には柚樹のことを伝えている。最初は両親も戸惑っていたが、『真剣な気持ちで付き合っているのならそれでいい』と俺たちの関係を受け入れてくれた。今では実家に柚樹を連れて帰るたび、素直な柚樹のことを俺以上にかわいがっている。
まあ、一番かわいがってるのは俺だけど。
「柚樹、こっち」
「はい」
ソファに座った俺のもとに、柚樹がぱたぱたと近付いてきた。
俺は柚樹を膝の上に乗せ、ぎゅーっと抱き締める。こめかみのあたりにキスをして鼻先を髪に埋めると、同じシャンプーの香りがした。
俺の腕の中で柚樹はくすくすと笑う。
「お疲れ様です」
「ああ、ほんと疲れた。十三回忌なんてもっとカジュアルでいいだろうに喪服指定されるし、親戚のジジババは色々口うるせぇし」
カナデにも会っちまったし……というのは黙っておく。柚樹には、カナデのことなんて一ミリも思い出してほしくない。
俺の愚痴を聞いた柚樹は、興味深そうな顔でふむふむと頷く。
「法事ってそんな感じなんですね。僕そういうの参加した経験ないからなぁ……」
ぽつりと付け加えた言葉になんともさみしい気持ちになりながら、俺は柚樹の髪を撫でた。
俺との両親との関係は良好だが、柚樹の家族との関係は相変わらずだ。もっとも、柚樹も自身の家族に会いたいとは思っていないのだろうが。
そこでふと、俺はあることを思い出した。
「なあ、結婚する?」
「…………え?」
柚樹はパッと顔を上げた。眼鏡の奥の目が、未だかつてないほどに丸くなっている。
俺はすぐに『ちょっと違ったな』と気付き、慌てて訂正する。
「いや悪い、ちょっと違ったわ。ほら、俺らの住んでるとこって『パートナーシップ制度』ってのがあるじゃん。それのこと」
「な、なんとなく聞いたことはありますけど、なんで突然……」
「今日親父とお袋とそんな話になってさ、お前と養子縁組したらどうだって言われたんだよ。でも帰りの新幹線の中でいろいろ調べたら、そのパートナーシップ制度があるから、そっちの方がいいんじゃねぇかなって思って」
言って、柚樹の様子を窺う。
柚樹は呆気に取られたように俺を見上げていた。かと思うと、その顔がくしゃっと歪み、瞳からぼろぼろと涙があふれはじめる。
俺は突然のことに驚いた。
「ゆ、柚樹、どうした? 大丈夫か?」
「ふっ、う……うぅ……」
「……俺の話、嫌だった?」
俺が尋ねた途端、柚樹はバッと顔を上げて叫ぶ。
「ちっ、違います! 嫌なわけないですっ……ただ、うれしくて……信じられなくて……っ」
なんだ、うれし泣きか。俺はホッと胸を撫で下ろす。
思い返してみれば、俺が『ちゃんと付き合うか』と告白したときも柚樹は号泣していた。うれしくても悲しくても、気持ちよくてもすぐ泣いてしまうかわいい男だ。
俺は柚樹の涙を拭ってやりながら告げる。
「信じろよ。もう五年も一緒にいるんだから」
「……だって、雄大君は僕と違って特別なひとだから……」
「俺からしたらお前の方がよっぽど特別だよ」
こんなに純粋で、弱くて、臆病で──そのくせまっすぐに俺を愛してくれる人間なんて、きっと柚樹の他にはいない。もし仮にいたとしても、俺は柚樹が良いのだから、俺にとって柚樹以外が特別になることなんてありえないのだ。
最初はどこにでもいる平凡なやつだと思った。けれど、実際の柚樹はちっとも普通じゃなかった。それは複雑な家庭環境のせいであり、カナデに傷付けられたせいなのかもしれない。
放って置けないという善意と、少し試してみたいという軽薄な欲望──はじまりはそれだけだった。
でも、そんなもの今はもうどうでもよくて、俺はただ純粋に柚樹が好きで、愛している。
今だって、俺の一挙一動でくるくる表情を変化させる柚樹がかわいくて仕方がない。
「……で、柚樹、返事は? これからも俺と一緒にいてくれる?」
俺が柚樹の顔を覗き込みながら聞くと、柚樹は赤い顔で嗚咽をこぼしながら答える。
「そ、んなのっ、いいに決まってるじゃないですか……っ、雄大君のこと、大好きだから……っ」
「だよな」
俺は笑って、柚樹の唇に優しくキスをした。
ゆっくりと唇を離し、柚樹の瞳を見つめたまま甘く囁く。
「俺も好きだよ、柚樹。愛してる」
「う、うっ……」
「これからも一緒にいような」
いっそう泣きだした柚樹をまた抱き締め、宥めるようにその背中を撫でる。
あの日、柚樹と出会えてよかった。柚樹が惚れっぽい男でよかった。
カナデがどうしようもない本物のクズで本当によかった。
そんな性格の悪いことを考えながら俺はにやりと笑い、柚樹を抱き上げて寝室へと向かうことにする。
柚樹が俺に抱かれてどんな風に乱れるのか──カナデに教えてやることは、もう二度とない。
(終)
これで完結になります。
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感想ありがとうございます!
雄大は柚樹の純粋さと健気さにすっかり浄化されてましたね。
最初はただの好奇心でしたが、今では雄大の方が柚樹大好きになってるみたいです( ੭ ・ᴗ・ )੭♡
楽しんでくださりありがとうございました!
感想ありがとうございます!
もっとストーリーを楽しみたかったと思って頂けたようでとてもうれしいです(*˙˘˙*)ஐ
完結まで読んでいただきありがとうございました!
感想ありがとうございます!
寝取られる側がクズのNTRだと救済感があってちゃんとハピエンになれるみたいですねପ(⑅ˊᵕˋ⑅)ଓ
こちらこそ楽しんで頂きありがとうございました!