NTRハッピーエンド

リツカ

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雄大編

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「……助けた?」

 あの、自分が良ければ周りなんてどうでも良いと思ってるカナデが?
 俺は訝しむ。人助けなんて、カナデから最も遠い言葉だ。
 そんな俺の様子を見て、苦笑した柚樹がぽつりぽつりと語りだす。

「三年生になってすぐの頃、三人組のクラスメイトにいじめられるようになったんです。物を隠されたり、暴力を振るわれたり……」
「高三にもなってそんなガキみたいなやついるのかよ」
「はは、いましたね……それで、その時期たまたまカナデ君が僕の隣の席になって、僕がいじめられてるときに、カナデ君がそのいじめっ子たちを追い返してくれたんです」
「カナデがいじめっ子たちを追い返した……?」

 あいつ絶対そんなタイプじゃないだろ。
 というか、今まであいつがお前に嬉々としてやってきたこともある意味いじめだし。
 俺が困惑していると、柚樹は少し懐かしい目をして語りだす。

「僕がいつも通りいじめられてたときに、『チー牛の群れがぼっちの陰キャいびってんのきっしょ』って、カナデ君がいじめっ子たちに言ったんです。そしたらクラスの他のひとたちもそれに同調しだして……いじめっ子たちも馬鹿にされて恥ずかしくなったのか、その日からいじめがなくなったんです」
「…………」

 俺は遠い目をする。
 ……いや、それ助けたとかそんなんじゃないだろ。むしろ新たないじめだろ。まあ、柚樹をいじめてた連中にとっては因果応報ってやつかもしれないけど。
 どうしたものか……俺は言葉に迷いながら、ゆっくりと口を開く。

「いやー……それは助けたとかじゃなくて、カナデはただ思ったこと言っただけだと思うぞ?」
「はい、わかってます。カナデ君は僕のことなんて興味なかったと思うし……ただ、僕が勝手に好きになっちゃっただけなんです」

 柚樹の目に再びじわりと涙がにじむ。

「だ、たからっ……本当はもっと早く別れなきゃってわかってました……カナデ君は僕のことなんてなんとも思ってない……ちゃんとそうわかってたんですけど、わかってたけど……でも好きだったから別れたくなくて……っ、う、ぐす……」
「あー、泣くな泣くな」

 またぽろぽろと涙を流す柚樹の背を宥めるように撫でてやる。
 男がそんくらいのことでピーピー泣くんじゃねぇよ、とも思う。だが、カナデの悪行を本人から聞かされているのもあって、俺は柚樹に同情していた。
 あんなやつに惚れるなんて、ほんと趣味の悪いかわいそうなやつだ。

「じゃあ君は、なんだかんだカナデと別れられてよかったって思ってるってこと? 好きだけど、別れた方が良いって頭ではわかってるんだよな?」
「…………」

 いや、ここで黙んのかよ。そりゃまあ、未練あるのは見てりゃわかるけど。
 俺は呆れたようにため息をつく。

「こりゃ重症だな……なんならカナデから連絡きたらまた会いに行っちゃうだろ」
「……自分でも、そう思います。というか、いつもそうですし……」
「いつも?」
「気に食わないことがあるとすぐ『別れる』って言われて、連絡も無視されて……でも何日かしたら『謝ったら許してやる』って連絡が来るんです」
「はぁ? あいつそんな痛いことやってんの? しかも君はそれで謝っちゃうわけ?」

 俺が呆れたように言うと、柚樹は黙ったまま暗い表情で俯いた。
 細すぎる首や手は血管が透けそうなほど青白く、目の下には隈がある。誰から見ても柚樹の状態は健康体には程遠いだろう。
 俺は顔をしかめて問いかけた。

「なんか体調も悪そうだけど、君がそんな状態でも周りのひとはなんも言わないの? 親や友達とか心配してんじゃない?」
「友達はいませんし、親は……僕のことに一切関心がないので……」
「親と仲悪いの?」
「仲が悪いというか、兄弟の中で僕だけ出来が悪くて……中学受験に失敗してからは、いないものとして扱われてるんです。でも、もともと家族旅行とか外食にも僕だけ連れて行ってもらえなかったから、小さい頃から単純に嫌われてただけかも……高校卒業したあとはすぐに家を追い出されて、それからは連絡も取ってません」
「…………」

 なんて言っていいのかわからず、口をつぐむ。
 まるで漫画やドラマの中の遠い世界の話のようだが、きっと作り話でもないのだろう。
 そう考えれば、柚樹の自己肯定感の低さや、カナデのようなクズに依存してしまう弱さに少しは納得できるような気がした。

 柚樹の唇から乾いた笑いがこぼれる。

「こんな、親にも見捨てられてた僕を助けてくれて、受け入れてくれたのがカナデ君だから……カナデ君だけだったから、だからどんなにつらくても僕と一緒にいてくれるだけで感謝しなきゃって、そう思って……」
「そんなのおかしいだろ」

 震える声で紡がれた言葉を、俺はばっさりと切り捨てた。

「君の親もおかしいし、カナデもおかしいし、君の考えもおかしい。もっと自分のこと大事にしろよ」
「……そう、ですよね……頭では僕もわかってるんですけど、でも……っ」
「あーもう、泣くなって……」

 ガシガシと少し乱暴に柚樹の頭を撫でる。
 かわいそうなやつだと思う反面、話が堂々巡りで少し面倒にもなってきた。

「……あの」
「ん?」

 時間がたって、少し落ち着いたらしい。髪がぐしゃぐしゃになった柚樹が、鼻を啜りながら涙で濡れた目で俺を見上げる。

「雄大さんは、なんで僕なんかに優しくしてくれるんですか……?」
「なんでって、カナデは俺の従兄弟だし……従兄弟の恋人が雨の中傘もささず立ってたら、ほっとけないだろ」
「優しいんですね」
「いや、それはない。正直めんどくせぇなぁって思ってるし」

 カナデをクズだと軽蔑しているが、かといって俺自身が善人なわけでもない。わりと女遊びは好きだし、余計な言動で今みたいにひとを傷付けることもある。ただ、カナデのようなやり方は嫌いだし、あいつほど酷い男もなかなかいないだろう。
 俺が苦い顔をしていると、柚樹は泣き腫らした顔でくしゃっと笑う。

「それでも優しいですよ。今日僕に声をかけてくれたのも、雄大さんだけでしたから」

 ──そのとき、なんとも不可解な感覚が俺を襲った。ぞわりとするような、ドキリとするような、そんななにかが突如俺の胸にわきあがった。
 それこそまるで、柚樹のなにかが琴線に触れたかのように。

 俺は無言で柚樹の眼鏡を奪った。
 柚樹は戸惑ったように「えっ……」と固まっている。
 眼鏡を取ったらとびっきりの美少年に早変わり──なんてそんな漫画のような展開はなく、柚樹は地味な男のままだった。変化といえば、レンズがなくなって多少目が大きく見えるようになったくらいだろうか。

 しかし、なんだろう。
 先ほどの柚樹の顔には妙な色気があった。雄の欲を煽るような、健気で弱々しい艶があった。

 自身の胸に湧き上がったものの答えを柚樹の中に見つけて、俺はスッと目を細める。

 柚樹の顔を覗き込んでいた俺の唇が、ゆっくりと柚樹のそれに触れた。重なった柚樹の柔らかな唇は震え、開いたままの目が丸くなる。
 唇が離れると、林檎みたいに真っ赤になった柚樹は口をはくはくとさせた。

「な、な、なんでっ……!」
「……ほんと、なんでだろ。したくなったから、かな。ごめん、嫌だったよな」
「い、いえ、嫌とかでは……」
「じゃあ、もう一回していい?」
「えっ!? そっ、それは、ちょっと……」

 柚樹が恥ずかしそうに俯く。その姿がまた妙に男心をくすぐって、拒絶されているはずがまるで誘われているような錯覚すら覚えた。
 俺はわずかに口角を上げ、柚樹の髪に触れる。
 柚樹はびくっと体を竦めたが、逃げるような素振りはなかった。困ったような顔で俺をチラチラと見ている。

「ゆ、雄大さん……あの、めがね……」
「付き合ってない相手とキスしたりセックスしたりするの無理なタイプ?」
「あ、当たり前じゃないですか……」
「そう? 俺は自分と相手がフリーだったら全然やるけど。カナデなんて君がいても女遊びしまくりだったじゃん。今もセフレの女とホテルでも行ってんじゃない?」

 一瞬、柚樹の瞳が揺れた。その傷付いた表情にいっそう高揚感を覚えながら、俺は口を開く。

「なぁ、カナデに仕返ししたくない?」
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